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搭乗拒否を宣告される 後編


続き。

着いた滞在先で、、帰りの飛行機にのせてもらえるのか、、不安で仕方なかった。

滞在していた数日ふわふわしていた。

数日たって、、不安に耐えられなくなり利用する航空会社に電話して聞いた。

行きの飛行機であったこと。
言われたこと。

返ってきた返答は、

そのような情報を登録し搭乗等をお断りすることはありません。


ほっ。笑

冷静に考えればわかるのだが、、
もう冷静な判断なんて出来るほどの
余裕は私にはなかった。

そして東京へ帰る飛行機。

この日は搭乗前にチェックイン時に
改めて娘のことを丁寧に伝えた。

座席は一番後ろの列に。

そして乗り込む。

乗ってびっくり。。時期が時期だっただけに
この時期は野球やサッカー。沢山のプロスポーツ選手がこちらにきている。

プロのサッカー選手と同じ便。

それどころか、、我が家は選手たちに
ぐるっと囲まれていた。

キャンプが終わり、、疲れている中の
移動。。

娘がギャーーなんて始まったら、、
申し訳なさすぎて、、
パラシュートで娘連れて落下して
飛行機から消えたい。
ハリウッドの映画ばりに。

もう、、びびりまくった私は飛行機離陸前から
生きた心地しなかった。

そして案の定、、シートベルト拒絶からはじまったが、、この日はすべてが違った。

客室乗務員の方々数人がとても、、協力的に沢山声かけしてくれた。私にも。娘にも。

怒られるどころか応援してくれた。

大丈夫!一緒に頑張りましょう。

今文字を打っていても泣けてくる。

そして離陸瞬間。娘を抑えつけベルト装着。
嫌がり泣きましたが幸い、、行きの飛行機の時よりはマシ。

まぁそれでも、、娘の泣き声は響きわたる。

しかし。この日は飛行機に神しか乗っていなかった。

乗り合わせたサッカーの選手の方が
なぜか口笛ふいたり、声だしたり
盛り上げだしてくれた。

どなたか1人は
子供は元気が1番!!とまで言ってくれた。

気楽に感じたのか、なんなのか
あっという間にベルト着用サインが消える
時間が来た。

客室乗務員の方がすぐさま汗だたくな私たちに
声かけに来てくれた。

そして私にポカリスエットを1缶くれた。

お母さん、お疲れ様!!頑張りましたね!

なんだ。この飛行機。
神様しかいない。

ちなみに私はこのポカリスエットを飲むことなく持ち帰り、、数年、、缶が変色するまで
リビングで飾っていた。

神様の雰囲気に娘もつられてなぜか
上機嫌。

その後も入れ替わり色々な客室乗務員の方が娘のところに遊びに来てくれた。

私物のキーホルダーをくれた客室乗務員の方までいた。

そして話ししている中で行きの飛行機の話しになった。

誠心誠意話しを聞いてくださった方は
本人にかわり謝罪してくれた。あってはならない対応だと。

これで飛行機嫌いにならないで下さいね。
乗る時は全力で協力するので!
とまで言ってくださった。



あっという間に羽田に着陸。

娘も騒がずに。

そして着陸した時、サッカー選手の方々が
拍手して労ってくれた。

まるで、、ドラマ。

客室乗務員の方が再びきて

お疲れ様でしたーー!!と。
みんな頑張りましたね!!


もう涙腺崩壊3秒前。


行きの飛行機との違いはなんなの
よくわからいが、、羽田空港に帰ってこられた。

周囲の方々にお礼を伝え、
客室乗務員の方にもお礼を伝え
飛行機をおりた。



後日、、悩んだのですが
一連のことをちゃんと航空会社に電話することにした。

クレームではなくまずはよくしてくださった
客室乗務員の方の対応が素晴らしすぎたので。
それを伝えたかった。

そして行きの飛行機でのこと。
結果的に事実確認していただき、

今後の搭乗をお断りすることもあります!!
とおっしゃった客室乗務員の方には
娘が自閉症という情報は伝わっていなかった
という回答。

今後は情報の共有を徹底するという返答をいただき、

プラス客室乗務員によるいきすぎた発言があったということで後日ご本人から謝罪のお手紙をいただきました。

謝罪して欲しかったという思いは本来なく

今後私と同じような思いをする人がいて欲しくなかった。

障害児の親になり痛感していますが
本当に周りに迷惑かけないように必死に必死に必死に頭さげながら生きている中で

それでもどうしても迷惑をかけてしまうことは
あるわけで、それは親でもどうしようも出来ない。

そこに対して不用意に言われた言葉により
根こそぎ心折れてしまうこともある。


行きこそ地獄でしたが
帰りは天国。

周囲の方の優しさで世界はがらりと変わった。
娘とこの世で共存は無理かもとまで思った。
でもこの帰りの飛行機で全てがかわった。

一緒に生きていける、、かも!!

この出会いに一生感謝する。

この出来事がなければ私は一生暗黒の世界を
さまよっていたかもしれない。


心が折れた時にはポカリスエットの缶を
見て思い出そう。
優しく協力してくれる人がこの世にはいることを。私は絶対忘れない。


それから私は数年にわたりポカリスエットの缶を神のように拝んで生活した。

はたからみたら


完全にヤバイ人である。笑

ポカリを拝む女。絶対に世界で私1人。

きっと私が死ぬまで忘れない感謝してもしきれない出来事。

ちなみに、、とはいえ
それから数年娘と飛行機に乗ることは
なかった。笑



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