淡い色に溶け込む
都会の夜のひかりはとにかく綺麗だった。吸いこまれることもなければ、溶け込むこともない、ただ人を選ばずそこに居られる。そしてその世界に染まりきった人の動きを眺めることが面白かった。ストーリーのない映画かもしれない。いや、誰にも一つや二つの秘密はあるはずで、それが見えてこないことにホッとした。
時には闇や地に落ちたような底なしの現実も路上に転がっていたりする。その状況を横目でみながら、わたしは自分の昔の出来事を一つ一つ塗り替えていき時間だけが流れていった。
きっと空っぽだったんだろう。逃げるような感情もあって生活は選べなかった。ただ忘れたい、昔の自分を自分で治してあげたかった。
わたしは小学校5年生だったはず。自宅で1人学校の宿題の図工の作業をしていた。その時に家に強盗に入られ乱暴されそうになり、机の上にあったハサミでその人の肩あたりを刺した。その人は、動けなくなり、買い物から帰宅した母親が見つけ叫び、近所の人が通報してその犯人は捕まった。
後で知ったことだけれど犯人は何十件もの余罪がある窃盗犯だったようだ。
それからわたしの家の事情は一転した。母はわたしを連れてわたしが育った街を出た。被害者であるはずのわたしにも家族にも世間の風は冷たかった。
「怖がらせてしまったかもね。」
母はわたしにそんな風に言った。
わたしにだろうか?それとも周りの人たちをだろうか?そのどちらもかもしれない。その時そう思ったことを覚えている。
わたしは数年後、親と暮らせない子供たちが暮らす施設へと入所しそこから中学高校へと通った。父と母は時々それぞれ面会に来てくれた。
規律が厳しい、施設での生活、そこで暮らせない人たちは、そこから逃げ出していった。わたしは様々な複雑な事情を抱えた風情がうかがえるその場所で小さなスペースを見つけた。その小さなスペースでもわたしの過去の事件の事は、様々な形を変えてわたしの耳にも届いてきた。わたしはあきらめたり、苛立ったりしながらも自分におとずれる一日一日…そしてその先を考えることを覚えた。
18歳、高校を卒業と同時に、わたしは施設を出なきゃいけなくなり、母のもとへと戻った。母は小さな喫茶店を始めていた。わたしは時より、喫茶店を手伝ったり、サボったりしながら母との暮らしから逃げた。時々、母のところに戻れば、小遣いをもらった。
「泊る所は?」
「ネットカフェとかいろいろあるし。」
「そう、大丈夫なの?家で寝たらいいじゃない?せっかく一緒にくらせるようになったんだから」
「人生勉強したいしさ」
「無茶しちゃダメよ」
「わかってるって。お母さんわたしだよ?」
「わかってるって。」
母はそれ以上は何も聞かない。わたしは母からもらったお金をもって電車で都会へと向かう。駅に着くとできるだけ交番に近い場所を選び、そこで人を待つふりをしてその駅を行き交う人を眺めた。
電車が泊まり、改札から大勢の人が流れて来る。そろそろネカフェにでも向かおうかな。幸いシャワーもあるし、身体の汚れは落とせる。
その場から離れようかなと思ったとき、駅から出てくる、同年代ぐらいの男と目が合った。どこかで見かけたことがあった。お互いがお互いをわかった。高校の同級生だ。同じクラスになったことはなかったけれど、高校ではずっと隣に彼女がいて仲良く登下校する姿は日常の風景だった。わたしは彼女の方と少しだけ話したことがあった。下校の際に一人で廊下を歩いていてわたしはすれ違いざまに鞄につけていたキーホルダーを落としてしまった。それを拾ってくれたのが彼女だった。そのキーホルダーは母が誕生日に買ってくれたブランド物のキーホルダー。ブランド名を知らない私にはどこのブランドかさえも分からない。それでもわたしはお守りの様にそのキーホルダーをつけていた。
「はい。落としたよ。」
彼女は優しくわたしに微笑んで渡してくれた。
「ありがとう。」
「大事なものだよね?よかった。なくさないで。」
「うん…。ありがとう。」
彼女は彼氏の横にかけよると彼氏は彼女の手を取り、わたしの方を向いて彼氏もまた笑みを浮かべて会釈をした。
それ以来、廊下で出会うと彼女はわたしに優しい笑顔を振りまいてくれた。そしてわたしは軽く会釈をする。それが高3の秋頃、あたりは文化祭の準備でざわついていた。
その男がわたしに向かって軽く会釈をした。
「あの確か同じ高校だったよね?」
わたしはバツが悪そうに頷いた。
「東京に出てきてたんだ?この辺りに住んでるの?」
その男はわたしに話しかけてくる。
「ちょっと人を待っていて…」
といったわたしの声をさえぎる様に
「ごめん遅くなっちゃった」
と言いながら女性が近づいてきた。あの彼女だ。
「いや、今少し前に着いたところだから、この子同じ高校だった…」
すると彼女はわたしの顔を除きこむ。
「あれ?あの時のキーホルダーの子。東京に出てきたんだ?」
「人を待ってるんだって」
と男は彼女に話した。
きっとこの人たちにもどこかでわたしの噂を耳にしたことがあったと思うけれど、そう思った瞬間あの事件の事が脳裏をよぎった。
「そうだこれからわたしたち東京に出てきた人たちと、ご飯に行く約束したの。よかったらどう?ねっ?」
と彼女は男の顔を見る。男は彼女の意見に頷く。
「ごめん。人待ってるから」
「そうだったな。ごめんな、こいつ人の話聞かないんだ」
と男が言ったのでわたしは無言で首を左右に振り、二人に笑顔を返した。その時、雨が降り出してきた。
「雨降ってきた。じゃぁ、わたしは駅の中で待つから」
2人の返事を聞かずにわたしは駅の中へと入っていく。さっきの場所からできるだけ遠くに行く。その時だったドサッとわたしにぶつかった誰かがいる。近寄った瞬間にわたしの鼻は異様なアンモニア臭のようなものを感じ取る。
危険を察知して、振り返えると、男も振り返る。異様な笑みを浮かべてわたしに向かってくる。
グサッ…。
わたしは左腕に鈍い音を感じた。刺された…左腕に…包丁が刺さった…。誰かが異様さに気づいたように、悲鳴を上げた。わたしは左腕を右手で抑えながら、その場にしゃがみ込む。しゃがみこむとまたその男がわたしに近づいてくる。
「きやぁ…ナイフ…さされる」
男がわたしに向かって来る。駅構内のアスファルトに自分の赤い血が流れていくのを見た。 悲鳴とざわめきが起こる。わたしは倒れこみ意識が遠のいていく中で、駅の外に降る雨を眺めていた。
ー終わりー
この物語はフィクションです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?