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自転車はじめて1年でPBPを完走するまで #04 〜完・3ヶ月でSR編〜

知らない天井だ。

これからブルベを走っていくなかで、幾度も経験することになるこの感覚。
軋む身体を起こし、足元で充電をしていた携帯を僅かな焦燥を抑えながら拾い上げ、時間を確認する。
午前4時。2時間ぐらいは眠れたのだろうか。

全身が痛い。身体は正直だ。
300kmもの距離を酷使された脚は、関節から筋肉に至るまで深く傷つき、疲弊している。
腕や首、背中にも確かに色濃い疲労の跡が残っているが、幸いにも、特別負傷をしているような感覚はない。

これなら、走れそうだ。

前夜にあらかじめ買っておいたサンドイッチを起きがけの乾いた口に放り込み、コップに残っていた無機質なドリンクバーのオレンジジュースで半ば強引に嚥下する。
本来であれば午前3時40分ごろにはここ、茨城・水戸から栃木・宇都宮に向かって出発していなければならないはずだった。
おそらく準備を終えて出発ができるのは午前4時半前後、おおよそ1時間の負債を抱えることになる。そう考えながら、就寝前に脱ぎ散らかしたウェアを丁寧に、かつ可能な限り急いで身につけていく。

会計を済ませ外に停めている自転車のもとへ戻り、壁のフェンスと自転車を繋ぐワイヤーロックを外していると、吐く息が少し白いことに気がついた。
まだもっと寒くなるかもしれないな、心の中でそう呟きながら、ルーチンワークのようにグローブに指を通してヘルメットを被り、サングラスをかけて自転車に跨り、最後にサイコンの開始ボタンを押す。

時刻は午前4時40分。おおむね予想どおりの時間に再スタートを切り、ガチガチに固まった身体を少しずつほぐすように、誰もいない早朝の街の冷えた空気を肺に溜めながら、ペダルをゆっくりと回しはじめた。

続・BRM1022東京600km ぐるっと関東一周

寒い。
水戸の快活クラブを出発し、しばらくして手元のサイコンを見ると気温は10℃を指していました。

沿道の建物は少しずつ数を減らしていき、徐々に山道に差しかかっていくようです。
決して高くない標高の登りを終え、山間部の集落を通り抜けて下っていくと、登りでかいた汗が一気に冷えてしまい、たまらずウィンドブレーカーをジャージのポケットから取り出して袖を通します。

「どこまで行くんだい?」

坂道を下った先、信号なんてもののない、1時間に一度車が通るかどうかという道の交差点で、車に乗った老人が問いかけてきました。
「宇都宮まで」私がそう答えると、老人は薄く笑みを浮かべながら「ここからけっこう登るけど、頑張りな」と、そう言い残し去っていきました。

それなりの斜度の、街灯のないまだ薄暗い坂道を、身体を労るように丁寧にペダルを回して少しずつ登っていきます。
標高自体はたいして高くないものの、初めての2日に渡るブルベ。1日目のダメージはほとんど抜けておらず、だんだんと息が苦しくなっていきます。

もう少し……もう少し……
自分に言い聞かせながら登っていると、あたりが明るくなってきたころ、やっと栃木県の標識が見えてきました。

(夜中に栃木通るとか言ってたけど完全に朝)

モビリティリゾートもてぎ(旧ツインリンクもてぎ)の横を通り過ぎながら、もてぎ市街地の方面へバビューンとダウンヒル。さぶーい!!

交差点からバイパスに入るとどこまでも続くような直線の道。しかも登り。
隣を車が猛スピードでビュンビュンと通り越していくなか、えっちらおっちら登ります。
道の駅もてぎのあたりでコンビニを見つけ、完全に集中力が切れていたのでピットイン。
ホカホカのピザまんとあったかいココアを買って、コンビニの外で食べます。あれれ?一瞬で冷たくなったよ??

少しでもと休息を欲し、コンビニ前のよく冷えたステンレスのガードパイプに軽く体重をかけ、立ったまま3分ほど目を閉じます。
目を開けると、あまりの寒さに身体がブルブルと震えてきました。
サイコンの表示を見ると気温は7℃。
登っていると暑いので気がつきませんでしたが、止まっていると寒過ぎて耐えられないということがわかったので、肉体の疲れはそのままに、コンビニをあとにします。

そこから宇都宮までは特に目ぼしい景色もなく、ただただ自転車に乗ることに苦痛を感じながらペダルを回し続けます。

宇都宮のコンビニPCに到着し、残りは約200km。
メンタルはもう限界の限界で、自転車を買ってから初めて弱気なツイートをします。

シュークリームを食べて休憩していると、他の参加者から「残りはあと1ブルベだけですね、お互い頑張りましょう!」と言われる。
1ブルベ!!初めて聞いた!!
1ブルベとは、ブルベの走行距離が最短200kmからであることから、200kmの距離のことを1ブルベと換算する、完全に感覚がブッ壊れた人たちの頭のおかしい単位である。
なお噂では500kmを1キャノボ(東京→大阪間)、1200kmを1PBPと呼ぶらしい。へ〜。

残り1ブルベ、っていうとなんか雰囲気的にあと少し感がありますが、200kmって普通にけっこう長いです。12時間ぐらいかかります。

次は群馬に向かって走り出しましたが、そんなことよりも、問題は通過タイムです。
水戸を出発したときの1時間の借金ですが、これがほぼ丸々残っています。
ゴールまでに返せばいいのですが、この身体ではこれ以上スピードを出せる気がまったくしません。
サイコンに表示された15km/hを下回った平均速度を見ると、焦りがどんどんと湧いてきます。
下手に休憩でもとろうものなら、さらにグロス速度が落ちてしまいます。

つらい。とてもつらい。
………眠い!

突然の強烈な眠気を感じ始め、運良く見つけた道路沿いのベンチに近づき、自転車を地面に倒します。
ベンチに横たわり、アラームを5分後にセットして目を瞑ります。
目を瞑った瞬間アラームがなりました。
私はこの感覚を知っています。仮眠(気絶)成功です。

再スタートを切り、群馬は伊勢崎に向かいます。
この区間も景色は微妙でずっとつらかった。

伊勢崎に到着する少し手前でコンビニに駆け込みます。
実はもてぎを過ぎたあたりから、靴に締め付けられた足が尋常じゃなく痛く、もう限界だったのです。
コンビニでパスタを買って駐車場の邪魔にならない場所にペタンと座って食べ、痛み止めとして風邪薬を飲みます。

再出発し、しばらくして伊勢崎に到着。
もう特になんの感想もありません。つらい?

でも時間をよく見ると、1時間あった借金がほとんどなくなっています。
これはもしかしたらいけるかもしれません。

再出発して埼玉方面に向い、気づいたら埼玉に入っていて、気づいたら埼玉は終わってました。

あたりは薄暗くなってきましたが、アップダウンもなんのその、脚はどんどんと軽くなってきます。
痛み止めが効いてきたようです(もっと早く飲めばよかった)。

あたりは真っ暗になるころ、東京における秘境の入り口、青梅に向けてわりと本格的な登りがスタートします。
が、もう誰も私を止めることはできません。
ペダルをくるくると回して、何人かの参加者をスイスイ抜いていきます。

青梅駅についてコンビニPCでからあげ棒とおにぎりを買って食べ、ここからは夜景を見ながらダウンヒル!ずっとオレのターン!
のこりは50kmほど。もう歩いて帰れるんじゃない?と思い始めます。帰れません。

テンションが上がりまくって信号で捕まるのにガンガンに踏みまくります。
「そんな急がんでも」と他の参加者に苦笑いで言われますが、「なんか元気が余っちゃうともったいないので…」と返します。意味がわからん。

東京都を西から東へビューンと横断していきます。
真っ暗な滝ガ原運動場?はめちゃこわかった。
多摩のあたりでなかなかの斜度の登りが現れたりしますが、もはや完全にアドレナリンまみれになっている私の敵ではありません。

神奈川県に入りました。
信号が多くひたすらにストップ&ゴーで進んでいくと、段差で突然衝撃とデカい音がしました。
パンクしたと思い、あぁ……終わった……と道路の端に寄り自転車を停めます。

実は自転車を買ってから3ヶ月、一度もパンクしたことがなかったので、チューブ交換もしたことがなかったのです。
予備チューブやポンプはあるものの、真っ暗な中で初めてのチューブ交換、短時間でできるとは思えません(できても不完全でまたパンクする可能性すらある)。

絶望しながら後ろのタイヤを見てみると、なんとサドルバッグの留め具が1つ外れて後輪と接触しているだけでした。
サドルバッグにつけていたおにぎりリフレクターは摩擦で溶けていますが、自転車にダメージはなさそうです。よかった〜。

いよいよゴールです。
ゴールPCであるコンビニに到着し、コーラを買ってレシートを受け取ります。
ゴール時間は39時間。時間内完走です。

(制限時間は40時間なので、ギリギリといえばギリギリだし、途中を考えると思ったより余裕をもってゴールしたともいえる)

携帯からゴール受付を行い、再度自転車に跨ります。
あ…脚が動かん…!
まともにペダルを漕げず、転けそうになります。
たぶんアドレナリンブーストが切れて、本来の疲労状態に戻ったのです。

フラフラになりながら後泊のホテルに行き、チェックイン後コインロッカーの荷物を回収してシャワーを浴びます。
身体を洗いながらフラついて浴槽で何度も転けそうになりますが、ようやく完走したことへの実感が湧いてきます。

3週連続400km、300km、600kmのブルベ完走。
自転車に乗り始めて約3ヶ月でのSR(Super Randonner)、達成です。

ノリと勢いだけで挑戦したSR。
決して自分だけの力ではなく、ばるさんをはじめとしたロングライドについてインターネット上でノウハウを提供している方たちや、実際にブルベを主催・運営しているスタッフの方たち、実際に関わった色々な方たちがいなければ成し遂げることはできなかったと、今でも強く感じています。

また、正直3ヶ月でSRを達成したのは単に運が良かったからというのもあります。
雨に降られたのは200kmの一部区間のみ、400kmや600kmで長時間雨に降られていたら、完走できていなかったことでしょう。

なので、私と同じように自転車をはじめてブルベに挑戦しSRを目指し、もし全力を尽くして手が届かなかったとしても、それがイコール実力だとは思いません。
ただ、挑戦すること、そして挑戦した結果から何を学ぶこと、そういったことも自転車の醍醐味であり、楽しみだと、私は心の底からそう思っています。

次回、いよいよPBPに向けて走り始めます。
続く。

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