生きるための豚の角煮


わたしの死なないための有効な方法のひとつに「塊肉を調理する」がある。

大きな肉の塊に下準備をし、調味料で漬けて冷蔵庫で寝かせる夜はどんなに気分が落ち込んでいても明日の朝を迎えるのが楽しみになる。焼く時間は五感で幸福を感じることができる。煮る時間は愛おしい気持ちで胸がいっぱいになる。つまり塊肉を調理することはわたしにとって強制的に生きる希望を見出させる特効薬だ。また明日も生きるのが嫌になるタイプの憂鬱に襲われたときは必ず好きに塊肉を買って帰ることにしている。


先日念願の圧力鍋を入手したので、いちばん初めにずっとやりたかった豚の角煮を作ることに決めた。

豚の角煮といえば、「ラストレシピ〜麒麟の舌の記憶〜」にて佐々木充が『割烹 辰巳』で女将に激推しされるおすすめメニュー。豚の角煮が山形さんの得意料理だと伝えられた瞬間、映る角煮に不思議な魅力が帯びるように感じられるのが印象的だ。視覚だけで味がよくしみた柔らかくて美味しい角煮だと伝わるが、麒麟の舌を持つ伝説の料理人がこだわって作った角煮は一体どんな味が、香りがするのか……………

というわけで大日本帝國食菜全席のレシピ(映画パンフレット)を参考に豚の角煮を作ってみた__!\ヨッ!天皇の料理番!/\ヨッ!日本一!/

今回の調理でいちばん問題になったのが、材料の香辛料(八角、丁香、桂皮、陳皮)である。大きいスーパーに行けばあるだろうと高を括ったが八角しか手に入らなかった。仕方がないので桂皮としてシナモンパウダーを(いいのか?)陳皮として普通のオレンジの皮を(いいのか??)代用した。丁香は代用品が思い浮かばなかったので無視した。この時点で既に精巧な再現をすることへのプライドは失っているが、想像もつかぬ完成形にワクワクしていたのでオールOKだ。

結果、圧力鍋という現代の器具の力を借りて(当時に比べて)短時間で最高に柔らかくトロトロな豚の角煮ができた。合っているか不明な香辛料のおかげで、家庭料理として想像する豚の角煮とは異なるフルーティーさとスパイシーさを得た。なんだかお上品な味がしたため、(これが山形さんの味…!)と無理やり納得させて鼓舞した。


ここまででわかるように角煮のために動いていた時間はまるで冒険家のように好奇心と探究心に満ちて自然と目がキラキラした。塊肉を調理することの効果を再度強く実感することとなった。前述のとおりなんとなく憂鬱な気持ちも忘れてしまっている。だって美味しいんだもん!!!

自粛期間が明けて再開した仕事に取り掛かり忙しく過ごした6月は、生活の営みを簡略化する日が続いた。そうするとだんだん日々にメリハリがなくなる。人に対して求めるぬくもりも与えるぬくもりも単調になり、なんだか薄っぺらい時間を過ごしてしまった。「食べることは、生きること」をテーマに生きため以子のように、生活の営みを繰り返すことのシンプルな強さを信じて、たまに塊肉を焼きながらどんな日も生き延びたいと思った。


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おしまい