扇風機革命

蒸し暑い。
そろそろ扇風機でも出すかなあ。
なんて考え始める頃、私はいつも思い出す。
あの革命のことを。

クラスメイトたちが起こした事件

その日はとても暑い日だった。
高校生だった私は、学校の食堂で給食を食べた後教室に戻ったとき、意外な光景を目の当たりにした。
立派な扇風機が鎮座していたのだ。あるはずのない扇風機が。心地よい風を吹かせながら。
まさか、本当にやってしまったのか……。信じられない……。
私は美術の時間に聞いたやり取りを思い出しながら、2人のクラスメイトがしでかしたことにただただ衝撃を受けるばかりだった。

美術。それは私の大好きな授業。
手さえちゃんと動かしていれば、どれだけお喋りしても許されるのだ。
生徒3人、先生1人(人数の少ない学校だったんですよねー)、アットホームな雰囲気でいつも楽しかった。
その日も、私たちは何かの作業をしながら雑談に精を出していた。

「暑いなあ。こんな暑いのになんで扇風機ないんかなあ」
「暑いから集中力切れるなあ」
とにかく暑い日だったから、みんなの口から出るのはもう「暑い」ばかり。
ひたすら暑い暑いと嘆いていた。
クラスメイトの1人がよからぬアイデアを口にしたのはそんなときだった。

「こうなったらもう、扇風機盗み出すか」
彼はそう言った。
私たちの使っている教室に扇風機はない。でも特別な部屋にだけなぜか存在するのだ。
それをこっそり持ち出して自分たちのものにしよう、と彼は考えたらしい。
早速もう1人のクラスメイトとともに具体的な作戦を練り始めた。
また変なこと言い出したなあと私は笑って聞き流していたのだけれど、2人は本気だったようだ。

まあ盗み出したくなる気持ちは、わかる。
暑いというのは確かに悩みの種なのだ。ただでさえぼーっとしている私の頭がさらにぼーっとしてしまうのだから。
倫理の授業のとき、教科書の点字を指でたどっていて、「じんせいわ しぬまでの ひつまぶし」と読んでしまったことがある。これもきっと暑さのせいだ。(単に睡魔に襲われただけとも考えられるけれど)
扇風機の1つくらいほしいところだ。
でもだからって…。

そういえば給食の時間、2人のクラスメイトはなかなか食堂に来なかった。
どうやらみんなが食堂に行ったのを見計らって行動を起こしたらしい。
そうして扇風機は私たちの教室に無事連れてこられてしまったのだ。

動き出した

慣れない場所に運び込まれても、その扇風機はしっかり働いていた。とてもとてもいい仕事をしていた。
いつまでもこの心地よい風に包まれていたい、と私は思った。心地よすぎて、悪事に手を染めた2人に心から拍手を送りたくなったくらい。
もちろんその2人も涼しさを目いっぱい享受していた。どうしてそんなに堂々としていられるのか不思議に思えるほど涼しい顔で。

ところが、そんな時間は長くは続かなかった。
「すぐに返しに行きなさーい!」
先生が許してくれるはずもなく、私たちは泣く泣くその心地よさとさよならすることに。
残念。2人の作戦は失敗に終わった。

かと思われたのだけれど……
なんと、そうはならなかった。
これをきっかけに、「やっぱり教室に扇風機は必要だよね」という空気が広がっていったのだ。
先生たちも真剣に、この問題について検討してくれるようになったのだ!
扇風機革命は動き出した。

私もちょっぴり参加

そこで私も、革命に参加することにした。地味にではあるけれど。
たまたま学級新聞のコラムを書く機会があったので、この件を取り上げたのだ。「扇風機ほしいの!ないと困るの!」と。
どんな記事にしたのかはほとんど覚えていない。「扇風機があれば、あの小難しい微分積分だってよりスムーズに理解できるようになるはず」みたいなことを書いたんだったかなあ。

で、我ながらなかなかいい記事が書けて、新聞に載せようとしたのだけれど、これがうまくいかなかった。
どういうわけか教頭先生に差し止められて。大人の事情というやつなのか何なのか。
悔しかった。もどかしかった。
でもポジティブな私は信じることにした。きっと載せられなかったこのコラムだって、何かにつながるに違いないと。

数日後

それから数日経った頃。
私たちはいつもの教室で、心地よい風に吹かれながら授業を受けていた。
涼しさを与えてくれるのは、盗み出した扇風機ではない。導入されたばかりの新しい扇風機だ。
それはとてもとてもいい仕事をしてくれていた。なんて最高なんだろう。
そう、革命は成功したのだ!

クラスメイトたちのやったことがよかったのかどうかはわからない。
私のコラムがよかったのかどうかもわからない。
でもこれは、地味な高校生活を送っていた私にとっては大きな意味のある出来事だった。思いを伝えることができた。そして現状を変えることができた。このことは今も深く心に刻まれている。

大人になった私がこうして幸せに暮らせているのは、革命が成功して勉強がはかどるようになっていろいろうまくいくようになったおかげ、なのかもしれない。
うん、きっとそうだ。
知らんけど。

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