入院直後の様子

「ママ!帰りたい!おうちに帰りたい!」

当時まだスマホが発売されたばかり。キッズ携帯は持っている子はいたが
莉沙は持っていなかったし。
持っていたとしても、病棟では使えなかっただろう。

この、ご時世テレフォンカードで公衆電話から叫ぶように私の携帯にかかる電話は
私の心を打ちのめした。

我が子を精神科病棟にぶち込む母親。
そんなフレーズが脳裏をよぎる。

莉沙は電話越しに泣いている。
叫んでいる。
1人ではないだろう。
必ず、看護師さんか主治医がそばについている。
その事が私を冷静にさせる。

「莉沙」
できる限り、冷静に落ち着いた声を意識して言葉を続ける。

「莉沙。
先生や看護師さんの言うことをよくきいて、お薬をちゃんと飲んで
ゆっくり過ごすの。
それが、莉沙の今がんばること。
ママとあかりは、その莉沙を支える。
待ってる。大丈夫」

伝わらなかっただろうか。
叫び声と共に、何かを打ちつけるような激しい音、誰かの慰めるような声。
そして突然
切れる電話。

携帯を耳に押し当てたまま
私は、ポンヤリと宙を見る。

最低な親だ。
我が子を精神科に入院させ
帰りたいとあんなに強く訴える娘に
帰ってくるな。と言ったも同然だ。

あかりが何かを察したのか
ギュッとしがみつく。
相変わらず発語は少ない。
でも、確実に成長している。

私はしゃがみ込み、あかりを抱きしめる。
「大丈夫。お姉ちゃんは帰ってくるし、元気になる。大丈夫。」
それは、あかりに言ってるのではなく
私が自身に言い聞かせてることを分かっているように、あかりは、私の頭を撫でる。
「ママー。だいじょーびゅー。」

涙がこみ上げる。

なぜ?
なぜ?
なぜ?

莉沙と同じくらいの中学生が、はしゃぎながら楽しそうに下校している。
それが、普通なのだ。 
普通に生活するだけで充分幸せだ。
けれど親は違う。
最近、保護者会で聞いた。
もっと勉強してほしい。
もっと部活で成果をあげてほしい。
なぜ?

莉沙にはできないことをできるのに。
私だって、我が子が
普通に生きていけないとは思いもしなかった。
手洗いしても、タオルで拭けない。
大好きな人に手袋なしには触ることもできない。
きっと、公衆電話も手袋をして
耳に当たる部分には
ラップか何か当てて
直接触れないよう工夫したのだろう。
そうまでして「帰りたい」と
訴えてきたのだろう。

なぜ?
なぜ、莉沙なの?
あの子が一体なにをしたの?
神様。
何の為に、莉沙や私たちにこれだけの苦痛を与えたのか教えてほしい。
神様。
どうかもう。助けてほしい。

下校する中学生が訝しげに見てゆくなか
私はうずくまり、目を閉じた。

入院したいと言ったは莉沙だが
それを受け入れた自分を呪った。
後悔した。
病院なんて。
そうだ。病院なんて、入院させてなんぼだ。
あんなに荒れて暴れた様子で。
治る見通しなんてない。
きっと、薬だけ飲まされて 
なんの処置もされずほったらかしで。
いつかテレビで観たように
ただポンヤリと人形のようになり
一生治らず病院から出て来れないんだ!
泣き叫びたい気持ちだった。

だが。

ものすごく荒れて病棟内で手こずらせた莉沙は
1ヶ月が過ぎた頃から徐々に生活に慣れ
篭りきりだった部屋から出て
工作やバトミントンなどの療育活動に参加したり、図書室で本を読んだり
共有スペースでテレビを観て他の子どもと話すこともあると聞いた。

まだ公衆電話や面会では泣いて甘える事はあっても、少しずつ明るさを取り戻しているようで
あんなに不信感を抱いた気持ちを棚に上げ
「やっぱり病院はすごい!」
と喜んでいた。

実際は、かなりの種類と量の向精神薬を飲んで
落ち着いたように見えていたことは
あとから知ったことではあったが。

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