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死生観

 新しい施設2日目、食堂に集まった90名近いお年寄りの食事介助だ。こんなの学生時代に見た光景だ。
介助が必要ない人は黙々と食べて、テレビを見ている。僕はその日、ある男性を担当することになった。
その人をAさんとしておこう。Aさんは胸にボンベを埋め込まれている。ガリガリにやせ細った男性だ。だから、へっこんだ胸のど真ん中に土管のようなボンベが内部からボコッと飛び出ている。鼻からチューブが通って、口癖が
「もう食べられないヨォ・・・横になりたいよ・・・」である。
無理にでも食べようとしても口からボロボロこぼれるので気をつけるように、適当なところでやめていいよ、と言われた。
隣に座る。挨拶をする。
「誰が来てもダメだよ、もう食べられないよ」口に食事を運ぶと2、3口で止まってしまう。そこで、僕はインタビューを試みた。仕事、趣味。仕事に関しては、覚えてない、と言われたが、趣味は?の問いに、
「俺は学生時代、ラグビーをやっていたんだ。」
ここだ!
僕は数年前横浜市から、ラグビーワールドカップの一年間の運営記録をディレクターとして請け負った経験がある。
作った動画はこちら!見ていただけたら嬉しい!

ラグビーも全く知らないわけではない、そこで、ニュージーランドや南アフリカの試合、ラグビーワールドカップの話をしながら食事介助を続けてみた。
すると・・・
 「君、南アフリカって言ったら一流チームだよ、彼らの試合をみてみたいよ!」と言いながら、なんだかんだ、完食したのだ。その様子をたまたま施設の責任者が見てくれて、喜んでもらえた。
「Aさん、完食なんてすごいじゃないですか!?」
「いや、彼に乗せられて、持ち上げられるから」
そこでさらに畳み掛ける。
「Aさん、じゃ、夜に一緒に今日テレビでスコットランドとイングランドの試合やるから部屋で見ない?」
「おお!いいね、見たいよー」
「じゃ、ビールでも持って行こうか?」
「ビール、一本くらいなら飲みたいねぇ。若い頃は浴びるほど飲んだもんだよ」
そんなやりとりを昼時に何回か繰り返し、食事も採れるようになった。
 ある日、Aさんに、ラグビーワールドカップのパンフレットや写真をあげる約束をした。
その時のAさんの表情はパーッと明るくなったのを覚えている。
ただ、Aさんはボンベを体に入れているとはいえ、自分が見た感じ、まだ元気だと思っていた。そこがまずかった。
何日かアルバイトで出勤するも、写真やパンフレットを自分の事務所から持ってくるのを忘れていた。
まぁ、次でいいか、と思っていた。そんなある日、
 出勤するとバタバタと慌ただしい、
「Aさんが亡くなられた!」
ちょうど車で出て行くところだった。
 渡すタイミングはたくさんあったのに、日常に流されて、毎日が同じように繰り返される、そんな風にどこかで思ってしまった。今日が会える最後の日と思って接していれば、こんなことにはならなかった。
悔いが残る。
 人は必ず死ぬ。いつ死ぬかはわからない。今日が明日も続くと思ってはいけない。
今日が最後と思って事にあたらないと後悔する事になる。そんなことをAさんから学ばせてもらった。

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