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目をあけて!

夜中、トイレから戻った私は
もう3時だというのに、莉沙の部屋の灯りが漏れてることに気づいた。
いくらなんでも睡眠はちゃんととらないと。
と、小言を言う為に部屋に入って
私はその光景に驚いた。

ベットに横たわる莉沙の周り、机、じゅうたん。
あらゆる場所に
血が点々と飛び散っているのだ。
その、真っ赤な血とは対照に
莉沙は真っ白な顔で目をつぶり
ただ、とても息が荒く浅く途切れるように。
そう。
死んでしまう!と私は叫び声をあげながら莉沙を揺すったのだ。

「莉沙!莉沙!」
どんなに揺すっても固く閉じた目が開かない。
さっきよりも呼吸が弱くなった気がする。
時々、突然荒くなった呼吸をして
苦しそうな咳と共にまた口から血が飛び散る。

「莉沙ー!お願い起きて!どうしたの!」
私の叫び声はもはや絶叫だっただろう。

騒ぎで目を覚ましてその光景を見たあかりは
さぞ、驚いただろう。

呼吸が少しずつ浅くなる莉沙を抱きしめて
何もできなかった私は
だから、救急車のサイレンを
不思議に思った。

サイレンは自宅アパートの前でピタリとやみ
バタバタと駆けつける救急隊員。
色々と質問されながら
莉沙が担架で運ばれていく様子を呆然と見る。
大人はこの家に私しかいない。
では、誰が、救急車を呼んだのか。

ハッとして、あかりを見つめる。
「あかりが電話してくれたの?」

何か悪い事をしてしまったかのような顔で
電話の上に貼ったポスターを指さす。
それは、あかりが支援学校でもらったものだ。
ポスターには
イラストと一緒に
110、119
そして、家の住所。名前。
そう。
119のイラストはまさに
病気で倒れているような人物があったのだ。

あかりは、そのイラストのように
ぐったりと倒れている姉と
何も出来ずに泣き叫ぶ母を見て
自分がすべき行動を知ったのだろう。

「ありがとう、あかり。」
涙ながらに抱きしめると
ホッとしたように笑う。

ああ。本当に。
いつも私は子ども達に助けられる。
障害をもつ我が子を助けようとする私を
いつも、最後は我が子が
するりと手をひいて助けてくれるのだ。


保険証などの簡単な荷物をまとめ、私はあかりと共に救急車に乗り込んだ。
莉沙は酸素マスクのようなものをつけられてはいるものの、依然として
真っ白な顔で目を閉じ、動かない。

「お姉ちゃん死んだ?」
死ぬ。という事がどこまで理解できているのか分からないが、あかりなりに
その光景は不安そのものだっただろう。

救急隊員の状況を伝える声が
より一層不安になる。
「意識なし」
その声をかき消すように、そして
私は自分に言い聞かせるように大きな声で言う。
「大丈夫!」
あかりの手を握りしめる。
「大丈夫。すぐに治してもらうから」

救急車が病院に向かって走り出す。
「○○病院に行きます」
「発熱はいつからでしたか?」
「いつから咳をしてましたか?」
質問に答えられなかった。
発熱?咳?
そんなに具合いが悪そうだったっけ。
答えられない母親をどう思うのか気になるところではあったが
それよりも
救急車というは、こんなにも揺れる乗り物だったのか。
前に私自身が運ばれた時は、意識朦朧で気づかなかった。
狭いシートに腰掛けていても
時々しっかりと体を支えなければ
ひっくり返りそうだ。
あかりなんて、さっきから何度シートから落ちているか。

こんなに揺れて莉沙は大丈夫なのだろうか。
呼びかける救急隊員の声に反応しない。

ああ。あの時もだ。
あなたが産まれたとき。
あの時も、揺さぶられようが何をされようが、今のようにしっかりと目を閉じて
反応しなかった。
でも。

あの時、助かった。
だから、今回も莉沙は助かる。
莉沙は強い子だから。
ねえ莉沙。

聞いた病院はそんなに離れた場所でもないのに
到着までとてつもなく長く感じた。
涙が止まらない。
ダメだ。泣いたらダメ。
泣いたら。それではまるで
莉沙が死んでしまう可能性があるようではないか。
そんなはずはない。
夜ごはんの時。お風呂あがり。
変わらず元気だった。
だから泣くなんて。

莉沙。
ねえ莉沙。
起きて。
お願いだから、目をあけて
「ビックリしてるー!」と
いつもの冗談みたいに、ふざけて笑って。
ねえ。莉沙。
莉沙。



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