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vol.61『ツバメとわたし㉞~フンの受け皿~』

 (前回作はこちら→『ツバメとわたし㉝』)

 ツバメめ。あろうことか、わたしの頭にフンを落としやがった! こんなに世話をしてあげているのに。本当ならおぬし達の巣は取り壊しているところ。それを踏みとどまって巣が無事に完成するのを待って、さらにはフンの掃除までしてあげているのに。恩を仇で返すとは!! ツバメの片隅にも置けないっ!

 怒りがふつふつと湧いてくる。怒りの沸点が下がってきているのか? しかし、ツバメめ。ちょっと甘い顔したらすぐこうなる。適度な緊張感を持って過ごしてほしいもんだね、ツバメ。まあ、そんなことをなんやかんや言ったところで、それはさすがにどうしようもない。

 気持ちを取り直して巣の下のフン落下地点に新聞紙を敷き詰めよう。まず、今わたしがすべきことは、ツバメを感情の赴くまま締め上げることではない。滞りなく新聞紙を敷きフンを受け止めることなのだ。

 その日から、毎朝新聞紙を交換するのがわたしの日課になった。新聞は毎朝ポストに届く。しかし、ふだん、忙しくて新聞に目を通す暇がないのが現状だ。休みの日などにまとめてパラパラと新聞をめくり、興味のある見出しを見つけては流し読みする。それが最近のわたしの新聞の読み方だ。

 毎日届く新聞紙はそれなりにかさばる。1か月もため込むと結構な量だ。月初めになると、それをまとめて資源ごみのリサイクルに出す。家に新聞紙をため込んでいる月末であればよかったのだが、今は運悪く月初めだ。家にある新聞紙はリサイクルに出してしまった後だ。だから、今家には新聞紙のストックがほとんどない。したがって、ツバメの巣の下に敷く新聞紙は、ここ数日分の真新しい新聞紙だ。新聞はわたしが目を通す前にフンの受け皿となる。一体なんのために新聞をとっているのだろう。そんな素朴な疑問がふと脳裏をよぎる。

 しかしながら、新聞にはお金を払っている。記事をひとつも読まずにフンの受け皿にするのは、あまりにももったいないし、記事にも申し訳ない。少しでも記事に目を通そう。パラパラとめくって見出しチェックするくらいなら数分あればできるではないか。

 ということで、わたしは新聞をチェックした後、巣の下に敷くことにした。人間の脳はおもしろいもので、記事を見ようと意識すると、自然と記事に目が行くようになる。記事にアンテナが立つようになる。

 なので、巣の下に新聞を敷く時も、記事をチェックしてしまうようになった。まじまじと巣の下で記事に見入っていたわたし。意識は新聞に全集中。巣の下ということも忘れ全集中。

ピチャ。え。

 お、おのれ、ツバメめ~~~~
1回ならまだしも、2回も生温かいものをわたしに落としやがって!
ぬお~~~~! やはり、ゆるせん!

(つづく)

最後までお読みいただき、ありがとうございました(*'▽')
次週月曜日に『ツバメとわたし㉟』を更新しますので、よろしくお願いいたします。



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