将来の夢

中学2年生も莉沙は病棟で過ごした。
一時外泊をあまりしたがらなくなり
面会の回数も減った。
電話も手短かに用件(差し入れして欲しいもの)だけ言うと、一方的に切れる。
主治医から、精神薬の調整もでき
本人の気持ちも落ち着いてきたので
そろそろ退院を促しているのだけれど
莉沙が、そのたびにムッとして
わざと暴れたり奇声をあげて
イヤだという気持ちをアピールするそうで

主治医も、それはそれで
とても幼い表現方法なので
本人が退院したいという気持ちを待ちながら
気持ちを言葉で伝える練習をしていきます。
と、言われたのが秋ごろだった。

病棟での体育祭で、莉沙は
リレーのアンカーをやり
優勝した!と大喜びした日だった。

そんなに家がイヤなの?

つまらない疑問といじけた感情を隠そうとする私に気づかないまま
莉沙は突如、思いもしない事を話した。

「勉強を教えてくれる人はいない?」

聞けば、退院は勇気はないが
病棟内で中学生の学習をしたい。
看護師や心理士、保育士はいても
勉強を教えくれる大人がいない。
と、言うのだ。

思わず
「じゃあ退院して学校に通えばいいじゃない」と言う私を
やれやれ。という表情で一瞥したあと

「だーかーらー。
それが出来ないから相談してんじゃんかぁ。
理解力ないのー?」

最近の莉沙は、年頃で生意気だ。

「どうしてそういう言い方…」
「お医者さんになりたいの。」
生意気だと思った次の瞬間、こうして時々突然幼い物言いになるのだ。

お医者さん?

「そう。入院しててね、私みたいな子いっぱいいるでしょ。私はね、助けてあげたいの。困ってること一緒に解決して勇気をあげたい。
私がしてもらってるみたいに!」
キラキラと輝く目に、いつかの
ああ、そうだ。
あれは、初めて知能検査をした日だ。

「お医者さんになれる?」
尋ねるあなたに
「なれるよ」と答えた。
なりたいものになれるよ。と。

莉沙は続ける。
「でね!聞いたの!
お医者さんになるには大学に行かないといけなくて、大学に行くには高校に行かないといけなくて
それもね!すんごーく!勉強しないとなれないんだって!
でもね!でもね!」
莉沙の顔はいよいよ紅潮する。
「みんなが言うの。莉沙ちゃんは賢いから勉強すればきっとお医者さんになれるよって!」

そうだろうか?
誰か。
主治医の先生か?イヤ、主治医がそんな確証もない事言わないだろう。
心理士か保育士か看護師か。
誰かが、莉沙の他愛もない夢に付き合って
おだててくれたのだろうか。

笑いながらその事を話す私を
主治医はジッと見つめて言った。

「莉沙さんは賢いお子さんですよ。
特性が難しいタイプではありますが、理解力や記憶力は定型のお子さんより優れてるかもしれませんね」

実際、その頃の検査では
総IQは100以上あり
こだわりの強さや、社会的なルールの認識の弱さはあるものの
検査結果で見ると
何故だか、外の世界と遮断された今の方が
以前より高くなった事は確かだった。

病棟内に学習を教えに来てくれる先生。
そういう支援も実際あったのだ。
定年退職された、元中学校長という女性の先生は、莉沙の遅れた学習を取り戻すべく。
そして途中からは
先へ先へと学習を進めて
きっとムリだろうと諦めかけていた
「高校受験」への道を切り開いてくださったのだ。

15歳。中学3年のおわり。
莉沙の学力は、県の中でも進学校として有名な高校を目指せるほど伸び
莉沙はあとわずかな中学生活を
多くの支援を受けて、復学を果たした。

精神科入院は2年と3ヶ月。
とうとう莉沙は退院した。

「うーわー!!俺は自由の身だーー!!」
と訳のわからないことを大声で叫んで
両手を伸ばした莉沙に
病棟でお世話になった方々が
拍手をしながら、泣いている方もいる。

そうして、あなたは
新しい一歩を踏み出した。

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