見出し画像

精神科入院

私が経験した入院は
2人の娘たちの帝王切開と
高校生の時の肺炎くらいだ。
病院に入院する。ということ、そのものに不慣れなまま
私は莉沙の着替えやタオル、洗面道具など準備をする。
そして、入院当日。
私の思っていた入院とは、全く違うことを思い知らされる。

ベルト、ひも靴、ゲームの充電の為のコード。
ひも状の物は全て持ち込み禁止だった。
驚いたのは、プラスチックのS字フックや
手鏡すら、ダメだということ。
フックや手鏡で一体どうやって自傷行為をするというのだ。
それでも病院側としては
「安全を第一に」
と言われれば仕方がない。

莉沙の安心材料になる、お気に入りの手鏡を持ち帰り用の袋に移動させたときの
莉沙の悲しそうな目がつらかった。

他にも、病棟内のルールはたくさんあった。
・お風呂は月水金土のみ。
・提供される食事以外は医師の確認をとってから(この日持たせたポッキーも持ち帰りとなった)
・私物を共有スペースに持って行かない。
・21時消灯。1時間間おきの巡回があるが、眠る以外の活動はしてはならない。
等。

病院というより。刑務所のようだ。
13歳の女の子を預けるには、あまりに不憫だった。
部屋は個室であるものの、とても殺風景で暗かった。
少しでも明るい気持ちになれるように飾りつけをしてあげたいと申し出たが
もちろん画鋲などは禁止だし
ひも状もダメ。
ポスターをテープで貼るならいいかもしれないが、それも医師の確認が必要。

4畳半ほどの小さな部屋に
ベットと備え付けの引き出し。
ただし、清潔ではあった。
シーツもきちんと洗濯してあったし
カーテンも、床も、清潔できれいだった。
足りないと言えば…

生活感?
まるで、人が暮らす場所ではないかのように
その清潔さ、さえも
ひんやりと冷たい拒否を感じて
私は「莉沙はこの部屋で1人で寝起きをする」
考えただけで、涙を堪えるのが大変だった。

あっという間に手続きは終わり
親子は離される事になったその時。

「ママ!」
莉沙が唐突に抱きついた。
肌の過敏で最近では触れることのできなかった莉沙の背中、腕、息づかい、匂い。

この子はいつも太陽と土の匂いがする。
そうだ。
小さい頃から、この子は同じ匂い。
「ママーー!見て!」
どこから持ってきたのか、大きな石を抱えて歩いてきた。
「危ないでしょう」とたしなめる私の話は聞かず「おつけもの!」
大声で喋り続ける。
「お漬物を作るから!たぁーんとお食べってお婆さんが!待っててママ。今すぐに!」
独特に一方的に話すと
集めた葉っぱの上に石を置いて
すぐに石をどけて、何やら葉っぱと土をこねくり回す。
そしてまた石を置いて
また石をどけてこねくり回す。
何度も繰り返して出来た
土まみれのくちゃくちゃになった葉っぱを
「はいどーぞ!」と満面の笑みで渡す。

そうだ。
いつもあなたは
太陽を浴びて土を触り
思いついた遊びを夢中でしている
自由でステキな女の子なのだ。
だからいつも
この匂いがするのだ。

莉沙の幼い頃の思い出が突然蘇り
とうとう、私は堪えられなくなった涙が出て
莉沙を見つめる。
もう、笑顔のない
痩せて青白い顔をした
けれど、目の奥は幼い頃と同じ
真っ直ぐでキラキラ光る莉沙の目。
「帰ってきたら遊びに行こう。
莉沙の好きなことしよう。
ママはずっと応援してる。」

莉沙は少し笑い、ゆっくり頷く。

そう。
きっと、入院して治療をして。
莉沙はもとの莉沙になって
すぐに帰ってくる。
義務教育。みんなと同じ。制服。勉強。
そんなもの気にしなくていい。
莉沙の自由を伸ばしてやるのだ。
それが、あの子なのだから。
言い聞かせるように私は泣きながら帰宅する。
荒れた莉沙の部屋は空っぽで。
持ち込めなかった手鏡を置きながらもう一度強く思う。

すぐに帰ってくる。
大丈夫。
大丈夫。



私の思いとは裏腹に
莉沙の精神科入院は
結局、2年強も続き
中学生時代のほとんどを
あなたは病棟で過ごすことになるとは
この時は予想もしていなかった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?