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障害理解

莉沙は肺炎を起こしていた。
あと少しでも遅れていたら
命は助からなかった。
いや。
処置が続く今も、まだ油断はできないと
医師から告げられた。

「あんた!何やっちょんね!」
翌朝、病院の廊下に響き渡る大声で、ものすごい剣幕の母が歩いてくる。
そのすぐ後ろを小走りに
「お母さん!病院じゃけ、静かにせんね!」
妹が続く。

「お母さん。どがしたん?なんでここにおるん?」
故郷で喫茶店だかカラオケ喫茶だかを始めたらしい母が、今ここにいることに驚いて
思わず、故郷の方言で返す。

「お姉ちゃんが誕生日じゃけね。私が驚かせようて、お母さんば呼んだんよ。お姉ちゃんには内緒でね。
そしたら、ホラ、お姉ちゃんちに行ったらカギはあいちょんのにだぁれんおらんき。
お姉ちゃんの携帯にかけてさっき話したの覚えちょる?
莉沙ちゃん、えらいひどい状態らしかやん。
私たち仰天してからタクシーでここまで来たんじゃわ」

ああ。そう言えば
妹からの着信で泣きながら
莉沙の病気を伝えた気がする。

まるで夢みたいだ。
昨夜から、ずっと、夢をみている。

「お姉ちゃん」
ベンチに座る私はよほど酷い顔をしていたのだろう。
心配そうに、妹が覗き込む。

「あんたは莉沙の母親じゃろうが!親が子の病気悪うなっとる事も気づかんで!どがんすんね!」
「お母さんは黙ってて!」
ピシャリと妹が言い放つ。

「お母さん。お姉ちゃんの子は発達障害なんよ。」
チラリとあかりがその場にいない事を確認して妹は続ける。

「発熱障害の子はね、自分の体調不良に気づきにくかったり、気づいてもそれを表現しきらん子がおるとよ。
莉沙ちゃんは具合いが悪くても、それをお姉ちゃんに伝える能力はまだ、持っちょらんかった。
お姉ちゃんのせいじゃなか。」

妹はいつ、そんな事を勉強したのだろう。
そう。
莉沙は発熱してもケガをしても
訴えることがなかなかできず
発覚が遅れてしまうことが多々あった。

「莉沙は普通の子となんら変わりはなか。
勉強だって、よう出来るんじゃろうも」
なおも食い下がる母に
「だからこそ、お姉ちゃんはいつも苦しんどるんよ!」
妹の言葉が胸をギュッと締めつける。

そうだ。
見た目は普通なのに
努力とは関係のないところで
出来ないことがあるから。
残酷な障害に苦しんでいる。

「莉沙ちゃんだって、そげんよ?
理解力があるから、健常児が余裕でできることを、なぜ自分はできないのと苦しいと思いをしちょる。
じゃけえ。今回嬉しかったんじゃろう。
みんなと同じ受験をして、もしかしたらみんなと同じ高校生活を送って、みんなと同じように将来の夢を持つことが。
体調が悪いことも忘れてしまうくらい、嬉しくて頑張りすぎたんじゃろ。
そういう子やんね、莉沙ちゃんは。」
最後の方はほとんど泣き声だった。

私は、ただ泣き崩れるだけだった。
発達障害の理解なんて、夢だと
理解なんてされない
知的のない自閉症の理解など
される訳がない。
見た目は一緒なのに
障害なんですって言葉を
どう理解するか。
私は、諦めてた。
だけど。

分かってくれる人もいる。
諦めず、障害に甘えるのではなく
事実を理解してもらう為に
何もできない母親だけど。
娘たちの為に、その努力はしていきたい。
妹の手を握り「ありがとう」
そう言うと
まだ涙で濡れた大きな目を開いて答える。
「お姉ちゃんは1人じゃなかよ」
強く握り返す。

1人じゃない。
難しいかもしれない。
キラキラの先生も言ってた。
「茨の道になる」と。
たとえ。
茨の道であっても、私は諦めず
理解を求め歩もう。
少しでも歩きやすくなるように。
生きやすくなるように。
娘たちだけではない。
発達障害や色んな障害を抱えた子ども達が
少しでも平等である世の中を
幸せに生きていけるよう。


一命をとりとめた莉沙は
1ヶ月近く入院し、やっと正常な数値に戻り
卒業式に出席した。

希望の高校は受験できなかった。
でも莉沙はさっぱりとした顔で
「チャレンジの仕方はあるから」
ほとんど着ることのなかったセーラー服を翻し、背伸びをして桜のつぼみをそっと触りながらあなたは言う。
いつの間に、この子はこんなに
たくましくなったのだろう。

15の莉沙の眩しさに驚きながら
私も頑張ろう。
心の中で強く誓う。

長い冬が終わり、さまざまな花や草木が芽吹く春が近づいてきた。
後押しをするように、ふんわりと風が吹いた。




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