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空襲、生きた教科書

今年もあとわずか、振り返ってみれば本業では振るわない、銀行の担当者も匙を投げる、そんな一年だった。
たまに入る番組の制作、取材、それ以外は全て介護士としての仕事、夜勤、空いた日は初任者研修の研修日。
俺は介護の専門家にでもなるのか?とても自分には務まらないと思うけど、今必要としてくれているのが介護しかないから。。。
 さて、毎回夜勤に車で向かう途中、国道に面した神社で車を止めて、本を読んだり、ゲームをしたり、営業のメールを打ったり、時間を潰すのがちょっと楽しみである。夕方に出勤するのはどうしても気分が乗らない。でも仕方ない、自分を言い聞かせる。神頼みじゃないけど、おみくじを引く。「吉」が出た。前に進んでは停滞する運気のあなた、と書いてある。
言われなくてもわかっている。仕事運、堅実にこなせ、とある。金銭運、後に利あり、とある。自分の欠点と向き合い、頑張れと書いてある。ちょっと腹立つけど、実践してみよう。ほんの大したことないと思うことでも、業務が終わったら責任者にチェックしてもらい、報告する。早く帰りたいけど、そうしてみた。仕事は下手だし、あれだけど、気持ちだけでも丁寧にしようというわけだ。
 さて、今日ご紹介したいおばあさんは、関西出身のSさんである。とてもおとなしい女性で、首が大げさにいうと直角に曲がっていて真下を向いてシルバーカーで歩く、そんな感じだ。普段おとなしいのであまり突っ込んだ話もせず、ただ、
「お茶ですよ」とか、「トイレ大丈夫ですか?」とかそんな感じの会話しかしてない。向こうも、
「大丈夫よ、ありがとう」くらいしか返ってこない。夜勤時、Sさんがトイレに行った時、数回に一回はパットの交換を促すのだが、その時も「あ、パット交換しようかな」とSさんの棚からパットを一個手に取った時、ベッド脇のあるメモを目にした。全てカタカナで書いてあるそのメモには・・・
「クウシュウコワイ。チカノボウクウゴウニニゲロ。ゴハンナイ、ガマンセヨ。」
と書いてあった。ふとトイレに向かう、倒れないかの見守りも大切な仕事だ。
僕はSさんに聞いた。
「Sさん、戦争体験あるの?」と、すると普段は穏やかながらもほとんど言葉を話さないSさんが
「ええ、小学生の頃かしらね。どことどこが戦ったかもよくわからないけど、空に爆弾を落とす飛行機がたくさんくるのよ。
私は関西の出だから。とても怖かったわ。お母さんと一緒に逃げましてね、地下鉄の下に住宅を作ると言ったらいいのかしら。
防空壕にみんなで逃げるの。あれは本当に嫌な時代だったの。二度と経験したくないわ。本当に怖かったわ。どっちが勝ったのかしらね。父は戦場に行ったけど、年も取っていたから戻ってこれたの。」
話を聞きながら、パットの交換をお願いする。ゆっくりとリハパンにパットをセットするSさん。
「よいしょ・・・よいしょ・・・ごめんなさいね、年寄りでゆっくりしか動けないの」
なんとも上品な言い回しだと思った。
学校の教科書だけではわからない、リアルな体験記を夜中のトイレ介助の時に僕は教えてもらえたのだ。
不思議な光景だ。照明を落としたトイレと廊下。うっすらと月明かりが窓を照らす。
白髪ボブカットのおばあちゃんだ。パットには尿が染み込んでいる。それを新聞紙に包んで捨てる。
居室へ一緒に向かう。部屋に入ると、Sさんがまた「よいしょ、よいしょ」と言いながらベッドに腰を下ろす。
タンスには写真が2枚。寄り添う若い頃のご主人とSさん。ご主人はオールバックで昭和の映画俳優みたいなポーズを取っている。映画にいそうな男性だ。Sさんは目元は今と変わらないが、もっと目に力があり、幸せそうだ。今の「よいしょ、よいしょ」なんて絶対言わないだろうその笑顔と若さ。
 もう一枚は、50代頃の写真だろうか。貫禄のあるご主人と隣で微笑むSさんの旅行のスナップショット一枚。山登りだろうか。昭和の懐かしい一枚だ。
 僕が写真を見ていると、Sさんが
「主人と私なのよ、若かったわね。もうこんなおばあちゃんになって、体も動かないの。ごめんなさいね、遅くて」
「いや・・・そんなことは・・・とんでもない」
そう答えるのが精一杯だった。今目の前にいるSさん、精気みなぎる若い頃のSさん、同じ人物なのだ。こうも変わるなんて。
 ちょっと自分の心の中で、ある思いが出てきた。それは今までつゆほども感じたこともない感情だ。
単純に言えば、おばあさんたちはもう働けないし日本の税収に貢献はできないかもしれない。社会保障費も高齢化社会の影響で増えていて、抑制しなければいけないと言われる。青い、甘い考えだとはわかっている。でも、全ての人々が笑顔でいるだけで必要とされる、そんな社会であってほしい。みんな脇目も振らず前を向いて自分のことで精一杯。それはそうなのだが、
でも・・・早く動けない、取り残されてしまいそうな人だって大切な仲間なんだ、そして大切な人生の大先輩なのだ。
学校の教科書では届かない、学びを教えてもらった。そんなクリスマスの夜勤だった。

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