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ただ、寄り添うだけの人になりたい。


蝉の声が、緑色に生い茂る植物達がそうしているように

ただ、一緒に生きる時間を過ごすこと。

期待なんてしない。

今この時、出会えた全ての事が愛おしいと感じる。

小さな頭であれこれ考え、思考を巡らせても、

容量なんて限界があるし、もっともっと上回る経験をした人達が

大勢いる。

自分の未熟さとか、青さとかを想うと、

「伝えたいことなんて、なくて良いんだ」と思った。

私は、私の言葉で

今見ていること、感じていることを

ただただ、書き記してみることにする。


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そろそろ買い物に出かけようと、

スマホの買い物リストを眺めていた。

「洗濯石鹸と延長コード、それからパイン材はホームセンター、

その帰りにデパートに寄って、いつものお水を3本買って…」

ジトっと重い暑さを感じて、UVカットパーカーの袖を捲り上げた。

両手が塞がっていても傘をささず、さっと雨を避けられる、

フード付きのところが気に入っている。

洗濯しても、ものの三十分で乾くこのパーカーは主婦としては有難かった。

ほんのり焼けた肘から手首までの間に、六つの色素細胞母斑が見える。

肉感の薄い手の甲には、こんもり深緑色の血管が浮き出ていた。

あっと思って、ハンドクリームを塗り込む。

塗っている最中に、スマホにクリームの跡が付いてしまうと気が付くのは

しっちゅうだ。

それほど、手放せなくなっているこの黒光りした物体を、

恐ろしくも感じ、眉間にシワを作る。

眉間のシワを寄せる癖は、嬉しいとか、悲しいとか、

そんな時にも、まるでそこが感情の中核になっているかのように

出てきてしまう。

深いシワにならないようにと、洗顔後に毎日、懸命に保湿する。

乾燥とシワに敏感になり、いつの間にか保湿魔になっている自分が笑える。

何だか少し、愛らしくも感じた。

不綿布マスクをそっと顎下にずらし、クスッと呆れた笑みを浮かべた。

その時、

ガサガサッ。カタカタ、パタパタッ、パタパタッ。

何かが忙しく動いている様な、妙な音が聞こえてきた。

へ?と、音の聞こえる方向の大きな窓に目をやる。

「ピーッ、ピーッ、チュンチュン、チチチチ、チー」

何かがいる?

窓に目を向けたまま、そっと静かに立ち上がり、

ゆっくり窓際へ歩いていく。

雨が打ち込まないように、少しのすき間しか開けていなかった窓を、

そっと右に滑らせる。

首を思い切りの伸ばすも、

すき間が小さすぎて何も見えない。

音を立てないように、もう一度ゆっくり窓を滑らせる。

ほとんど全開に近いところまで開けると、

ようやく小さな物体が見えた。

「あっ、雛だ」

ベランダに立てたラティスの内側に、アッシュグレー色の、

羽がボサボサに立ち上がっている鳥の雛が、こっちを見ている。

「ごめんね」

なぜか、謝った。

「びっくりさせてしまって、ごめんね」

ささやき声で言った。

飛行の練習でもしていたのだろう。

家の上空を渡ろうとして、何かのはずみに、

窓にぶつかってしまったのではないか。

雛鳥は、こちらを眺めたまま剥製のように固まっている。

どうしようとおろおろしながら、窓を開け放ったまま玄関に向かう。

何か、高さがあるものをベランダに置いてあげたら良いのかな。

そう思って、ダンボール箱に目をやった。

自然の生き物なんて、こんなに心配しなくても、

そのうち自力で飛んでいくだろうとも考えたが、

何かせずにはいられなかった。

思えば、いつもそうだった。

求められてもいないのに、

お節介にも、あれやこれやと手助けしてしまう性分である。

自分でも、だからいつも疲れてしまうんだと納得している。

それに気が付いてからは、

助けてと言われるまではじっとしておこう。

そう自分と約束を交わしたばかりだった。






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