母を守りたかった、母に笑顔でいて欲しかった、母に喜んでもらいたかった。でも私は私を生きなくては。私の課題は何か、私はミソジニーというよりは、無個性を求められた教育を受けた後での、現代の個性、多様化を求める社会転換への戸惑い、怒りにある気がする。

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