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これはわたしのプロジェクト。もう誰にも邪魔させない。

草臥れて草臥れてくたびれまくっても前に向くことだけはやめなかった2017年が終わりました。

明けて2018年。

その日わたしは、K氏の区分(部屋)の玄関に立っていました。
一呼吸おくと、思い切ってチャイムを鳴らしました。
「はい」
若々しい男性の声です。
「〇号室の真行です。ちょっと、お話したいことがあって」
「はい」
出てきたのはユウトさん。K氏の御子息です。K氏が出て行ってからしばらくしてユウトさんがご家族とともに引っ越してこられました。普段は殆どやり取りはないのですが、とてもフレンドリーなお子さんがいて、いつも元気にご挨拶をしてくれます。

玄関のドアが開きました。

「こんにちは、……あの、」
ユウトさんはいつも穏やかで、お父上とは真逆の、静かな海のような方です。
「いつもお世話になっています。中、入りませんか?」
ユウトさんは居室にわたしを入れてくれようとしました。

「いえいえいえいえ、ここで大丈夫です!」
わたしは全力で固辞し、
「あの、お父様にお話ししたいことがあるのですが、わたし、お父様の連絡先を知らなくて、わたしの電話番号をお伝えするので、一度かけてもらいたいと、伝えていただけませんか?」
こういうとき自然にちゃんとした敬語がでてくるところは、えらいものだと自分で自分を思います(偉いのは両親ですね)。
「なんか…父がすみません。マンションのことですよね?」
ユウトさんは穏やかな調子を一切変えることなく、それでも少し申し訳なさそうに尋ねてきました。
「いえいえ、全然!」

全然なわけはないのですが、ユウトさんのさざ波のような穏やかさの前では風神雷神のようなK氏も形なしでしょう。
わたしは電話番号をユウトさんに託し、(もと)K氏の住居を辞しました。

その日はお茶のお稽古でした。わたしはユウトさん宅(もとK氏宅)を辞すると、マッハできものに着替えて出かけました。

お茶の先生宅の最寄りのバス停に着く直前でした。
わたしのスマホが鳴り始めました。
(もう来た!!!)
大急ぎで車内に響き渡る着信音をオフにしました。ほぼ同時くらいにバスは停留所に停まり、わたしは回数券を放り出して大慌てで下車しました。

お茶の先生宅に向かう手前、バス停を降りてすぐのところに神社があります。その神社の鳥居の前で、わたしはしげしげとスマホを眺めました。

登録のない番号ー。

今朝お願いして、約2時間後にはもうかかってきた。

脈はある。

深呼吸をすると、わたしは着信のあった番号に折り返しました。
数回のコールサインののち、その人は電話に出ました。
「もしもし、真行です。いま電話出られなくて失礼しましたぁ」
わたしは調子っぱずれなくらい明るく応答しました。もちろん、あちらが応答するよりも早く。
「電話ありがとうございまぁす! お孫さん(ユウトさんのお子さん)、ほんっとかわいいですねっ。いつも元気にご挨拶してくれるんですよーーー!!」
なんの会話をしているのかわからない応答ですが、とにかくマクラは大事とばかり、わたしは確信に触れる前にひとまず調子っぱずれにK氏の親族を持ち上げました。
「…あんたの方が美人じゃあ」
そんなヨイショは完無視し、わたしは本題に斬り込みました。


「あのですね、やっぱりもうこれ以上放置しない方がいいと思うんです。あ、マンションの大規模修繕のことです。で、ですね。ちょっとそのことについてKさんも交えて話したいと思いまして。出てきていただけますか? もしやるとしたら、いつがいいですか? わたし、土日しか休みじゃないんですけど場合によっては休みも取れますんで…」

ガチンコでK氏と話をしたのは、実に秋のあの、私的裁判のような第2回臨時総会以来です。

「いつでもええよ。あんたの好きな日で。明日でもええ」

朝のせいか、K氏はマトモな態度でした。

「わっかりましたぁ! そうしましたら、カワベ理事長とも相談しまして、日にち決めましたらまたご連絡します!!!!」
わたしは、無駄にテンションの高い営業担当のように甲高い声で応じ、電話を勢いよく切りました。

ここからお茶の先生宅まで約1キロ。
草履なのにスニーカー履きのときのようにズンズン歩きながら、わたしの体の中はアドレナリンが噴き出して、全速力で体内をめぐっていきました。

このことを最初に話すのは、ここまでほぼ二人三脚で歩んできたキヨタさんだ。それに、ずっとこの状況に耐えて、いまも委員を辞めずにいてくれる大規模修繕委員のSさんとOさん。
それからカワベ理事長はとりあえず席についてくれさえすればいい。監事I氏は、別に参加しようがしまいが、理事としての権限はないので構わない。でもわたしK氏を招聘したと知れば、よい気はしないだろうが、打合せには顔を出すだろう。なんてったって、ここ数回K氏を理事会に引っ張り込んでいる張本人はI氏だ。
わたしは歩きながら、頭の中でどの人をどのように動かすか、チクタクと構築し、伝えるタイミングを微調整していきました。

わたしのこと、怖い人だと思いますか?

そうかもしれません。

何もできない理事長、全てを止めようとする監事、大規模修繕委員会の足を引っ張るため、虎視眈々とそのタイミングを狙うK氏。

そいつらのことを、いつまでも気にしてられるか。大規模修繕委員長は、このわたしだ。

この大規模修繕の全容を知っているのは、わたしだ。
初期の人事のゴタゴタから何から、逐一かかわっているのは、わたしだ。
他の人は後から入ってきたリ途中で投げ出したり、急に地位が惜しくなって戻ってきたリ、そんな輩ばかりだ。

決めた。これはわたしのプロジェクトだ。
もう誰にも遠慮もしないし邪魔もさせない。
わたしのやりたいようにやるし、やりたいとおりに動く。もちろん動いてほしいとおりに、人にも動いていただく。

たとえ一人になろうと、わたしが、このマンションの大規模修繕を必ずやり遂げてやる。

見ていろ。

ふだんより強い(きつい)西風を受けながら、わたしはテンポをおとすことなくズンズンと歩んでいきました。

きもの…だったんですけど。

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