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【SABR】なぜ今永のフォーシームは通用したのか

今回取り上げるのは今永昇太(CHC)です。

移籍1年目からフルシーズンに渡って先発ローテーションを守り抜き、29 G/173.1 IP/174 SO/3.1 rWAR/3.0 fWARの好成績。シーズン終了後のインタビューでは重視していた指標にfWARを挙げ、一部のセイバーメトリクス愛好家を騒然とさせました。

何かとその奇妙な(?)発言に注目の集まる選手ではありますが、プレー面でもなかなか興味深いデータが揃っています。今回はトラッキングデータを用いて、今永が活躍できた要因を探っていこうと思います。



◾️好投を支えた”特殊なフォーシーム”

DeNA時代からのファンでも、今永のここまでの活躍を予想できた方は少なかったのではないでしょうか。

移籍前に懸念されたのはフォーシームの球速不足。日本最終年は投球の51%を占めた今永の軸となる球種ですが、球速はNPBの平均をやや上回る程度の147.7km/h(昨季セ平均が146.2km/h)。さらに平均球速が上がるMLBにおいて、今永のフォーシームが通用するかどうかは懐疑的な人も多かったと思います。

そんな前評判とは裏腹に、今永のフォーシームはメジャーの強打者相手にも強力な武器となりました。

画像はBaseball Savantから。

Baseball Savantのパーセンタイルを見るとその異質さは一目瞭然です。Fastball Veloは下位15%となる91.5mphと平凡な数値である一方、Run Valueでは7(上位23%)という好成績。フォーシームの投球割合は52%とNPB時代とほとんど変わらず、投球の軸として機能しました。

球速が平均以下でも上位クラスのバリューを生み出したということは、球速以外の別の要素に要因がありそうです。


◾️今永のフォーシームの特徴とは

トラッキングデータから「球速以外の別の要素」に注目してみます。

▼上位クラスの縦変化量

今永がシーズン序盤に歴史的な成績を記録した段階で話題になったのはフォーシームのホップ量(縦変化量)」。

投球のホップ量を表す指標としてIVBInduced Vertical Break)があります。最近ではBaseball Savantの選手ページでも確認できるようになりました。下の図は「重力の影響を無視した縦方向の変化量」を示しており、0を基準として上に上がるほどホップ量が大きい(厳密には”落ちる量が小さい”)ことを表します。

画像はBaseball Savantから。

実際に今永のフォーシームは他と比較して優秀なホップ量を誇ります。今季今永のフォーシームが記録したIVBは18.3インチ。これは500球以上フォーシームを投げた投手全153名中22位と上位にあたります。

「上位クラスのホップ量」と聞くとそれだけで有効な球種に思えますが、実際はそんなに単純な話でもありません。以下の表はフォーシームにおける球速とIVBごとのSwStr%(全投球中の空振りの割合)を示したものです。

データはBaseball Savantから。
2021-2024年が対象。

球速が上がるほどSwStr%が上昇していることが分かります。このあたりはイメージ通りだと思いますが、IVBの上昇がSwStr%に及ぼす影響はそこまではっきりしていません。94mph以上の球速帯からはIVBの上昇につれてSwStr%も上昇しているものの、赤字で示した90〜93mph(今永の球速帯)ではそこまで影響が見られず。

これはRun Valueの観点からも同様です(この場合は得点価値なのでマイナスになる程優秀な投球であることを表しています)。

データはBaseball Savantから。
2021-2024年が対象。

やはり影響が大きいのはホップ量よりも球速。Run Valueの観点からも「ホップするフォーシーム」が一概に優れているとは言い切れず、これだけでは今永のフォーシームの優秀さを説明するには至りません。

他の要素から今永のフォーシームの特徴を探ってみます。

▼ストレートを活かす投球コース

球速、縦変化量以外にも投球において重要な要素があります。「投球ゾーンの高さ」です。球速とplate_z(投球高さ)ごとのSwStr%を見ると、ある傾向が見えてきます。

データはBaseball Savantから。
2021-2024年が対象。

黒枠で平均的なストライクゾーンの高さを示しました。ストライクゾーン上部に近づくにつれ空振りを奪いやすくなっていることがわかります。平均球速を下回る今永のフォーシームでさえも、高めのゾーンに投げ込めばある程度空振りが奪うことが可能になります(2024年のSwStr%平均は11.1%)。

今永のヒートマップを見るとその傾向に乗っ取ったゾーンに投げ込んでいることがわかります。

画像はBaseball Savantから。

今永のフォーシームの投球コースはストライクゾーン上部に集中しています。平均球速で劣る今永が、高めに投げ込むことで空振りを奪おうとする意図があったことがヒートマップから見て取れます。

▼打者を”欺く”投球角度

そもそも、なぜゾーン高めのフォーシームは空振りが取れるのでしょうか。

「ホップするフォーシーム」は文字通り「浮き上がる(ように見える)軌道」を描きますが、この軌道を再現するには別の手段もあります。極端な話、打者に対してボールが下から上に投げ込むことで浮き上がってくるような軌道を再現することが可能になります。

この考えから生まれたのがVAAVertical Approach Angle)。

投手はマウンドの上からボールを投げ下ろすため、VAAは通常マイナスの値(2024年のフォーシーム平均VAA-4.7°)。これがホームベースを通過する時の垂直角度が水平(0°)に近いほど、打者は浮き上がるような錯覚を覚えます。ホップ量が少なくとも、この値を0°に近づけることで「浮き上がるフォーシーム」を再現し、打者の空振りを誘導することが可能になります。

以下の分析記事では「投球の高さ」に注目してVAAを0°に近づける方法を2点挙げています。

①リリースポイントを下げる。
②ゾーン上部に投げ込む。

「下から上に投げる」のイメージを投球の高さによって再現する方法です。しかし①にはリスクも伴います。極端なアームアングル/リリース角度の変更を強いることで、ピッチングのメカニズム全体に狂いが生じる可能性があるためです。記事内では年度を跨いだ平均リリース高さにほとんど差がない(簡単に改善できる要素ではない)ことを説明し、フラットなVAAを再現する方法に②を推奨しています。

球速とVAAごとのSwStr%を見ると、先ほど紹介した投球ゾーンの高さごとのSwStr%と似たような傾向が見られます。

データはBaseball Savantから。
2021-2024年が対象。

フラットなVAAを再現するには投球ゾーンの高さが重要なため、VAAが0°に近い=ゾーン高めに投げ込んでいる=空振りが奪いやすくなる、と考えられます。「ノビのあるフォーシーム」は、ゾーン高めでその効果を最大限に発揮するということです。

そして今永はこのVAAにおいて優秀な数値を残しています。今季のフォーシームにおけるVAAは-4.2°(MLBフォーシームVAA平均-4.7°)。これは今季500球以上フォーシームを投げた投手全153名中18位の数値です。

フォーシームのノビを再現するために必要な「リリース高さ」と「ボールの到達高さ」と「ホップ量」の関係を見てみます。下の表はリリース高さとゾーン高さ、IVBを示したものです。

データはBaseball Savantから。

IVBが優れる投手に多く共通するのはリリースポイントの高さ。その中でも①低いリリースポイントから②ホップ量に優れたフォーシームを③ゾーン高めに投げ込んでいる今永の存在が際立っています。VAAとホップ量を両立する特異性こそ、今永のフォーシームがメジャーの強打者にも通用した大きな要因と考えられます。


◾️なぜ今永だけが再現できるのか

▼VAAとIVBはトレードオフ

なぜ今永のみがこのスキルを有しているのでしょうか。ホップ量というスキルこそ求められるものの、基本的には「高めに投げるだけ」で優秀なVAAを得られます。何もいきなり「球速を5mph上げろ」と言っているわけではありません。言葉だけで説明すると簡単なように聞こえます。

しかし今永のように優秀なVAAとホップ量を両立する投手はほとんどいません。以下の表は今季1000球以上フォーシームを投げた投手のVAAとIVBを表したものです。

データはBaseball Savantから。

ではなぜこのふたつを両立する投手が少ないのでしょうか。今永の他に極端なスキルを持った2名の投手(カイル・ハリソンタイラー・アンダーソン)を例に説明します。

ホップ量は縦回転(X-axis spin)の量に強く影響を受けます。そして縦回転の量は垂直リリース角度(Vertical Release Angles)の影響を受けます。この垂直リリース角度が負の数字になるにつれ、言い換えると下方向に投げようとするにつれ縦回転の量は増え、ホップ量が増加します。逆にゾーン高めに向かって投げようとするほどホップ量は減少します。つまり、通常VAAとホップ量はトレードオフの関係にあります。

空振りを多く奪うためにはゾーン高めに投げ込む必要があります。カイル・ハリソンのように腕の角度を下げて高めに投げ込むことで優秀なVAAを生み出す投手もいれば、タイラー・アンダーソンのように高いリリースポイントから優秀なホップ量を生み出し、ゾーン高めに投げ込む投手もいます。

しかし今永は第三の選択肢とも言える「優れたVAAとホップ量の両立」を可能にします。

▼両立するためのスキルとは

この特異性を生み出す要因について、マイケル・ローゼンは自身のブログ内で今永のいくつかの「外れ値的なスキル」を紹介しています。

①肘・手首の柔軟性

マイケル・ローゼンは、低いリリースポイントから優秀なVAAを再現する投手の例に2010年代半ばのクレイグ・キンブレルを挙げています。キンブレルの投球フォームと今永のフォームを比較すると、今永が特殊な「肘の角度」を持っている様子が分かります。

画像はBaseball Savantから。
画像はBaseball Savantから。

どちらもAttack Zones12(真ん中高め)のフォーシームです。キンブレルのは肩から肘にかけて並行、肘から先は若干曲がったフォームをしている一方、今永は肩から手首にかけてほぼ直線になっています。他の「低いリリース位置から高めに投げるタイプ」の投手とは異なるこのフォームを、ブログ内で「ユニークなアームアングル」と評しています。

特殊な手首の使い方も今永の特徴として挙げられます。この点について、今永本人が語っている動画(子供向けコンテンツ!)があるので紹介します。

2:55あたりで「スローモーションの映像とかでは、自分ではこうやって(斜めの角度で)投げているつもりでも、意外と縦回転になったり(手首を立ててリリースしている)」と分析しています。本人は「アームアングルに合う自然な手首の使い方をするように」と強調していますが、その今永自身は肘と手首の柔軟性によって他の投手には真似できない投球フォームを再現しているように思えます。

②指先の使い方

優秀なホップ量を生み出すには縦回転量を増やす必要があります。その為にはリリース角度だけでなく、指先の使い方、強さも重要になってきます。この点について、今永本人が動画で語っています。

本人のふわっとした説明を簡単にまとめると、指先を引っ掛けるようにリリースし、下方向を意識することで回転数を増加させているようです。このあたりはVAAとホップ量がトレードオフの関係である点からも納得できる理屈です。

③下半身の強さ

マイケル・ローゼンは自身のブログ内で、THROWZONE ACADEMYのジム・ワグナーが今永の持つ”強靭な下半身”の有用性について触れたコメントを紹介しています。

“If you have instability or your hips don’t have a great range of motion, that will (keep you) from getting out to a lower release point.(Imanaga is) very, very good with his lower half but he’s even better rotating his hips before his shoulders rotate, (getting) tremendous hip and shoulder separation. And his hip allows him to get out to that release point. You have to be super strong to do that.”

「もし下半身が不安定だったり、股関節の可動域が十分でなければ、低いリリースポイントに達することができません。(今永は)下半身の使い方が非常に上手で、さらに肩が回転する前に股関節を回すことで、素晴らしい股関節と肩の分離を生み出しています。そして彼の股関節のおかげで、あのリリースポイントに到達できているのです。これを実現するには非常に強靭な力が必要です。」

和訳にはChatGPTを使用。

今永はこの「下半身の使い方」についても上記の動画で説明しています。本人の説明によると「軸足の膝がギリギリまで捕手の方に向けないイメージ」。リリース直前まで身体の開きを我慢するような下半身の使い方を意識しているようです。下半身主導の投球動作はリリースポイントとの分離を生み出すだけでなく、低いリリースポイントを実現します

④リリース角度の「再現性」

今永の強みは「高めに投げる」だけではなく「高めに投げ続けられる」という点にもあります。空振りを奪いやすいゾーンに投げ続ける「制球の安定感」に長けているのです。

マイケル・ローゼンはFangraphsに寄稿した記事で「フォーシームの到達位置は垂直リリース角度と水平リリース角度の2点だけでほとんど説明できる」という分析結果を紹介しています。球速や回転数、リリース高さはホップ量をまったく考慮せずに、です。

このリリース角度のバラつきを定量的に評価した指標が「Kirby Index」です。今永はこの指標において上位クラスの成績を記録しています。「優秀なVAAとホップ量」という今永に似たスタイルを持つフレディ・ペラルタと、リリース角度のバラつきを比較するとその差は明らかです。

データはBaseball Savantから。

今永の方がバラつきが小さい=リリース角度が安定していることがわかります。この安定性は高めのゾーンへの再現性はもちろん、4.0 BB%という四球の少なさの説明にも繋がります。

※マイケル・ローゼンはKirby Indexをあくまで「制球力評価の限定的な試み」としています。現在はフォーシームのみの評価に用いており、利き腕ごとの評価でもありません。ゾーンの高低に投げ込むザック・ゲーレンのような投手は低く出る傾向にあります。また実際のリリース位置の密度からも同じような数字が得られますが、リリース角度を用いる理由に「外的環境要因を取り除くため」としています。

▼特異性が生み出すデメリット

ここまで今永のフォーシームの強みばかり紹介してきましたが、当然デメリットも存在します。ホップ量の大きいフォーシームはその性質により、被弾やフライの打球が増加というリスクが生じます

ボールのホップ量が多いと、打者はボールの下をスイングしやすくなります。これによりフライやBarrelのような得点価値の高い打球が発生しやすくなります。ゾーン高めのようなコースに投げることができれば空振りやポップフライの割合を増やすことができますが、低めなどの被打球が増えるコースだと同時に長打が増加する危険も伴います。

この傾向はデータにも表れています。今季今永が記録したFB%は45.5%(規定投球回到達者58名中6位)、HR%(被本塁打/対戦打者)は3.9%(同8位)。空振りを取りやすいボールではありますが、被打球によるリスクも伴うというデメリットが発生するのです。

この点については本人も理解しているようで、冒頭のインタビューでは自身のfWARについて「僕のWARが低い理由は恐らく、被本塁打が多いから」と言及しています。ノビのあるボールは必ずしも良いボールとは言い切れない、ということが理解できると思います。


️◾️まとめ

簡単にまとめます。

・今永のフォーシームは優秀なホップ量。
・ホップ量が優れているだけでは説明不足。
・優秀なVAAと両立することで打者の視覚を欺く。
・通常VAAとホップ量はトレードオフ。
・これを両立するスキルこそ今永の真骨頂。

過去のnoteではほとんど投手関連の話題を取り上げることがありませんでしたが、Pythonの扱いにも慣れてきたということでトラッキングデータを用いた投球分析をしてみました。また、今回の記事を完成させるにあたりばーぼんさんのnoteを参考にさせていただきました。これから投球分析を行いたいという方は必見の内容だと思います。

今後は今回取り上げた今永に似た特徴を持つプロスペクトの紹介だったり、Pythonで投球分析をするにあたっての簡単な記事も書きたいなと考えています。本稿が皆様の参考になれば幸いです。


◾️参考文献


【Shota Imanaga Is Pitching Like an Ace】

【It’s Release Angles All The Way Down】

【ノビ、キレ、重さの科学】

【Gerrit Cole and the Pine Tar Controversy】

【A Visualized Primer on Vertical Approach Angle (VAA)】


※ヘッダー画像は【Shota Imanaga continues strong start to major league career as Cubs top Mariners 4-1】より引用。
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