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タイトル戦会場下見〜名人戦開幕

 受注が決まり、将棋名人戦が行われる日までに中継のネット回線状況、対局会場の動線、カメラ位置合わせ、その他
新聞社さんへの挨拶、共同配信を行うネット配信チャンネルさんとの共有事項など、今までの仕事での人との関わりとは大きく関わる人間の数、多様性も増えたと感じた。自分としても知らない世界であっても必死にわかろうと集中して
会話に参加した。名人戦初戦は必ず、東京椿山荘と決まっている。日本庭園が美しいこの会場で、
4月から始まる名人戦の映えあるあるオープニングゲームにふさわしい会場だ。
ひとしきり会場を見て回り、写真に収める。社内で共有するために記録するのだ。
 チーム編成、大まかな番組内容構成をディレクターと決め、配信運営会社担当に相談、同時に配信する配信会社さんとも
歩調を合わせ、将棋連盟の意向、新聞社の意向、全方位的に配慮を配りながら物事を進めることの大変さ、を痛感する。
今までの仕事とは規模感が違うので、ちょっとした自分勝手な動きが結果大きな損害をステークホルダーたちに与えてしまうということを学んだ。
 外部から多大な協力を得て、社内リソースもほぼ全部使い中継に当たる。
中継は対局会場と、東京のスタジオをつなげる格好だ。現地からの映像では、天カメ(将棋の盤面が見えるもの)、
両対局者の横打ちの映像カメラの2つとスタジオの大盤解説映像を適宜、スイッチャーと呼ばれる技術スタッフが、切り替える。ここぞという場所ではディレクターの指示で切り替えることもある。
 名人戦は二日制で行われ、1日目の終わりに封じ手をするのが昔からのしきたりだ。
僕はスタジオではなく1局目は対局現場で中継ディレクターと一緒に走り回っていた。理由としては、中継先の方は、スタジオよりも配置人数が少ないため、将棋関係者との話し合いで僕がいないと困るのでは、という思いでそうした。
椿山荘には数多くのプロ棋士も集まって、この名人戦の行方を固唾をのんで見守っている。
スタジオでは対局の流れを大盤を使って解説したり、持ち時間が長い将棋なので、対局者が考えている時間に、初心者向けの講座などを盛り込んだのが僕らのチームの特徴だった。
 1日目の状況を現場の棋士たちに聞いて回り、その情報を編集でまとめて東京のスタジオに送ってみようとして
現場にいた棋士にインタビューをしてみた。
 まずカツラ棋士で有名な佐藤紳哉七段だ。昔将棋番組で彼と一緒に仕事をしたこともあるので、声をかけると、
快く応じてくれた。佐藤さんから言われたのが「どのカツラがいいですか?」と。
イケメン風、ワイルド風、などいくつかあるらしいのだが、現場には将棋界の重鎮、新聞社の担当さん、
大勢の方々がいたので、あまり尖ったカツラは怖いなと思い、イケメン風のカツラでお願いした。
現局面の評価を訪ね、最後に、全国の佐藤紳哉を愛する女性ファンに一言をお願いした。
じっとカメラを見て彼は一言
「愛してます・・」
とだけ言ってその場を去った。
 佐藤七段だけだと少ないかな・・・という思いもあったので、もう一人に現局面の評価を訪ねた。
その場にいたのが中村太地七段だ。将棋界をこれから背負って立つであろう若手筆頭格の棋士だ。NHKの将棋解説でも
有名で、わかりやすい解説が特徴だ。
 インタビューする場所で中村さんの後ろに、カツラをとった素の佐藤七段がいたので、越しに見える佐藤七段を見せながら、中村七段のインタビューを行った。その映像が画面に流れた瞬間、動画のコメント欄が賑わったのを覚えている。
こう言ったさりげない演出も将棋を知っていないとなかなかできないのではないだろうか。
 その後も第二局、第三局と地方を回り、中継を重ね経験を積んだ。だんだんインターネット中継もわかってきた。
これからというとき名人戦も終わり、佐藤天彦名人の防衛で幕を閉じた。
ああ、これで終わったか。でもいい経験ができたな、と思ったところ、帰り際、担当さんから
「齋藤さん、これから僕らは藤井四段の順位戦を追いかけます。ぜひ、名人戦以外の中継もご相談したい」
と言ってくれたのだ。その時の嬉しさと言ったらない。
 藤井四段順位戦中継の準備をしている間に、名人戦の請求金額が口座に振り込まれた。
今まで、一件数万円、良くても数十万円という規模感で仕事をしてきたが、数百万単位で振り込まれ、それが複数局分
振り込まれたので一ヶ月の売り上げも1千万を軽く超えてしまう状況になった。
0の数が一つ、二つ違うのだ。さあ、そこから協力企業さんへの支払いが待っている。確かにでかい金額が振り込まれたが、多くの協力会社さんあっての中継だ。お昼のお弁当代だけでもびっくりする金額になってしまう。
仮に1千万振り込まれたとして、外注費、諸経費を差っ引くとごっそり引かれ200万くらいしか残らない。そこから
社内人件費を差っ引いて、と考えると経験は得られるけど、もっと会社にお金を残したいな、と考えるようになった。

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