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俺ガイルで学ぶ "まちがい"の分類・前編

1.はじめに

「まちがい続けた青春は、本物を見つける最終章へ」

©渡航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

TVアニメ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」ホームページにある謳い文句である。このフレーズにある通り、彼らはまちがいながら本物を探し求める。

ところで、「まちがい」と一口に言っても、それらは一様ではない。人が起こす「まちがい」すなわち「ヒューマンエラー」はいくつかの種類に分類することが出来る。
そこで今回は俺ガイルを題材に、「まちがい」の分類について前後編の2回にわたって考えていきたい

まず今回の前編では、俺ガイルを題材に、人が何かを行うときにどういったプロセスを経るのかについて考えたのち、まちがいの3つの大分類について概要を述べていく。
それでは、早速まちがいについて考えていこう。

2.行為のプロセス

まず、ヒューマンエラーとはなにか。
立教大学名誉教授の芳賀繁は以下のように定義している。

人間の決定または行動のうち、本人の意図に反して
人、動物、物、システム、環境、機能、安全、効率、快適性、利益、意図、感情を傷つけたり壊したり妨げたもの

そしてヒューマンエラーは、いくつかの観点から分類することが出来る。
その中で、今回は認知科学的アプローチからの分類を紹介する。
だがその前に、そもそも人が何かの行為を行う時にどういったプロセスを経て成し遂げられるのかを、俺ガイルを題材に考えてみよう。

アメリカの認知科学者、ドン・ノーマンは、人の行為は7つのプロセスからなる、とする「行為の7段階モデル(Seven stages of action)」を提唱している。
その7つのプロセスは、以下の図のように表される。

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この7つのプロセスを、「マッ缶(MAXコーヒー)を飲む八幡」を例に詳しくみていこう。

① ゴールの形成
まず、喉が乾いたなどの理由から「マッ缶が飲みたいな」と思う。
すると、「マッ缶を飲む」というゴールが形成される

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©渡航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。続

② 行為のプラン
次に、ゴールを実現するための方法を考え、
近くの自動販売機で買おう」という行為が計画される。

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©渡航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

③ 行為内容の詳細化
そして、その計画はさらに詳細化される。
 近くの自動販売機まで歩いていく
 → お金を入れる
 → マッ缶のボタンを押す
 → 取り出し口からマッ缶を取り出す
 → お釣りがあればお釣りを取る
 → プルタブを開ける
 → 缶を口元に近づけ傾ける
といったところだろう。

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©渡航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

④ 行為の実行
そして、計画した通りに行動に移される

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©渡航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。続


⑤ 外界の状態の知覚
行為の対象である自動販売機のボタンを押せば、「ピッ」という音が鳴り、「ガタン」と音がするだろう。
それら外界のフィードバック(人が起こしたアクションに対する何らかのシグナル)によって、マッ缶が出てきたことを知覚し、取り出し口から取り出す。

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⑥ 知覚したものの解釈
取り出したマッ缶を飲む。
すると、口の中にはコーヒーでありながら、練乳ならではのミルキーで甘い味わいが広がり、「あぁこれはまさにマッ缶だ」と思うだろう。
「人生は苦いから、コーヒーくらいは甘くていい。」とか思うのかもしれない。

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©渡航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

⑦ ゴールと結果の比較
そして、改めて①で定めたゴールである「マッ缶を飲む」というゴールと、現在の「マッ缶を飲んでいる」という結果を比較し、一致していることを確認する。
これで、無事マッ缶を飲むというゴールを正しく達成することが出来たわけだ。

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©渡航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

しかしながら、この7つのプロセスのどこかでエラーがあった時、結果としてまちがいは起きる。
ここからは、それについて詳しくみていこう。

※補足
上記の例も含め、行為の7段階モデルで示された7つのプロセスは非常に単純化されているという点には注意が必要である。
例えば反射的な行動や無意識な行動など、この7つのプロセスすべてを常に①から順番通りに経るとは限らない。
またマッ缶を買って飲むという行動の中の、例えばお金を入れるという行動は、それをゴールとした、財布を取り出し、小銭入れを開け、金額に合うものを選び、投入するという行動に更に細分化出来るように、一つの行為やゴールが副次的なゴールを生むことが一般的であり、日常の行為というものは多くの要素が複雑に絡み合っているものである(それゆえにまちがいも起こりやすくなる)。


3.「まちがい」の3区分

先程のノーマンや、イギリスの認知科学者ジェームズ・リーズンらはヒューマンエラーを大きく分けて、
 ・ミステーク
 ・スリップ
 ・ラプス

の3つに区分している。
それらは、先の「行為の7段階モデル」のどこでまちがいがあったかによって以下のように分けられる。

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①②⑦でまちがいがあった時、それはミステークに分類され、
③④⑤⑥でまちがいがあると、スリップと分類される。
そして、各プロセスの遷移段階で忘却によって以後のプロセスが実行されない時、ラプスと分類される。

この3つは更に細分化出来るのだが、それは後編で説明することにして、一旦それぞれの概要を見ていこう。

3.1 ミステーク

ミステークは、不適切なゴールまたはプランが設定されたことによって起こる。その不適切なゴールやプランにしたがって行動されるので、いかに行動がプランに合ったものであったとしても、まちがった行動をしたことになってしまう。

先程のマッ缶を買う八幡の例で考えると、
八幡がその時、小町に頼まれたお使いに行く最中で、お使いに必要なだけの金しか持っていなかった場合などが考えられる。
他のことにお金を使ってしまったらお使いが達成できなくなるので、
「マッ缶を飲む」あるいは「マッ缶を自販機で買う」というゴールやプランを立てること自体がまちがっているのである。

(マッ缶を無料で飲む方法があるのであれば、ゴールとしては不適切ではない)

正しくマッ缶を買って飲むことが出来たとしても、本来の目的であるお使いが失敗に終わるため、正しくない行為をしたことになる。
きっと小町に大層怒られるだろう。

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3.2 スリップ

続いて、スリップ(アクション・スリップとも呼ばれる)はミステークと逆だと考えれば良い。
つまり、正しいゴールやプランに対して、誤った行動をとってしまう、あるいは行動に対するフィードバックを誤って解釈してしまうことによって起こる。
この場合ゴールは正しいものの、そのゴールが達成されない。

マッ缶を買う八幡の例で考えると、
マッ缶を買おうとして、うっかり隣のブラックコーヒーのボタンを押してしまった場合などが考えられる。
この場合「③行為の詳細化」までは正しかったのだが、「④行為の実行」でまちがってしまったので、マッ缶を飲むというゴールは達成できない。

人生は苦いしコーヒーも苦い。

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3.3 ラプス

最後にラプスであるが、これはどこかのタイミングで記憶が失われ、意図した行為が行われないか、結果の評価が行われない場合に起こる。記憶の忘却が原因であるので、「記憶ラプス」とも呼ばれる。

マッ缶を買う八幡の例で考えると、
自販機に行く途中で戸塚に出会い、嬉しくなって話し込んだ後、そのままマッ缶のことを忘れて家に帰ってしまった場合などが考えられる。

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この場合、マッ缶を買うというゴールは正しく、そのプランも正しかったのだが、戸塚とのエンカウントという割り込みによって、以後のプロセスを忘れてしまい、実行されなかったため、ゴールが達成できなかった、ということになる。
八幡からマッ缶の記憶すら忘却させる戸塚、恐るべし。

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※注釈
以前の記事でそう分類したように、厳密にはラプスも、どのプロセスで発生したかによって、ミステークとスリップに分類して統合することが出来る。
しかしながら基本的には同一原因・同一対策であることから、今回はラプスを独立したものとして扱う。

3.4 意図的な違反

ここまで挙げたヒューマンエラーの分類に属さないものとして、「意図的な違反」がある。
これは、わざと手順や規則に違反するものであり、たとえば目的地に早く到着するために赤信号を無視した、などの例が挙げられる。

もしあえてマッ缶を買う八幡の例で考えるならば、
例えば自販機が古く、蹴っ飛ばせばマッ缶が出てくると知っていたので、正しくないとわかっていながらお金を入れずに自販機を蹴っ飛ばしてマッ缶を手に入れた、などの例が考えられるだろう。

これはまちがった行為ではあるが、意図したとおりにまちがっているわけであり、ヒューマンエラーの定義には該当せず、組織的・あるいは社会的なエラーであると考えられている。
重要な要素ではあるが、今回はこれ以上取り上げない。


前編おわりに

ここまで前編では、行為の7段階モデルについて取り上げるとともに、人の「まちがい」がミステーク・スリップ・ラプスの3つに大別できることについて取り上げてきた。

後編では、俺ガイルの実際のシーンを題材に、その3つを更に細分化していくとともに、まちがえを大きな問題につなげないために我々は何が出来るのか?についての考え方についても述べていく。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。
後編もご覧いただけると嬉しいです。




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