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「日に1度でいいから、自分が美しいと思うものを10秒見つめなさい」
タイトルは、私が大学受験のために塾に通っていたとき、そこの年配の英語の先生が仰っていたこと。
もともとは、その先生が学生時代に慕っていた近所の哲学の先生(おそらく引退した大学教授)が、まだ若い先生に仰った言葉らしい。
東京の大学に進み、長期休暇で地元に帰ってきた先生は久しぶりに教授のもとに行き、大学であった辛かったことを朝まで聞いてもらっていた。
ずっと静かに聞いていた教授。
けれど、突然涙をこらえて震える声で怒鳴った。
「さっきから聞いていればなんだ!
君はずっと自分のことばかりじゃないか!
田舎にひとり暮らしていたこの老いぼれを気遣う言葉を、一言でも言ったらどうなんだ!!」
先生は意表を突かれて、泣き出してしまったらしい(2人ともすぐ泣くなあ…)
すると教授は、
「自分の外にあるものに向ける眼差しを持っていなさい。
一日に一度でいいから、道端に咲く花でいいから、自分が美しいと思うものを10秒見つめなさい」
もう数年前のことだから細かい話の展開や正確な言葉は思い出せない。
でも、ふとしたときに思い出す。そしてその言葉を必要としていた自分に気がつく。
私は昔から、思い詰めるといつの間にか自分の内に閉じこもって、暗い部屋の隅にうずくまってしまうような傾向がある。
けれどそんなときに先生の言葉を思い出して、庭の花を見つめてみる。青々とした葉を広げて、淡い色の花弁が風にゆらゆらなびいている。
自分が、自分以外のものとの関係で存在していることを思い出す。
私がこの花を見たように、私のことを見てくれる人のことを思う。
道端に咲く雑草の花のような人生かもしれないけど、私がその花を見て美しいと思ったように
誰かが私にも眼差しを向けているのかもしれない。
なら、私もその人に眼差しを向けなくてはいけないと思う。
他者を思いやる気持ちを思い出す。
そして自分を思いやる気持ちも。
その教授は、ただ、寂しかっただけなのだろう。
自分の元を離れていく若々しい青年の瞳に、自分が写っていないことが悲しくて、声を上げただけなのかもしれない。
哲学の研究に身を捧げてきたその年老いた碩学がみせる寂しさに、勇気づけられる。