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関口威人のDoローカルニュース解説 ③リコール署名偽造事件ってDoなってるの?【24/2/20追記・田中孝博被告最終陳述全文、24/4/19追記・田中被告に懲役2年、執行猶予4年の判決】

 大量に情報が流通するネット社会の中で、埋もれがちなローカル情報の数々。それらを地元ジャーナリストの視点で掘り起こし、責任を持って詳しく、分かりやすくまとめて解説します。

 3回目は、世間を騒然とさせたというか、呆れさせた愛知県知事リコールの署名偽造事件
 運動団体事務局長の裁判が2年ぶりに開かれましたが、もう忘れてしまっていたという人も多いでしょう。事件を振り返りながら、まだ残された疑問や課題などを整理してみます。

 ※この記事には、なメ研の仕組みを使った取材で得た独自情報が多く含まれます。ご購読いただければ、広告や大組織に頼らない個人の自由な取材活動の支援となり、大変ありがたく存じます。本記事は随時、新しく正確な情報を追加・更新していきます。皆さんがお持ちの情報もぜひお寄せください。(事務局:office@nameken.jpn.org)


2年ぶりの公判に出廷する田中孝博被告の姿を捉えようと名古屋地裁前で待機する報道陣(2023年10月13日、筆者撮影)

ポニーテール姿で現れた田中孝博被告

 13日朝、名古屋地裁の周りはカメラを持ってうろうろとする記者たちでいっぱいでした。
 彼らが待ち構えていたのはリコール運動団体の事務局長を務めていた田中孝博被告 (62) 。
 事件発覚当初は記者会見などで饒舌でしたが、徐々に弁明が苦しくなり、逮捕が近づくと「カンモク(完全黙秘)します」と宣言。2021年5月の逮捕、7月の保釈、そして9月の初公判でもほぼ沈黙を守ってきました。僕も保釈後に田中被告が以前使っていた携帯に電話しましたが、通じませんでした。

 弁護人も含めてまったく取材対応をしないので、各社の記者やカメラマンも自宅前や裁判所前に張り込んだり、車を追い掛けたりしてその姿を押さえようとしているのです。


 2年前の初公判では、コロナ禍で傍聴席が普段の半分ほどの38席に制限される中、300人以上が抽選に並びました。

 ところが、今回は通常の74席が確保された上で、抽選に並んだのは50人ほど。

 まあ、世の中もっと重要なニュースは山ほどありますよね。僕も中東情勢や統一教会、ジャニーズなどを大いに気にしています。

 とはいえ、ここまでこの事件の関心が下がっていたとは、と意外だったのが正直なところです。

 ちなみに僕は公判前、裁判所側に報道席の申請をしていましたが認められなかったため、抽選に外れたら本気で裁判所を訴えに行こうと思っていました。

 それがあっさりと法廷の中に入ることはでき、午前10時の開廷を待ちました。

 現れた田中被告は長髪をポニーテールのように後ろに束ね、マスクにスーツ姿。体つきは少し太ったのではないかという印象でした。(結局、僕は撮影できませんでしたので、以下のリンク先などでご確認ください)

初公判から2年の歳月が費やされたわけ

 被告席に立った田中被告は、裁判長から名前や生年月日、そして現在の職業を問われると「無職です」と返答。
 そして初公判時と裁判官が変わったことから「公判手続きの更新」となり、検察側があらためて公訴事実を読み上げました。

 2020年8月から始めた愛知県の大村秀章知事へのリコール(解職請求)運動に際し、解職請求者の署名を偽造しようと考え、同年10月に佐賀市内でアルバイトを使って(少なくとも)71人分の有権者の氏名を書き写させ、署名を偽造したという地方自治法違反の罪状です。

 これに対して田中被告は「弁護人より述べさせていただきます」とだけ述べました。
 初公判でも同じように言い、弁護人が認否を留保したので、田中被告自身は何も話さないという姿勢を貫いたことになります。

 しかし、僕にはなぜ、その初公判から2年もの時間が費やされたのかという疑問がまずありました。
 取材を通じていろいろ間接的には聞きましたが、当事者である本人や弁護士、裁判所も検察側もまともに対応してくれないので、僕の力で裏を取ることはできませんでした。
 それが、この日の被告に続く弁護人の主張で、ようやく確かめられました。

逮捕前の2021年3月、愛知県庁で記者会見に応じる田中事務局長。この頃から「自分はいつ逮捕されてもおかしくない」と漏らしていた(美崎真緒カメラマン撮影)

 弁護人は「大枠の事実関係は争わない」と明言。つまり、署名偽造の作業自体があったことは認めました。

 しかし、その作業時点では署名の用意が遅れていて、田中被告が「リコールを成立させようとは思っていなかった」と主張します。

 実際に愛知県選挙管理委員会に提出した署名簿も、リコールが成立する法定数(約86万人分)を下回る約43万人分だったため、「選管は早期に署名簿を返却すべきだった」と指摘。
 署名簿を返さずに選管がその署名の有効性を調査するのは、署名した人の政治思想やプライバシーに踏み込む違法な行為で、証拠としては違法収集だと言いました。

 …いやはや、素人目にもなかなかの無理筋な理屈だとは思います。でも、とにかくこうした調子で、数百にも上るという証拠について意見を付け、時間をかけていたんですね。

 これに対して裁判長は、弁護人が主張するように証拠が「違法収集」に当たるか、そして署名偽造作業が「リコールを成立させる目的」だったかどうかが争点になると述べました。
 裁判長がこの時点でわざわざ争点を明示するのも珍しいかと思いますが、こうした争点整理にも時間がかかったということなのでしょう。

 それにしても、被告人が病気になったわけでも精神鑑定をしていたわけでもないのに、2年もの歳月を費やす必要があったのか、それで出てきた主張がこんなものなのか。そんなふうに脱力せざるを得ない公判でした。

関口威人(せきぐち・たけと) 1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。現在は主にYahoo!ニュース、東洋経済オンラインに執筆。2018年に一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」を立ち上げ、代表理事に就任。

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