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怒鳴る男と、鳴り止まなくなった脳内警報。

年が明けて2014年。
例の“モデルルーム”の公開が始まりました。1階玄関ロビーにはホワイトボードが置かれ、「何日から何日までに見に来てください」とK氏が書き込んでいます。

“モデルルーム”公開の日程は平日中心で、会社勤めの私にはなかなか立ち寄れそうな日がありません。やがてK氏はそのホワイトボードに、まだ見に来ていない区分の部屋番号を追記しました。
帰宅すると毎日、“モデルルーム”を見に来た部屋番号には消去線が入れられています。

私が“モデルルーム”行けない日は続き、消去線は増えていきました。
困ったことに“モデルルーム”を開けてている日にちは書いてあっても、何時から何時まで開けているのか、時間は書いてありませんでした。
ある朝、確か8時前後だったと記憶します。少々早すぎるかもとは思いつつ、私は通勤前に“モデルルーム”のある階に上がり、少しおどおどしながらK氏の部屋のインターフォンを押しました。
「………」
反応はありません。2度目を押す気にはなれず、私は仕事に向かいました。


その日職場に着くと、マンション管理会社のフロント担当に連絡を入れました。
「モデルルームは日程的に見に行くことができそうにありません。もう見なくてもいいので、K氏にもそう伝えてください」
フロント担当は「わかりました」と応じ、私は電話を切りました。

           *         *

2月に入るとすぐ、T氏がマンション管理組合に対して起こした訴訟に関する臨時総会が再度招集されました。
ピリピリとした雰囲気の中、訴訟内容についての説明があり、弁護士や費用が「管理費会計訴訟対策費」として計上されることが審議されました。

この臨時総会の質疑応答の中で、「訴訟に敗けたら工事実施はどうなるのか」と誰かが質問しました。これに対する回答は、
「訴訟自体が工事差し止め請求ではないので、工事を進めることは可能。ただし工事実施については改めて承認をとる必要があるかもしれない」
というものでした。


この日もK氏は議事進行側の席に座っていました。
質問は訴訟のことから徐々に工事について脱線しました。この工事では床下を走っている給水・給湯管を放棄することになっています。つまり部屋の中に給水管を新たに通すわけですが、これは壁に、新たな凹凸ができるということです。出席組合員はざわつきました。給水・給湯管更新工事のときにT氏が懸念していたことが、ふたたび浮上してきたのです。
「タンスが壁につかなくなったりするんですか?」

このあたりに話が及び始めたあたりから、質問に答えるK氏の声が徐々に大きくなり、苛々したキツい語調に変化していきました。
理事長は無能なので、出席組合員からの質問をK氏ひとりが捌いていきます。
これはもしかしたら記憶違いかもしれません。ただ議事録に残る次の質問は、確か私がしたような気がするのです。
「今回の工事を実施するまでに、もう少し時間をかけられなかったのか」
今思えば、あまりに場の空気を読まない質問と言えばそうだったかもしれません。

記録に残る回答は、「合意形成を図ることは大切だと思うが、漏水が実際に起こっている状況では時間はかけられなかった」というシンプルなものです。しかし現実のK氏はますますヒートアップしていきました。K氏はカッと私を指さし、火のような剣幕で怒鳴りました。
「あんた一人が、“モデルルーム”を見に来てないんやないか!!」

私がモデルルームを見に行っていないのは事実ですが、強制される覚えはありません。“寛容な”自分の言うことに従わない私に、実は不満を溜めていたのでしょう。鬼の形相のK氏に、私は黙り込みました。
苛々と怒鳴る男性、それはこの世で最も私が嫌悪するものです。
こいつヤバいこいつヤバいこいつヤバい奴!!!
私の頭の中では警報が鳴りはじめ、以後K氏の姿を見るたびに鳴りました。
この日を境に、私はK氏の顔を見ることも、挨拶することもできなくなりました。
「やめた」のではありません。できなくなったのです。

<裁判後日譚>
T氏が起こした裁判は秋口になって「原告の訴え却下」で終了しました。
訴訟の過程でT氏からの和解提案はありませんでした。管理組合はまあ、勝ったと言えるのかもしれません。
K氏と怒鳴り合いを繰り広げた総会以降今日まで、T氏がマンションの総会に姿を現したことはありません。
管理組合に対して行われたこの訴訟ですが、訴えを起こしたT氏もまた、その組合の構成員です。そのため組合が出した「管理費会計訴訟対策費」にはT氏からの積み立金ても含まれるという、皮肉な状況になっていました。

これを確認した弁護人によると、T氏の回答は「仕方ない」というものだったそうです。

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