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発達障害の妊娠

線の細い莉沙とは対照的に
白くてふっくらとした体型のあかりが
以前にも増して
ふっくらし過ぎではないのかと
ふと、思った。

あまり運動をする方ではないけれど
かと言って、最近は
むしろ食が細くて気になっていたくらいだ。
「ゲロでそーー」と
食べない日もあり、風邪かな?と
内科受診をしなければとも
思っていた。

何となくイヤな予感がする。
「あかり。今日はママとお風呂に入ろう」
誘うと、無邪気に
「わーい!!ママとお風呂ーー!」
と飛び跳ねる。
そして、浴室であかりの裸を見て
ゾッとした。

体型自体はあまり変わっていない。
あいかわらずのマシュマロマンみたいな
ふっくら体型だ。
違うのは、胸が大きく膨らみ
乳首は以前とまるで様子が違う。

そう。まるで、妊婦みたいに。

でも。
あかりは軽度の知的障害をもつ自閉症だ。
彼氏なんて、いない。
そしてまだ13歳だ。
それなのに、妊娠?

「あかり」

言葉が成立しないまま名前を呼ぶ。

「はーい!」
嬉しそうに裸のあかりはお湯をゆらゆらと波のように身体で動かす。

「あかりは、セックスしたことある?」
キョトンとする。
ゆらゆらしたお湯の波は次第に止まる。
「セックス?」
初めて聞いた。
そういう表情だった。

のぼせたのではなく、クラクラする。
セックスについて説明しなければならない。

「学校とか、きらきらで
デリケートゾーンて習ってるでしょ?
あかり、デリケートゾーンを誰かに触らせた?」
違うと言って。
ちゃんと、性教育したのだから。
違うと答えて。

あかりの返答は「うん!」
気を良くしたのか、また
ゆらゆらとお湯が揺れ始める。
それが、私の神経を逆撫でした。
「誰に!!」

ぴたりとゆらゆらは止まり
あかりはジッと見つめる。
ああ。
13歳とは言え、この子の身体は発育が早い。
別のことを思わず考える私に
あっけらかんと、あかりは言う。

「学校の先生」

「ああ……」
私はお湯に顔を埋める。
学校の先生が?
触っただけ?
それ以上のことはしてはいない?

「マーマー!おぼれてる〜」
お湯に埋めた私の顔を
あかりが持ち上げてニコニコしている。

「あかり」
もう、聞きたくない。
質問はやめよう。
頭の中の警告とは裏腹に
私はあかりに、質問を続ける。

「先生は触っただけ?
他には何かされてない?
例えば…
あかりのデリケートゾーンに痛いことをしたとか」

「あー」
あかりは、下腹部を見つめ
「ここ」指差す。
「ここ、痛かった。でも、先生、誰にも言っちゃダメだよって。」
ほぼ決定的ではあったが
最後の質問をする。

「先生はズボンや下着ははいてた?」


「脱いでたよ。大人の練習って。みんな練習してるんだって!」



湯船で泣き叫ぶ私を不思議そうに見つめてた。
どうしてだろう。
どうして、弱者に牙を剥くのだろう。
弱いから。
理解できないから。
うまく、言いくるめることができるから。
障害をもって産まれたからといって
人権まで奪われていいはずはないのに。
しかも、教師に!


とにかく私は、何も考えず
翌日あかりを産婦人科に連れて行く。
検査結果は陽性。
妊娠4ヶ月。
まだ13歳であること。
発達障害であること。
を、考慮して中絶手術が望ましい。
何も理解しないあかりは
綺麗な産婦人科で幼児用のおもちゃで遊んでいる。 
お母さんになるはずの子が
赤ちゃんの玩具に喜んでいる。

そりゃそうだ。
堕ろすしかない。

あかりは、14歳の誕生日の前日
全身麻酔で手術を受けた。

今も、時々思う。
堕ろすことが本当に正しかったのか。
本人の意思をもっと
聞きとるべきではなかったのか。
でも、あの時。
迫られていた。
堕胎ができる期間。
混乱していた。
産むとか産まないとか
あかりのお腹に赤ちゃんがいることが
信じられなくて
そう。
本音は
なかったことにしたかった。



ごめんね。赤ちゃん。
今も、思い出す。
あなたは、男の子だった?女の子だった?
発達障害だった?定型だった?
髪の色はあかりのように栗色?
体型はやっぱりマシュマロ?
ごめんなさい。
産ませてあげられなくて。


本当にごめんね。
ごめんなさい。




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