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美弱あつめ006 「100%愛する存在の文章を書けない」

び ・ じゃく【美弱】
1 その人やものがもつ美しい弱さ。
2 弱さを受け入れ、慈しむことで、より自分らしく生きている状態。

昨秋から今年の春にかけて、とあるWebメディアでエッセイを連載させてもらっていた。『会いたいから食べるのだ』という連載タイトルで、カフェ巡りが好きな私が出会った美味しいスイーツと、そのスイーツの周りで生まれた交流を紡ぐエッセイだった。

「書きたい!」というワクワクよりも「書かねば」という焦りが強くなってしまったから、今は連載をお休みさせてもらっているのだけれど、これまでに公開した八つのエッセイは全てとても大切な作品だ。でも、一つだけ心残りがある。100%愛するお店のことを書けなかったのだ。一人きりで何度も何度も通い、そのたびに溢れんばかりの喜びで魂が震えたお店だ。もちろんエッセイで紹介したお店も大好きだし、美味しいと思っているし、心からおすすめできる。でも、通い始めたばかりだったり、頻繁に行けなかったりして、99%ではあっても100%愛するまでには至っていなかった。たった1%だけれど、私にとってはとても大きな差だった。

その連載エッセイでは、ただお店やスイーツを紹介するのではなく、友人や家族、店主さん、時に過去の自分自身とのやりとりを通じて、私から見える世界がより希望溢れる場所に変化していくエピソードを書くようにしていた。それらのエピソードは、ちょっと珍しくて人目を惹くか、より多くの人の共感を得られる内容が良い。そのほうが読者さんにとっても新しい発見が得られ、飽きずに読めるはずだ。私はそう思っていた。

ただ、私が100%愛するお店では「たまたま」そんなエピソードが生まれなかった。だから、エッセイを書きたかったけれど書けなかった。自分にとって特別なお店ほど、そう簡単に書けないものだよね。そう思っていた。でも、本当は書くのが怖かったのだと気づいた。エピソードはいかようにもなるのに、書かないことを選んだのだ。

***

四月末に五年間勤めたWeb制作会社を退職し、フリーランスのライターになった。そう書くと響きが良いけれど、決まっている仕事は一つもない、ツテもない。ただの無職だ。

会社を辞めたのは「本当に書きたい文章だけを書いて生きていく」と決めたから。幼い頃からずっと、人やモノに存在する美しい弱さ「美弱」を見つめて生きてきた。フリーランスになったら、私が心から愛する人やモノの美弱に光をあてるような文章を書きたい。そして、この世界が喜びに溢れていることを伝えたいと思ったのだ。

ただ、正直なところ、美弱の文章でお金をもらえる自信はまだなかった。そんなときに助けてくれたのが、友人の青ちゃんだった。

「七恵さんはどんな美弱の文章を書いていきたいんですか」
「うーん、どうだろう……おすすめのお店やサービスの紹介文は書いてみたいです」
「じゃあ、僕のオンラインサロンの紹介文を書いてもらうのはどうですか」
「えっ」

青ちゃんは「やりたいことだけをやって幸せに生き続ける」という「青の生き方」を徹底していて、その生き方の素晴らしさを世に広めるためにオンラインサロンを始めたばかりだった。私も一年前に青ちゃんに出会い、青の生き方に惹かれて実践してきたから、オンラインサロンには即参加したのだ。

「オンラインサロンの紹介文、私に書けたらめっちゃ嬉しいけれど、できる気がしなくて……私、100%愛するお店やサービスの紹介文を書いたことがないんです」
「じゃあ、100%愛するお店やサービスの紹介文を書ける自分であるとイメージすればいいんですよ」
「ええっ、イメージする……」
「僕は一万人の前で話せる自分であると意識していますよ」

その場では「紹介文を書かせてください」とは言えなかった。エッセイの連載のときのように、やっぱり怖かったのだ。もし青ちゃんを傷つけたり不快にしたりすることを書いてしまったら。もしオンラインサロンの魅力をしっかり伝えられず、青ちゃんをがっかりさせてしまったら。もし読者さんからの反応がなくて、青ちゃんを悲しませてしまったら。その結果、青ちゃんが私から離れてしまったら。100%愛する存在に嫌われてしまうことを、私はとても恐れていたのだと思う。

青ちゃんと話してから十日間くらい「本当に書きたい文章だけを書く」から逃げていた。正確に言うと、私なりに美弱の文章を綴って発信していたけれど、100%書きたいことではなく、60%くらいの力で「今書かなくても良いこと」を書いていた。まっすぐ通った一本の軸から少しズレている文章だ。もちろん「良い文章を書けた」という自信ももてない。

やりたいことをまっすぐやらないと、体が「ねえねえ、ズレてない?いいの?」と伝えてくれる。「今私はこれが書きたいんだ」と頭の中で言い聞かせたけれど、頭痛がしたり、足の親指が巻き爪になったり、喉が栓をしたように詰まったりと、どんどん体がしんどくなった。ゴールデンウィークの真ん中あたりだったか、いよいよ起き上がれなくなり「何を書いたらいいんだよぉぉ」「せっかくフリーランスになったのに、何も成し遂げられてないよぉぉ」と布団の中でむせび泣いた。顔も布団も涙と鼻水でべっちゃり濡れるほど泣いた。

そうしたら、泣けるだけ泣いたからなのか、ある瞬間に涙がスンと止まり「青ちゃんの紹介文、書かせてもらおう」と思い立ったのだ。あれほど「自分には書けない」と避けていたのに、びっくりした。本当は青ちゃんが提案してくれたときからずっと、お腹のあたりで「書きたい」と感じていたのだろう。怖がるだけ怖がって、ついに「書きたいことを書こう」と観念したのだ。青ちゃんは「七恵さんが書きたいと言ってくれるのを待ってました」と笑ってくれた。

紹介文を書く時間は、自分が想像していたよりもずっとゆたかで幸せなものだった。「青ちゃんのあのエピソードを入れよう!」「青の生き方のおかげで、私がどんなに変わったのかも知ってもらおう!」などと、伝えたいことがこんこんと湧き出てくる。それらをひたすらじっくりと文字にしていった。構成を作るとそれに縛られて、文章に宿るエネルギーが削がれてしまう気がしたから、できるだけ思いついた順番に書くようにした。自然のまま、私の「書きたい」があるがまま表現されるように。

結局書き上げるまでに一週間ほどかかっただろうか。ようやく書けたから読んでほしいと青ちゃんに連絡したときは、緊張で手が小刻みに震えた。

「天才ですね!!!」

天才!!?青ちゃんがすぐにくれた返事を見て、涙がじゅわっと滲んだ。青ちゃんはやりたいことしかやらないから、言いたいことしか言わない。まっすぐな思いしか言わないから、絶対に嘘をつかない。そんな青ちゃんから、最高の賛辞をもらったのだ。SNSやメルマガでもこんな文章とともに、私の記事を紹介してくれた。

今回、何が嬉しいかと言えば、その人の真ん中から「書きたい」と書いてくれたこと🔵
本当に好きな「あり方」をそのまま表現したもののエネルギーはやはり素晴らしくて、一文字も変える必要ない完璧なものになってました🔵😆🔵

青ちゃんが心から喜んでくれた!!100%愛する人に、100%の力を出しきって書いた文章を100%受け入れてもらえたことが本当に本当に嬉しかった。

青ちゃんの紹介文を書かせてもらってから、自分の100%書きたいことに臆病になることが減ったように思う。この「美弱あつめ」のシリーズもそう。「こんなこと書いたら変な人だと思われるのでは?」「大切な人が離れてしまうのでは?」と一瞬不安になっても「それでもやっぱり書きたい」と思うのなら、その気持ちに正直になるようにしている。

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青ちゃんの紹介文を書けたことで「100%愛する存在の文章を書きたいけれど、嫌われるのが怖い」という気持ちは弱まった。でも、100%愛し、いつも行くたびに魂を震わせたあのお店のことは、当分、もしかして一生書かないと心に決めた。書けなかったことを悔やんでいる間に、100%書きたいタイミングが過ぎ去ってしまったのだ。とても悲しいけれど、今はその感情をじっくり味わい尽くそうと思う。

書いても書かなくても、100%愛しているお店であることに変わりはない。心に大切にしまっておく道を選択した自分のことも、ちゃんと愛してあげたい。

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青ちゃんの紹介文はこちらです。
もし良かったら、あわせて読んでいただけると嬉しいです☺️


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