第六回芝不器男俳句新人賞予選通過作品


君がため春野の薔薇にならずゐる

だつた手が芹を掴んでゐた彼方

手のきのふ雨が霞を流しては

あふれだす私語にぼんやり虻がゐる

紙焼けてほろほろと菜の花の群

のどぼとけひらく椿の唄の数

巣のくらさ蜂にときどき鳴る海が

書き言葉泪が花冷にわかる

そよいでは鰭の四月を木と匂ふ

花弁して日の抜け落ちてゆく音の

風はむらさき肺の水位に根をさして

平熱の蜂が押しあふ木の空気

影は口花のかたちを引き寄せて

君晴れてをはりの春を藻が結ぶ

ばらの花てのひらに電波がとどく

あぢさゐの褪せて架空のこどもたち

花の名の南風になびきながら耳

雨が降る青鷺の音で映画は

口ごもる虹の匂ひは水草の

そこは翡翠空席いつまでもかがやく

なほざりの葉書は蛇の湖あかるい

涼しさの目の奥にはしごがかかる

風季ほら飛魚が水に遅れる

木は一位暑さの川がたちあがる

根が羽根へゆらぐ晩夏の日のあひだ

母たちの金魚ぼうつと濁る九九

白磁から垂れてみなみのゆめは実を

木管のさみしい舟虫の地方

眼のくぼむあなた泉と云ふいつか

唐衣西瓜の頃を川に棲み

浮舟よ口に棗の緋を交はし

仮枕手を流れ出て色は葛

くだる身のあなたを波になる菊が

明け暮れの散らかる川を骨は葉に

ささやくと濃い霧でかへして強く

萩は目に奥をひづめの澄みながら

まばたきをうすももいろの鵙の木々

満ちて野の花さいごの水の輪を鳥が

ここは月の間千の夜がどしや降りで来る

木犀をはなれて舟の野に覚める

置手紙汽水おもふと目が濡れて

回廊に椋鳥を育てて暗いまま

日々は泡鶉を沐浴に棲ませ

ゆふがたの垂れて街路は硝子の巣

出て銃の祭のやうにあかるい火

十月を巻きとる影にねむる鳥

淡水記馬をつぐみを着て逢ひに

醒めてゆく秋は動画は眼をとほり

ともだちが歌ふほほゑみと透けて

ばら色にまた来て冬は額縁の

ひあたりに鴨ゐて水の戸をひらく

手には朱欒天動説の木を並べ

雪になる雨木は葉のなかで影を得て

水鳥に水銀計の棲むみやこ

あなたあれ着古した冬虹が立つ

忌の誰か僕を呼ばせて枯れてゆく

云ふ人の舌の鯨の暗いこと

沼は雑音薄い毛布に手がたしか

恍惚が雪になる間を窓のうみ

痩せてゆく母をほどいて川はほら

霜の木のいつかが萎えて帆の白さ

糖蜜の鳥へほどけて海は冬

耳飾りかもめは音のない河を

冬を去る日々を落として湾は灯の

冬たちがほほゑみながら灰になる

目に雲のめぐるあなたを野に遊ぶ

階段に空気を点し蜂の輪は

花曇る瑠璃の地方を帆のあらし

風を木のながれて春は飴色に

玻璃の托卵春を十三年まはり

緒の浜へなかばの書架が流れつく

虹彩は花のからだを濾過そして

巻きもどる雨はひかりの鱒を出し

糸車花の終はりを藍が掃き

色のうみ泪が鳥を変はるまで

喝采を傘の四月を火に閉じる

夜の塔花粉まみれに名を灯し

蜜蜂よ草むらは揺れながら火で

目には水銀川に実れば鱗族の

風切の手を裏返し春をまた

陰のぶあついどれもが桜だつた日の

雨に名は流れ青葉に鳥がゐる

然りながら雨はうつろの牯嶺街

夏炉からおよぶ景色を銅の錆

壺の線つづき故宮は瓜の季へ

野は草矢飛び交ふ後宮があつた

ゆめぎはのけばだつ湖をとほく犀

虹は球体もとの魚の晴れとなり

すべりつつ鴨来る夏の博士たち

繭は夜をつなぎあはせて花だつた

垂れて木は郵便的にうつくしい

星の褪色みづに晒して骨は傘

うつろ野に鳥を散らして白夜の手

名の海は遠いわたしを噴水し

声は水 渡る鏡を昏くなる

現身の巻かれて虹に手を離す

波と火の十六月を歩く鳥

降るのは礫(れき) 月日の皮膚を感光し

藻の瞼その電葬のあなたたち

光年の弾に崩れて次の火へ

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