初恋は突然に
太陽が高く昇り、空は硝子のように透き通っていた。
そんな日に、勝又智也(かつまたともや)は高校入試の試験会場に向かった。
「やっぱり、県内一の偏差値の進学校だからかな。すごい緊張感だな…」
中学3年生の勝又智也は、多くの人から「シャイで内気」と評される男子生徒だ。
智也は幼い頃から読書が好きで、知的好奇心はすべて本で補ってきた。
とりわけミステリー小説が好きで暇さえあれば、ミステリー小説を読み漁っていた。
この高校に進学を決めたのも、県内随一の収蔵量を誇る図書室がウリということもあった。
人と関わりあうのはあまり得意とは言えない。特に女性と話すのは大の苦手だった。
そんな智也には少し変わった性癖があった。
それは「刈り上げフェチ」。襟足を短く刈り上げた髪型に何故か心を奪われてしまうのだ。
試験会場に入ると、智也は指定された席に座った。
その瞬間教室の扉から、ひときわ美しいロングヘアの女子生徒が入ってきた。
その女子生徒の髪は背中を覆いつくす程の長さで、太陽の光を受けて眩いばかりに輝いていた。
智也はその美麗さに心底驚き、思わず息を飲んだ。
「あの子…綺麗な髪だな…。」
試験が始まり、智也は必死に問題に取り組んだ。
智也は数学、英語、国語、一問一問を解いていく中で、心の隅にはずっとその女子高生の顔がちらついていた。
そして、時が過ぎ、試験が終了した。
試験が終わると、その女子生徒は友達と帰り支度をしていた。
智也は内心で何度も何度も会話のきっかけを考えたが、結局のところ、内気な性格が邪魔をして、彼女に声をかけることはできなかった。
「やっぱり、話しかけられないよな…。」
数週間後、運命の日がやってきた。合格発表の日だ。
試験自体は難しいとは思わなかった。
だが今一つ集中力にかけていたので、若干の不安はよぎっていた。
掲示板を前にして、手に汗を握り、自分の受験番号を探した。
「あっ…番号あった。よかった。」
番号を見つけると心から安堵した。
「春からはここの高校に通えるのか。」そうつぶやくと、校舎を見上げ、これから始める高校生活に思いをはせていた。
自分の合格に喜ぶのも束の間、智也は受験会場で見たロングヘアの女子生徒を探した。
あたりを見回すと、太陽に照らされた美しい黒髪が見えた。
「あ…あの子だ。」
彼女も無事に合格している様子だった。
両親と涙を流し喜んでいた。
「合格してる!!」
智也は自分の合格を確認した時以上に胸が高鳴った。
それから数か月の月日が経ち、さくらの咲く季節が訪れた。
入学式の日。新しい制服に身を包んだ智也は、家族に見送られながら家を出た。
電車の中でも、新しい高校生活について考えていた。
とはいえその大半がロングヘアの女子生徒のことが中心だった。
学校に到着すると、多くの新入生たちがすでに校門をくぐっていた。
智也も緊張しながら校門をくぐり、入学式の会場へと向かった。
会場にはすでに多くの生徒たちが座っており、智也も自分の席についた。
式が始まると、校長先生や他の先生たちからの激励の言葉が続いた。
入学式が終わり、新入生たちは各自のクラスに散っていった。
教室に入ると、すでにいくつかの席は埋まっていたが、彼が密かに思いを寄せるロングヘアの女子生徒の姿は見当たらなかった。
落胆したが、自分の席を確認するため黒板に目をやった。
「勝又智也…あ、ここか。」席は窓際、ちょうど中央あたり。
智也はリュックを椅子にかけ座った。
その瞬間、教室のドアが再び開いた。
一瞬、時間が止まったかのような錯覚に襲われた。それはあのロングヘアの女子生徒だった。
彼女は黒板で自分の席を確認した後、智也の斜め前の席に座った。
まさかの出来事に智也の心臓は高鳴り、その瞬間に何を考えていいのか分からなくなった。
ただ、彼女が近くにいるという事実だけが、すべてを感情を上書きしていた。
大体の生徒の移動が終わった頃、教師が教室に入ってきた。
「はい、みなさんよろしくお願いします。このクラスを担当する友部健司です。早速ですが、自己紹介を始めましょう!」
若くてハツラツとした先生だった。
そして一人一人が立って自己紹介をしていった。
次第に彼女の番が近づいてきて、智也の心臓はさらに高まった。
そして彼女の番が来た。
「初めまして。綾部陽菜(あやべひな)です。趣味はミステリー小説を読むことです。よろしくお願いします。」
ミステリー小説、という言葉に、智也は驚いた。それは智也自身の趣味でもあった。
そして智也が立った。「初めまして。勝又智也です。趣味はミステリー小説を読むことです。よろしくお願いします。」
自己紹介が終わり、座ると、陽菜がちらりとこちらを見た。
その一瞬の視線交換でだったが、智也は陽菜との間に僅かな絆が芽生えたと感じた。
しかし、その日は特に話す機会はなく、その後オリエンテーションが始まり、智也の思いは新しい生活の喧騒に呑み込まれていった。
翌日、学力テストが行われた。
一夜明けた教室は、緊張でキリキリとした雰囲気に包まれていた。
「みなさん!高校は入学してからが本番ですよ!頑張りましょう!」
先生の掛け声と共に、問題用紙が配られた。
試験が始まると、智也は焦らず、一問一問丁寧に解き進めた。
翌日、テストの結果が返ってきた。
智也は驚くほどの高得点をマークし、クラスでトップに立つ結果となった。
しかし驚くべきは、彼の次点で2位だったのが陽菜であることだった。
ここで先生からまさかのサプライズがあった。
「学級委員を上位2名に任命することにしました。勝又君と綾部さん、これから1年間よろしくお願いします。」
智也は興奮と緊張で顔が赤くなっていたが、彼女と目が合い、陽菜はにっこりと微笑んでくれた。
事業が終わると、陽菜が智也の方を向いた。
「おめでとう、勝俣くん。次は負けないわよ!」
そういうと陽菜はにっこりと笑った。
「あ、ありがとう、綾部さん。よろしくお願いします」
これが二人の最初の会話だった。
智也はその瞬間、彼女の笑顔に心底打たれ、早くも自分が恋をしていることを強く感じた。
学級委員としての仕事が始まると、智也と陽菜の話す機会は増えていった。
「この作家の新作、もう読んだ?」陽菜が智也に尋ねた。
「あ、まだです。でもレビューでかなり面白いって聞いていますよ。」
「絶対読んで!すごく面白いから。」
学級委員としての仕事だけでなく、日常会話も話すようになった。
女性と話すのは苦手だった智也だか、陽菜はとても話しやすかった。
「最近、数学の問題集がちょっと難しく感じてきたんだよね。」
「そうなんだ。僕も最初は苦労したけど、コツを掴むと楽になるよ。」
陽菜もまた、智也の勉強に対する真剣な姿勢や、クラスメートに対する優しい態度に次第に引かれていった。
彼女は自分自身、真剣な人間が好きだったから、智也のそのような一面にとても惹かれた。
二人の距離は着実に縮まっていった。
2人は教室だけでなく、放課後に図書室で過ごす時間も長くなり、いつしか周りからは「もしかして付き合ってる?」と噂されるようになった。
しかし、どちらもまだその一歩を踏み出せていなかった。
智也は陽菜のロングヘアだけでなく、笑顔や知的な一面に夢中だったが、なかなか自分の気持ちを言葉にできなかった。
陽菜もまた、智也に対する気持ちが日に日に大きくなっていくことを感じながら、それをどう表現すればよいのかわからなかった。
夏の暑さがピークに達する頃、学校内の掲示板に夏祭りのポスターが貼られていた。
ポスターには「今年の夏は、楽しい思い出を作ろう!」というキャッチフレーズと、煌びやかな花火や屋台のイラストが描かれていた。
智也はそのポスターを見つめながら、自分自身に問いかけていた。
「夏祭りかぁ…陽菜さんと行けたら幸せだなぁ…」
その時、陽菜が掲示板の前に現れた。「夏祭り、楽しみだね。」
「うん、毎年かなり盛り上がるらしいね。」
陽菜はちょっとためらいながら言った。「勝又くんは誰と行くの…?」
「えっ…僕は誰ともいかないよ。家で本でも読んでるかな」智也は何気なく答えた。
「そうなんだ。もし…よかったら私と一緒に夏祭り行きませんか?」陽菜は頬を赤らめていた。
智也は心の中で喜び飛び上がった。「本当に?!僕も綾部さんと行きたいと思ってた!」
「じゃあ決定ね!再来週かぁ、楽しみだね!浴衣着てっちゃおうかなー」
再来週、それはまだ少し先の話だが、智也にとってそれは非常に特別な日になる可能性が高かった。
陽菜もまた、この夏祭りで何かが始まるかもしれないと心の中で期待していた。
放課後の図書室で、二人は夏祭りでの屋台や花火について語り合った。
智也は陽菜が「綿あめが食べたい」と言った瞬間。あまりの可愛さに夏祭り当日に告白しようと決意した。
陽菜もまた、智也が「綾部さんと一緒に行きたい」と言った時、その言葉に隠されている特別なものを感じた。
二人の心の距離は確実に縮まっていった。
一週間が経った頃の放課後。夏休みまで残り一週間。ちょうど期末試験の真っ只中だった。
智也は放課後に図書室で自習をしていた。
一通り勉強を終えた智也は休憩がてらSNSをチェックしていた。
画面には映し出されていたのは智也の性癖、すなわち女性たちが髪を刈り上げる様子が映し出されていた。
そんな中、図書室に大きな声が響く。
「智也、先生が呼んでるよ。急いで来てほしいって!」
クラスメイトの男子が智也を呼びに来た。
「うん!わかったすぐ行く!!」
智也は慌ててスマホを机に放り投げ、先生の元へ急いで行った。
10分程先生と会話した後、図書室へ戻ると、彼の席の隣には陽菜が座っていた。
智也のスマホはそのままの状態で、画面には髪を刈り上げている女性たちの写真が映し出されていた。
陽菜の目がその画面と智也の顔を行き来している。
智也は何も言わずに慌ててスマホをポケットにしまった。
「先生に呼ばれたんだ…」智也が陽菜に尋ねた。
「そうなんだ…あのさ…」陽菜は少し戸惑ったような表情をした。
この瞬間、智也は感じた。
何かが壊れた。
「ごめん…急用思い出した…帰るね。」
智也は荷物をまとめると、足早に図書室を後にした。
「あっ…待って…」
1人取り残された陽菜は淋しげな表情をしていた。
翌日から智也は自分から陽菜と距離を置くようになった。
図書室での会話はなくなり、かつてのような親密さは影を潜めた。
自分が抱える特殊な趣味がバレたことで、彼は陽菜に対して罪悪感と羞恥心を覚えていた。
もはや智也は、陽菜とどのように接するべきか分からなくなっていた。
二人の間には今までなかったような隙間ができていた。
再来週に控えた夏祭りについても、どうすればいいのか分からなかった。
何もできぬまま、一学期終わりの修了式を迎えた。
夏休み初日。
気まずい状態が続いていたが、陽菜からの突然の連絡が智也のスマホに届く。
「明日の夏祭り…一緒にいってくれるよね…?」
心の中で迷っていた智也だったが、このメッセージを読んだ瞬間、心が締め付けられるように感じた。
恥ずかしさから、陽菜を避けていた自分を情けなく思った。
勇気を振り絞って、智也は返信した。
「冷たくしてごめん。綾部さんと行ける夏祭り楽しみにしてます。」
スマホの画面を閉じると、智也は目を閉じた。そして夏祭りの日、陽菜と正面から向き合おうと決心した。
夏祭り当日。
夕暮れが差し掛かったころ、智也は約束の場所についた。集合時間の30分も前だったが、居ても立っても居られなかった。
刻一刻と約束の時が近づく。約束の時間10分前というときに、コツ…コツ…下駄の音が後ろから聞こえた。
「勝又くん!」その呼びかけに智也は振り返った。
そこにに現れた陽菜は、とても綺麗な浴衣姿で登場した。
「ごめん!勝又くん待たせちゃったね…浴衣慣れてなくて…」
夕焼けに照らされた陽菜の浴衣姿は、それはもう、とても美しく、一瞬で智也の脳裏に刻み込まれた。
しかし、智也が一番驚いたのは、その髪型だった。
陽菜のロングヘアは以前の面影をなくしていた。
陽菜の髪型は襟足を大胆に短く刈り上げたボブヘアに変身していたのである。
智也はあまりの驚きで目を丸くしていた。
言葉を発しようにも、出てこない。思わず口を、開けたまま固まってしまった。
「あっ……その…髪…」
「うん。髪…バッサリ切っちゃった…似合う…かな…?」陽菜は緊張した顔で自分の襟足に手を触れながら言った。
「…うん…すごく似合ってる。」
智也は目を潤ませながら答えた。
時は数日前に遡る。
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