サイレントウェーブ
4
その日の夜自宅に帰って、久しぶりに穏やかな夢を見た。何一つ覚えておらず、ただ深く眠り、起きた時に疲労感を感じないそんな感覚は久しぶりだった。その感覚を忘れたくなかったので、バイトの休憩中に、仕事の話を直接聞いてみたいというメッセージを送った
*
メッセージを送ったその日の夜に連絡がきて、香奈の叔父さんの奥さんである靖穂さんに会うことを勧められた。
「バイトはやめない方が良いかなまだ?」
「とりあえず靖穂さんに会って決めればいい。わたしからはそれぐらいしか言えない。心配しないで、驚くぐらい安心すると思う。」
「うん…。」
「ごめん、まだ少し信じられない?」
「うん。」
何だろう。いつものわたしならそんなことないと答えている気がする。
「それでいいんだよ。その感覚を覚えていて、ダメなら自然と断れるからさ。最初は不信感を覚えたけれど、今日だって連絡くれたでしょ?」
「そうだね。」
「初美って自分が納得いかないところは徹底的に威圧的になるけれど、その反面無性に気が小さいところがあるの。」
「そうかな?」
香奈のわたしを否定する言葉にムッとしたのを感じた。
「その理由も自分で納得できると思うよ」
その時、わたしは断ろうと腹に決めた。なんなら香奈との交友関係も断ち切ろうと。その理由に、騙されてもう信用できないという言い訳さえ浮かんだ。そしてその言い訳を葵やあいにまでいうことを心に決めた。
*
香奈が働く輸入雑貨店までは電車と徒歩で20分で行ける。スマホで地図を調べるとそんなような検索結果が出た。駅近くだったらすぐわかるのだけれどその場所の周辺は、駅から路地に入ったところにあり、働いている香奈もわかりにくい場所にあるといっていた。夜になると飲み屋街になって、学生やサラリーマンが集う。そういう立地にあり午後7時30分まで営業している。
バイトが休みの日と、輸入雑貨店の定休日の日にそのお店に出向くことになった。当日10時の予定だったが予定より早くその場所についてしまい、近くにあったコンビニで時間をつぶした。
輸入雑貨店のドアを開けると、店内は薄暗かった。その奥のレジで靖穂さんは何か仕事をしていた。
ドアベルが鳴ると同時にわたしの方を向く
「あなたが、初美さん?香奈ちゃんから聞いてる。香奈ちゃんは今日、新しいお店の手伝いでいないのよ。入って。」
わたしは鞄から履歴書を取り出した。
「履歴書です。」
「必要ないのに。ありがとう、せっかくだからお預かりします。」
香奈とは似ていない、けれど同じ雰囲気をどことなく持っている。人当たりもよく、芯の強い女性。自分以外に向ける感情すべてを優しさで返せるのだ。わたしの様にいくら感情を隠しても、どこか異様な形でわたしの雰囲気を形成してしまう、そんな感じとは違う。
「香奈ちゃんからすごく頭の良い女性だって窺っているわ」
「いえいえ、そんなことはないです。受験にだって失敗したし」
最後の方は尻ツボミの様に小声になっていく。
「頭の良い女性って学歴のことを言うのではないのよ」
「そうですか?」
「わたしはそう思う」
すると靖穂さんはわたしの目の前で紅茶を淹れてくれた。この紅茶はうっすらと甘い香りがして、コーヒーや紅茶にも砂糖が入ってないと飲めないわたしも甘味料を必要としない紅茶で、香奈に頼んで家に何個かストックしてある、わたしも両親も好きな紅茶だった。
「この紅茶、初美さんがすごく好きな紅茶だって聞いてね、準備してたのよ。どうぞ」
「じゃ、遠慮なく」
わたしはマグカップに口を付けて紅茶を一口飲んだ。
「じゃ、さっそく話を伺いたいのだけれど、せっかくなので、この履歴所をみせてもらおうかな…転校生だって話は聞いてるのよ香奈ちゃんから」
「はい。父の仕事の関係で中学生の時にこっちに引っ越してきました」
家族で考えた嘘だった。本当は酷いイジメにあい、父親が転属願を出してこの街に越してきた。イジメのきっかけは自分に責任があるので何も言えず、靴を隠され、教科書に落書きされ、不倫でできた子供だとよくわからない噂話まで流された。どんなに否定しても、そんなの分かりっこないし、証拠を見せろよなどといわれた。
「なるほどね…転校するきっかけがちょっと引っかかるわね」
そういうとまぁ、いいでしょう…と言った。目のやり場に困ったわたしはまた一口紅茶を飲んだ。
「悪夢を見ると思うけれど…、ごめんね、正直に言うわね。すごい願懸けが見えるのよ。誰かをすごく呪っていた過去があるわね、心当たりは?」
その時わたしにはイジメられていた時期の姿がフラッシュバックの様によみがえった。不思議と映画を見るようなそんな感じだった。わたしは、その当時、オカルト系の願懸けにハマっていて、嫌いな相手が不幸になるような願いを本に書いてあるように行い、その書いた紙を見られて、ちょっとした嫌がらせがイジメへと変わっていく経験を目の当たりにした。
「あります。」
「よくあることよ。大人だって、納得がいかなかったり、思い通りにならいことがあったら、威厳を振りかざしたり、わたしも恥ずかしながらそういうときあるし。初美さんはみたところ、呪ったことをすごく悔やんでいるわね。転校したのはいい選択だった。ご両親への感謝も見えるし。その証拠に悪夢以外に今まで、イジメの苦痛を実際に感じることなく今に目を向けられていた。悪夢は自分への罪悪感じゃないかしら。大学受験に失敗したり、思い通りにいかないことも、自分を責めることにつなげている。なぜかしらね…」
わたしは答えに迷って無言でいると靖穂さんもどこかに思いを馳せているような雰囲気の表情をしていた。
「あれかしら…もしかしたらだけれど、ご両親が何一つ初美さんには責任はないと思っているところが苦痛なのかしら?」
わたしは頷いた。今までのわたしなら首を縦には振らなかっただろう。
「どんな体裁もかえりみず、守ってくれる存在がいてよかったじゃない。けれどその思いに寄りかかりすぎないことを考えてみたらいいんじゃないかしら?」
「…はい。」
「まだどこか、煮え切れない、不信を抱えているわね。そこがわたしたちとフェアな関係性を作り上げていけるポイントだと思うの。どう?うちで働いてみない?」
一瞬静まり返った店内の音が聞こえてきそうな間が開いた。
「考えてみます。」
「前向きな答えを期待しているわね。」
そう答えてその日はその場を後にした。
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