やめどきって難しい3

オンライン英会話をはじめて数週間後、最初に感じていた緊張は薄れ、次第に物足りなさを感じるように。

その物足りなさの原因は明らかだった。
先生がネイティブスピーカーではないこと。
当時、授業料を安く抑えるために、母国語が非英語圏の先生の授業をうけるコースを選択していた。
無料体験のときは、母国語が英語圏の先生の授業も自由に取れていたため、非英語圏の先生との授業の差を感じてしまい、どうしても、物足りなさを感じてしまっていた。

どうせやるなら、正しいきれいな発音を身につけたかった。
ネイティブの先生の授業をとりたい。
その気持ちは、強く、まっすぐしたものだったので、自分の気持ちに鈍感な私も気づくことができた。

授業料は、はるかに高く、3倍になったが、コースを変更することにした。
だか、さすがに3倍はきつい。
日本の労働人口の3人に1人が非正規雇用で働いている。
3人に1人なので、わりと、メジャーではないわけだが、私は、独身にもかかわらず、非正規労働者だ。
給料は、かなり低い。

この状況で、この授業料は、英語学習にかける費用としては、高すぎた。

なんとか、抜け道はないものかと探したところ、先生として授業を行えば、基本授業料が免除されることを知る。

なぜか、迷わず、先生になることを決意。

テストを受けるなど、先生になるためのステップを着々とこなしていった。
おそろしい、スピード感と前向きさ。ここだけ切り取ると、自信溢れるフットワーク軽い現代の女性って感じを周囲に印象づけるだろう。

今思うと、どうしてあんなにも行動的だったのか、なぞ。

その後、先生としてデビュー。
死ぬほど、緊張して、頭が真っ白になった・・・・・ことを今でも覚えている。こんなこと、続けられないと感じたが、オンラインでの仕事に憧れもあったし、少しでもお金をいただけることはありがたく、また、お金を稼ぐことが心の安定、私生きていてもいいのね、につながった。

授業料免除のノルマは、精神的にプレッシャーで早く終わらせたくて仕方がなかった。

当時は、朝目覚めて、トイレに行って、お茶を飲んで、顔も洗わず、ときには、パジャマがわりのスウェットのままで、即オンライン授業を提供していた。

その後、朝食を作って家族に提供。洗濯という家事サービスを家族に提供。

そして、自室に戻り、また授業を提供。その後、出勤し、サービスを提供。

そんな生活を一ヶ月のうち、1週間くらい送っていた。

いつもいつもしんどかった。

している間は全力投球。
一生懸命。だけど、早く時間がすぎてほしかった。

素敵な人、素晴らしい人、たくさん出会った。
感謝もした。またお会いし、お話したいとも思った。

だけど、やっぱり憂鬱だった。
早く終るようがんばったし、終われば、気が抜けたようにやる気がなくなり、また、翌月のノルマの時期が来る前は、憂鬱になり、はじまれば、がんばり、この繰り返しで1年と3ヶ月がんばってきた。

だけど、もう限界だった。つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?