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二次障害

ドォーーーン!!
ドォーーーーーン!!

壁を蹴る音がする。
ここは小さなアパートだ。
先日は大きな穴を開けてしまったが、当の本人は悪びれもせずケロリとしていた。

今日はどうか物を壊さないでほしい。
祈るような私の気持ちは届かず
「ガチャン」と派手な音がする。
ドアの取っ手が壊れた音だった。


莉沙は、中学入学後とても荒れた。
もともと、環境の変化に弱く
小学校時代も新学期は荒れるが
その比ではなかった。

予告もした。
先生方もできる限りの支援をしてくださってると思う。
無理のないように。
分かりやすいように。
安心と安全の場となるように。

きっと彼女の特性が、それらを上回ったのだ。
莉沙の感覚過敏は中1の夏、ピークにきていた。
もう、ほとんどの物をじかに触ることはできなかった。
必ず、使い捨て手袋をはめなければならなかった。
イヤマフをしても音の刺激にめまいを起こすので、交流級には行けなくなった。
視覚の刺激はもう理解不能なレベルで
見えるはずのない人の動いた空気の跡?を「気持ちが悪い!」とのたうち回るのだ。
結果、いつもアイマスクをしていた。
それに加え、嗅覚も敏感さが現れ
食事をうけつけなくなった。
食べれられるものは、味のしない糖質制限用のパンを、なるべく噛まずに丸呑みしていた。

「何のために生きてる?」

一度、とても小さな声で莉沙が唐突にひとりごちた事がある。

アイマスクをしてイヤマフをして食べたいものも食べられず
こんな日々がいつまで続くのだろうと
13歳の女の子が思うのは当然だ。

もちろん、服薬もしていた。
抑うつを和らげる薬。
過敏さを和らげる薬。
不安を穏やかにする薬。
興奮をおさえる薬。
眠剤を含めると、10種類を超える精神薬を飲み。それでも効果は

「少しだけラク」

どうしてこの子がこんな目に合うの。
私ならいいのに。
私はいたって健康で、その健康さに腹が立った。
そして、莉沙本人も徐々に不便さに
腹を立て苛立ち
激しく暴れるようになってきた。

小さい頃から、よく暴れる子ではあったが
もう私と身長も変わらないこの子を
力で止めることは到底ムリだ。

ドォーーーーーン!!

莉沙の暴行は、莉沙の心の叫びだ。
苦しい。
つらい。
生きること全てが
私には重荷なのだ。
助けて。
助けて。と。


中1の秋の終わり。
暑かった秋が突然冬に変わり
冷たい風が吹き始めたとき。
莉沙の精神科病棟の入院が決まった。

もう、莉沙は疲れ果てていた。

主治医の言葉がまるで耳に入らず
トロンとした目で手のひらをクルクルと回す莉沙を主治医はじっと見つめ
「入院して治しましょう」と言ったのだ。

精神科入院。

まさか我が子が
まだ中学校に入ったばかりのこの子が
体のケガや病気ならまだしも。
精神科に入院するなんて。
私は目の前が真っ暗になり
その時の莉沙の受け答えをよく聞いていなかった。

莉沙は
「うん。」
はっきりと入院の意思を示したのだ。

あとになって
母親なら、その選択肢をどうして提示してあげられなかったんだろうと悔やんだ。
莉沙は、ずっと苦しんだ。
普通の生活ができないことに。
自閉症の二次障害に、苦しんでいた。
やっと少しラクになると安心したのか
その日珍しく、ぐっすりと眠った。

真新しいセーラー服。かばん。
そして部屋中に散らばる
使い捨て手袋。殴り書き破った紙類。
穴が空いた壁。
壊れたドアノブ。
自分で抜いて少なくなった莉沙の髪を撫でて「ごめんね」と寝顔につぶやく。

そうして莉沙は
精神科病院の思春期病棟に
任意入院することになる。


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