「Black Lives Matter?あ、暴動の話?」と思っている人へ
5月末から6月にかけて世界中でニュースになっていたアメリカの人種差別抗議運動。これに対して、こんなイメージを持っている人はいないでしょうか?
「一人の犯罪者が、警察に逮捕される最中に亡くなった。その人がたまたま黒人だったのを口実に、過激派たちが車に火をつけたりスーパーを略奪したりして暴れ回った」のだと。
前半、「一人の犯罪者が、警察に逮捕される最中に亡くなった。その人がたまたま黒人だったのを口実に」の部分に違和感を感じなかった方は、ぜひ下記の記事を読んでみてください。
#BlackLivesMatter の背景を扱ったこちらの記事に対して、ありがたいことにたくさんの反響をいただきました。
「正直、なんでここまで?と思っていたけど、わからなかったことがわかるとっかかりになった」と言ってくれる人、周りにシェアしてくれる人、お礼を言ってくれる人。
そうやって話をする中で、少なからぬ人にとって「Black Lives Matter」運動は「暴徒が車に火をつけたりスーパーを略奪したりして暴れ回った」イメージと強く結びついてるんだなと改めて感じました。
「Black Lives Matter って暴動の話でしょ?」と言うのは「新型コロナってクルーズ船の話でしょ?」と言うのに近い
でももし、「Black Lives Matter って過激化した暴動の話でしょ?」と今も思っている方がいるならば。
それは、7月の今もなお、「新型コロナ?あぁ、ダイヤモンド・プリンセスの話ね」と言っているのに近いと思います。
暴動の話をするなと言いたいわけではありません。メイシーズが略奪され、警察署から火の手が上がったのは、ダイヤモンド・プリンセスから10名以上の死者が出たのと同じように、紛れもない現実です。
でも・・・ヨーロッパやニューヨークでの感染拡大を知らずに「クルーズ船での対応を見た各国から、日本の新型コロナ対策が甘いって非難されるよ」と「だけ」言い続ける人がいたら、だいぶ滑稽ですよね。
抗議運動の全体像を知らないまま「暴動は悪い」みたいな話に終始してしまうのも、それと似ていると思っています。
私は日本生まれ日本育ち日本在住の日本人ですが、Facebookの友人のうち100人以上はアメリカに住んでおり、タイムラインでは様々なトピックが飛び交っていました。
この記事では、そんな一連のトピックをご紹介します。この1ヶ月の間にどんなことが起こっていたのか、まずは一通り知って欲しい。そう思いながらこの記事を書いています。
最初にお断りしておきますが、私の情報源である友人たちは、カリフォルニアなどに住むリベラルな人たちです。保守サイドの視点も知りたい方は、Foxなどの保守メディアもあわせて読んでいただくとよいかと思います。
【5/25】 ジョージ・フロイド事件
まずは、きっかけとなったジョージ・フロイド事件。ご存知の方も多いかと思いますが、簡単におさらいします。
2020年5月20日、「偽札を使った」として通報された黒人男性ジョージ・フロイドさんが、警察に首をおさえられて窒息死しました。
この一部始終をとらえた動画が拡散されるやいなや、各地に抗議デモが広がります。
そのスローガンとなったのが「Black Lives Matter」。これは2013年、トレイボン・マーティン射殺事件を機に始まった運動ですが、今回のジョージ・フロイド事件をきっかけに再燃、幅広い層を巻き込んで展開していきます。
【5/27 - 6/1 頃】 暴動と夜間外出禁止令
抗議活動が始まってすぐ、過激化した暴徒をとらえた画像がメディアやSNSを騒がせます。
特にジョージ・フロイド事件の舞台となったミネソタ州ミネアポリスでは、警察署が焼かれ、お店のガラスは破られ、スーパーは略奪され、あちこちで火の手が上がりました。
暴動は各地に広がります。混乱に乗じてスーパーから商品を盗む人たちの動画も拡散されました。
そんななか、あちこちの都市で夜間外出禁止令(curfew)がひかれます。
この時の衝撃的な映像が強く印象に残っている、という方も多いんじゃないかと思いますが、私がタイムラインで追っていた限り、これは初期の数日間の出来事でした。
【5/29〜】 トランプ大統領 vs SNS
暴動のニュースがかけめぐる中、トランプ大統領は、軍を派遣するとミネソタ州知事に伝えたとした上で「略奪が始まれば銃撃が始まる」とツイートします。
実はこのフレーズ、1960年代の差別的な警官が使って有名になったもの。
そんな歴史的背景もふまえ、Twitter側は「暴力の賛美についてのTwitterルールに違反」しているとしてこのツイートを非表示にします。
すると大統領は対抗してSNS企業への規制へ・・・
一方Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOは5月28日、「SNSは真実の裁定者になるべきではない」として、Twitterとは異なる立場を明らかにします。
トランプ大統領の投稿に不快感を示しながらも「投稿自体は残す」ことを選んだFacebook。しかし、それを不十分と感じた人権団体が、Facebookのスポンサー企業に広告出稿ボイコットを呼びかける事態へと発展します。
6月26日にはユニリーバやコカ・コーラが、28日にはスターバックスが、SNS各社での広告掲載を停止すると発表。
そんな中Facebookは6月26日、有害と思われるコンテンツをラベルや削除の対象とする方針を発表しました。
Black Lives Matterからは少し話がそれますが、他にも大統領の選挙がらみのツイートにTwitterが「事実確認が必要」ラベルをつけたり、
トランプ陣営の選挙広告をFacebookが「ナチスを想起させる」として削除したり。
11月の大統領選に向けて、SNSをめぐる動きからも目が離せません。
【6/1 頃〜】 暴動をいさめる人たち
焼かれた車や窓ガラスの割れたスーパーの画像が広まると、暴動をいさめる人たちがあらわれます。
日本では、「3世代の黒人」の動画が特に有名になりましたね。
また、ジョージ・フロイドの弟も、「弟の自分が暴れたりしていないのに、みんなは何をしてるんだ」「別の方法でやろう」「勉強して投票するんだ」と呼びかけます。
日本語字幕版。
より長いバージョン(英語)
私が個人的に好きなのは、6月1日にオバマ前大統領が投稿した記事です。
近所で唯一のグロッサリー・ストアが壊されてしまったと涙ながらに訴える黒人女性の話を持ち出し、「警察やアメリカ社会により高いモラルを求めるなら、私たち自身がそれを体現していないと」と訴えます。
ここまでの流れを追っていて、Black Lives Matter 運動の暴力的な側面が脳裏に刻みこまれた方も多いんじゃないかと思います。
でも、生々しい暴動の画像が世界を席巻すると、すぐに「それとは違うアメリカの様子」が私のタイムラインにあふれるようになりました。
【5/31 頃〜】 平和的デモの様子が相次いでアップされる
この頃から、平和的なデモの様子をSNSにアップしたりシェアしたりする人たちが増えました。「大多数のデモは平和的だということを知って」と言葉をそえる人も。
デモ行進を応援する人たち。
また6月1日には、日経ビジネスのジャーナリストがタイムズスクエアの様子をレポートしています。
最初はまばらだったところにどんどん人が集まってきたり、詩の朗読をする人がいたり。20枚近い写真や動画でリアルな様子が綴られています。
この頃はまだ、デモ参加者と一緒にひざをつく警官の動画もよく見ました。
「いろんな人種、年齢の人たちがひとつになっていた。警官もひざをついていた。」という、ミシガンでのデモの様子。
ダラスでの行進。
やはり警察の手にかかって亡くなったブレオナ・テイラーさんの誕生日を祝って歌う人たち。
抗議者と暴徒は別モノ
それから、「暴徒と抗議運動の参加者とは、そもそも別人」との訴えも繰り返し聞かれるようになりました。
こちらのツイートによると、「暴れ回ったのは外部の人間だ」「暴動中に逮捕された人はみんな州外の人だった」とのこと。
「平和的な抗議運動が様々な人種から成るのに対し、火をつけてまわっていたのは主に若い白人だった」という声も。
「Black Lives Matter」を訴えていた人たちが暴徒化したのではなく、混乱に乗じて別の人たちがやってきて闇夜に紛れて暴れ回ったのだ、と。
これが極右の「Boogaloo Bois」の仕業だという人もいれば、極左の「アンティファ(Antifa)」だという人もおり、かと思えばFBIが(少なくとも5/31のワシントンDCでの暴動における)「アンティファ関与の証拠はない」というレポートを出したり、議論は続いているようです。
誰がどう暴動を扇動したのか、実際のところはわかりません。また、「暴徒のイメージをもたれないように、最新の注意を払って行進する」人から、「黒人コミュニティがこれまで受けてきた仕打ちを考えれば、窓を割りたくなるのも無理はない」と共感の姿勢をみせる人まで、活動家の立場も様々です。
ただ、一つ言えることは、「抗議運動やデモ」と「暴動」は切り分けて考える必要があるということ。
大事なことなので繰り返します。「抗議運動やデモ」と「暴動」は切り分けて考える必要があると思います。
そうじゃないと、理解できないと思うんですよね、なぜ今回の「Black Lives Matter」が、保守的だったスポーツ団体や共和党員までも巻き込んで、ここまでのうねりとなっているのか。
タイムズスクエアやラファイエット広場などに多くの人を引きつけたものを、「コロナでたまったストレスかな?」で片付けてしまうと、彼らの行動が実際に生み出している改革の波を見逃してしまう。
ここからは、そんな「改革の波」の中心にある、「警察の暴力」についてみていきます。
気分が悪くなるような映像が含まれていたりするので、リンクをクリックする際や動画を再生する際は気をつけてください。
【5/29 頃〜】 警察がデモ参加者やメディアを攻撃
6月頭に「犠牲者はジョージ・フロイドだけじゃない」という記事をアップしたところ、在米歴が長い友人から、「これは単純に人種差別だけの話じゃない。警察の暴力に抗議しているという側面が大きい」とのコメントをもらいました。
実際今回も、警察による暴力の瞬間をとらえた画像が広く拡散されました。
最初の頃こそ、デモ隊と一緒にひざをつく警官の画像がよくシェアされていましたが、次第にそれは盾で武装する軍隊顔負けの姿に変わっていきました。
平和的に行進している人々やメディアを、催眠ガスやゴム弾で攻撃したり、理由も告げずに逮捕したりする重装備の警察。
その矛先は、白人活動家にも向かいます。
高齢の白人男性活動家、警察に突き飛ばされる
6/4、外出禁止令発動中のニューヨーク州バッファローにて、活動家の75歳の白人男性を警官が突き飛ばしました。男性はコンクリートに頭をうち、出血。が、警官たちは、倒れている男性をそのまましばらく放置します。
警察の報告では当初、「男性が転んだ」ことになっていたそうですが、この様子をとらえていた動画が広く拡散され、警官の起訴につながります。
ちなみにトランプ大統領はなんでもかんでもアンティファに結びつけたがっているようで、「アンティファの工作員かも?自作自演か?」などと陰謀論に言及しますが、弁護士によると男性は脳にダメージを負っており今も歩けないとのこと。
ニューヨークのデモ参加者、包囲される
またニューヨークでは、デモ参加者を警察が追い詰める事件があったそうです。外出禁止時刻を数分過ぎるやいなや、帰り道を封鎖して囲い込んできたとのこと。
「デモが行われ、50人が警察に拘束されました」みたいなニュースを聞くと、「あーデモ隊荒れたんだな」とか思いますよね。
でも上記のエピソードを読むと・・・なんと「警察が地下鉄の入り口を封鎖して待ち伏せし、普通に帰ろうとする人たちを逮捕した」らしい・・・。
数々の動画
それから、警察車両がデモ隊につっこむ映像とか・・・
警察が棒で人を叩きまくる動画とか・・・
警察によって亡くなった人を追悼するバイオリン演奏会にやってきて、集まっていた人たちを公園から追い出す警察の様子とか・・・
弁護士のもとに600件以上の事例が集まる
弁護士のT. Greg Doucetteさんが警察による暴力をおさめた動画をTwitterスレッドでまとめ始めたところ、動画を提供したいという人たちからのメッセージで通知が鳴り止まなくなったとのこと。
10件から始まったスレッドには、いまや700件近い事例がまとめられています。
また、デモを取材していたメディアも拘束や暴力の対象となりました。
5/29 CNN レポーター連行される
5月29日には、CNNのレポーターが生中継中に逮捕されて騒然となりました。この取材クルーは、指示された場所で撮影をしていたとのこと。
このレポーターが記者証を見せ、「指定の場所にどきますよ」と伝えているにも関わらず、警察はレポーターやカメラマンを連行。地面に転がったカメラが現場を映し続けるという、異例の放送になりました。
日本語による解説。
Naverでもまとめられていました。
報道の自由に対する違反報告は400件も
また5月30日には、ハフポストの記者も取材中に逮捕されます。
それからL.Aタイムズのレポーターも、催眠ガスやゴム弾での攻撃を受けたとのこと。
他にも、ジャーナリストの失明やケガのレポートが相次ぎます。US Press Freedom Trackerによると、6月17日頃までに寄せられた「報道の自由に対する違反」報告は400件にのぼったそうです。
デモ参加者やメディアに対する暴力の中でもとりわけ有名になったのが、ホワイトハウス前、ラファイエット広場での一件です。
【6/1】 ホワイトハウス前の平和的デモが催眠ガスで追い払われる
6月1日には、大統領が近くの教会で写真撮影をするにあたり、ホワイトハウス前で平和的にデモを行っていた人たちを催眠ガス(と同じ効果がある物質)で散らしたとして問題になりました。
6月1日トランプ大統領が、ホワイトハウス近くのセントジョンズ教会前で聖書を掲げてニュースになりました。教会までの道を歩いて向かう大統領の姿には、おごそかなBGMがつけられています。
ところが、ホワイトハウスと教会の間にあるラファイエット広場では、大統領に道をあけるべく、平和的にデモを行っていた人たちに催眠ガスやゴム弾が浴びせられていました。
下記の動画の前半はその様子をレポートしたもの。重装備の警察が盾でメディアのカメラを叩いたり、デモ参加者を攻撃する様子がわかります。
こちらの動画には、デモの様子やトランプ大統領の言葉など、この日の出来事がまとまっています。
なおホワイトハウス側は、「事前に3回警告している」と、また「指示を出したのは公園警察」と説明しています。
また、典型的な催眠ガスとは若干違う物質が使われていたことから、ホワイトハウス側は「催眠ガスは使っていない」と主張。しかし、公園警察がその後「催眠ガスを使っていないと言ったのは間違いだった」と認める事態となりました。
また11日には、米軍のトップが「その場にいたこと」を謝罪しました。
【6/5〜】 平和的デモの権利を守れ!
デモが厳しく取り締まられる中、「First Amendment」というキーワードが飛び交うようになります。「First Amendment」とは「憲法修正第一条」。宗教の自由や報道の自由、それから集会の権利を保証したものです。
同時に、様々な自治体で「平和的デモの権利」を守る動きが生まれます。
デンバーでは6月5日、デモ参加者を失明させたり顔を骨折させたとして、連邦判事が警察を非難。平和的デモに対する武器の使用を禁じます。
また6月6日には、カリフォルニア州知事が「平和的に抗議する権利」についてツイート。武力によるデモ抑圧への取り締まりに言及します。
6月8日、ロサンゼルス郡および市は、外出禁止令違反などで逮捕された人たちを起訴しない、罰しないと発表しました。今回の抗議活動で逮捕された2000人以上の人たちは、暴動に加担していないかぎり無罪放免となります。
またこの頃には、多くの都市で外出禁止令がとかれます。
警察の改革
警察の暴力や武装化に注目があつまるなか、警察の改革や予算カット、さらには解体が叫ばれるようになります。
6/9 「全米警察24時 コップス」放送終了
象徴的だったのは、警察を扱ったリアリティショー「全米警察24時 コップス」(Cops)が終了したこと。1989年から続く長寿番組でしたが、偏見を助長するとして批判にさらされていました。
"Defund the Police"
6月中旬ごろになると、「Defund the Police」、つまり「警察の予算をカットせよ!」という言葉が飛び交うようになります。
これについては、英語でも「defund the police meaning」という検索候補が上位にきていたり、「defund the policeの実際の意味」という動画が作られていたり。
「なにそれ警察をなくせってこと?」と思って反応していた人も多かったようですが、そうではなく、「増え過ぎた警察予算を減らして、そのお金を教育とか公衆衛生とかソーシャルワーカーとかメンタルヘルスケアとかドラッグのカウンセリングとかにまわせ」という訴えのようです。
アメリカでは年間1000億ドルの予算が警察に割り振られており、これは市の予算の2割から4割にあたるとのこと。
そして警察組織が巨大になった結果、「ホームレスの対応」とか「メンタルの問題」とか、本来警察の役割じゃない案件まで対応しているんだそうです。これについては元警官が、「警察は社会の失敗を全部解決するためにいるんじゃない。我々に期待し過ぎ」と訴えるほど。
こうした声をうけ、ロスでは、20億ドルの警察予算から1.3億ドル以上をカットして教育や健康にまわすことに。ニューヨークやボストンでも同様の動きがみられました。
ミネアポリス警察解体へ
そして、一連の運動の震源地となったミネアポリスではなんと、警察を解体する方針を市議会が決定。
・・・警察解体ってどういうこと?警察なくすの?
と、思いますよね。実際には警察機能をなくすわけではなく、公衆衛生を横断的に扱う部門を新設し、その配下に置くということのようです。
ただしこれについては市長も納得していなかったりと、賛否両論が出ている模様。この案は、別の委員会を経て住民投票にかけられるようなので、その結果にも注目したいところです。
続々と続く改革
それからニューヨーク州知事は警察の改革に着手。12日には、チョークホールド(首元を圧迫する「絞め技」)の禁止、それから警官の不祥事を含む情報開示を阻んできた「50-A」の廃止などを含む法律が成立しました。
日本語記事:
そして16日には、なんとトランプ大統領も動きました。チョークホールド禁止のほか、警官の不祥事情報を警察署間で共有できるよう、データベース作成を求める大統領令に署名。
さらにコロラドでも19日、改革法が成立します。警官にボディカメラの携帯を義務付け、チョークホールドを禁止したほか、「Qualified Immunity」を無効にしてニュースになりました。
「Qualified Immunity」とは、40年ほど前から警官に与えられていた特権のこと。この特権により、警官を有罪にするには厳しい条件をクリアしなければならなくなり、警官の被害にあった人たちが泣き寝入りを余儀なくされてきました。
コロラドでは今後、「Qualified Immunity」が適用される連邦裁判所を避け、州の裁判所で警察を訴えられるようになります。
コロラドといえば去年8月、23歳の黒人男性Elijah McClainさんが、コンビニからの帰り道に「なんか怪しそうだから」と通報され、警察につかまって亡くなった事件がありました。
このときの警官は罪に問われず、解雇されることもありませんでした。が、ジョージ・フロイド事件をきっかけに署名活動が行われ、今年6月25日になって州知事が再調査を命じる展開に。
この記事を読んでいる方の中には、「警察が犯罪者に殺されるケースもあるし、デモ隊が暴徒化したケースもあるわけでしょ?警察の暴力だけを強調することなくない?」と思われた方もいたかもしれません。
確かに、命がけで市民を守ろうとしている善良な警官からすれば、自分たちばかり責められるのはフェアじゃないと感じることもあるでしょう。
でも、暴徒や犯罪者は普通につかまって有罪になるのに対し、警官は人を殴ろうが殺そうが罪に問われづらい・・・そんな非対称性が存在するからこそ、Black Lives Matterはここまで盛り上がっているわけです。
その意味でも、警官の特権に切り込んだコロラドの決定は画期的なものとして受け止められていたようです。
制度的差別
じゃあ今回の件はあくまでも「警察の暴力への抗議」なの?警察の改革さえすすめば万事OKなの?というと、そういうわけでもない。
やはり根底にあるのは「人種差別」の問題なんですよね。
しかも、「Nワード(差別用語)で呼ぶ」とか「リンチする」といったあからさまな差別だけじゃなくて、「制度的差別(systematic racism)」についてちゃんと知ろうと、そんな機運が高まっていました。
たとえば、今から50年ほど前、おじいちゃんおばあちゃん世代が家庭を築こうとしていた頃にはまだ、「白人地区の物件は黒人に売らない」「黒人地区の住民には住宅ローンを組ませない」みたいな慣行が横行していたりとか。
今でも多くの人が「無意識の偏見」を抱えていて、たとえば似たような履歴書に「黒人ぽい名前」と「白人ぽい名前」を書いて採用担当者に送る実験をしたら、圧倒的に「白人ぽい名前」への反応の方が良かったとか。
特によくシェアされていたのは、「みんなが自覚せずに持っている特権」を可視化しようとするこの動画。
この動画に日本語字幕をつけた方もいるようです。
またこちらの動画は、政策や制度の問題を詳しく解説してくれています。英語版しかないですが、わかりやすくまとまっているのでおすすめ。
それからNetflixは、ドキュメンタリー「13TH 」(憲法修正第13条)を無料公開しています。100分と長いですが、日本語字幕もあります。
国際社会の反応
連日のアメリカの抗議運動は、国際的にも高い注目を集めました。
デモは国境をこえ、世界各国に広がります。実は日本でも行われていたらしく、こちらの記事では渋谷の様子も紹介されています。
100人以上が抗議に集まった都市をまとめた世界地図。
場合によっては、各国の政府や大使館も動きます。
スコットランド議会は、催眠ガスやゴム弾といった武器の対米輸出をやめるようイギリス政府に求めました。
また、ホワイトハウス前で取材していたオーストラリアメディアが警察の暴力を受けたため、オーストラリア大使館が調査に乗り出したとのこと。
一方そのころNHKは・・・・・・
7日放送の「これでわかった!世界のいま」という番組でこの問題を取り上げ、Twitterでもアニメ動画をシェアしたNHK。
ですが、やたらに筋肉モリモリな黒人の描き方、暴動ぽさを強調した背景、それから若い黒人男性の死因第7位ともいわれる警察の暴力に触れず「貧富の差」だけにフォーカスした内容に「これじゃ偏見を助長する」などの批判が噴出。
在日アメリカ大使からも「使われたアニメは侮辱的で無神経」との抗議があり、NHKは動画を削除します。
怒って地団駄を踏む黒人たちと、とまどう白人。
人種間の断絶を強調するかのようなNHKの描写とは裏腹に、今回の抗議運動はさまざまな人種の人や幅広い企業・団体を巻き込んでいたのが大きな特徴でした。
【6/1 〜】 人種をこえ、全米に広がる抗議運動
6月3日までに、デモはアメリカの全50州に広がったとのこと。
6月7日の様子。たくさんの人たちが集まっているのがわかります。
翌週になっても、デモの勢いは続いています。
さらにその翌週。
6月19日の時点で、抗議集会が行われた場所は全米1700カ所にのぼるそうです。
そして、これまでこの種の活動が行われることの多かった都市部だけでなく、裕福な白人が多い郊外にも広がっているとのこと。
カリフォルニアのオレンジ郡タスティン市で集会を取材したジャーナリストによると、参加者の7割くらいは白人で、「過去12年間、アメリカで数々のデモを取材してきたが、タスティンのような住宅地にこれだけの人数が集まるのは初めて」だそうです。
こちらの記事でも、「白人が(Black Lives Matter と書かれたTシャツを着て)練り歩いている」様子が紹介されています。
共和党のミット・ロムニー上院議員も、デモに参加している様子をTwitterにあげて話題になりました。
各界から集まるサポート
声をあげる企業たち
また、多くの企業もそこに加わっています。
「私たちは声をあげなければ」とNetflix。
暴徒に店を荒らされたCoachの、「窓やバッグは交換できるけど、(警察の犠牲になった黒人のひとたちの命は)戻らない」という言葉は重たい。
Googleは、リーダー層に占めるマイノリティの比率を5年以内に30%に引き上げると約束します。
こちらのリンクには、およそ20社の声明がまとまっています。
6/2 BlackoutTuesday
6月頭、InstagramやFacebookに突如としてあらわれた真っ黒な四角い画像たち。
多くのセレブも参加していたこの #BlackoutTuesday 、ご存知の方も多いかと思います。私のまわりでも、アメリカ在住の友人のうち1割くらいは、黒い画像を投稿したり、プロフィール画像を真っ黒にしたりしていました。
もともとは、音楽業界が始めた「 #TheShowMustBePaused 」 - この問題について深く考えて対話をするために1日業務を停止する動き - が元になっているそうです。
ただしこの真っ黒な画像に対しては、「ハッシュタグを辿って運動の情報を探す人の邪魔になるから #BlackLivesMatter はつけないで」「SNSでパフォーマンスをするだけじゃ社会は変わらない」などの批判・指摘も寄せられていました。
NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)が過去の過ちを認め、Black Lives Matter を支持
NFLのコミッショナー、ロジャー・グッデル(Roger Goodell)氏は6日、動画を通じて「NFLは人種差別に反対する。」と宣言。「私はあなたと一緒に抗議している」と語りかけ、「声を上げる」よう呼びかけました。
またグッデル氏は「過去の過ち」を認めるとも発言。これは、人種差別に抗議した選手をめぐる対応を指しています。
2016年、国歌斉唱中にひざまずいて人種差別に抗議したコリン・キャパニック(Colin Kaepernick)選手に対し、賛否両論が巻き起こりました。
その後NFLは「国歌や国旗に敬意を払わない選手は処罰の対象になる」と発表。キャパニック選手はどこのチームにも所属できず、NFLでプレーできない日々が続きます。
しかし、今回の件でNFLの方針が一転。グッデル氏は、キャパニック選手が復帰できるよう、各チームに呼びかけたそうです。
6/18 大統領選挙にも影響か 〜「副大統領候補には黒人女性を」
民主党の副大統領候補として有力視されていたエイミー・クロブシャー(Amy Klobuchar)上院議員が、そのレースから降りたと報じられました。
クロブシャー議員は、「副大統領候補には、(白人である私ではなく)黒人を選ぶべき」と大統領候補のバイデン氏に告げたとのこと。
もちろん、副大統領候補を選ぶにあたって考えるべきは多様性だけではないですし、バイデン氏の選択はまだわかりません。それでも、国のトップを決めるプロセスにも一連の運動が影響を及ぼしているというのは、すごいことだと思います。
【6/4頃〜】 南北戦争の記念碑、撤去へ
「現在」や「未来」を語るにあたって避けて通れないのが、「過去」の出来事。
ここで少し歴史のおさらいをします。
そもそも、黒人をめぐるアメリカの人種問題は、奴隷制にさかのぼります。アフリカから連れてこられた黒人奴隷を解放したのが、19世紀の南北戦争でした。
奴隷制に反対するアブラハム・リンカーンが大統領になると、奴隷プランテーションを多く抱える南部の州が反発。合衆国から脱退してアメリカ連合国をつくると宣言し、内戦に発展します。
結局、1865年に南部連合軍は降伏。黒人奴隷たちは自由の身となります。
が、その後何十年を経て北軍の存在感が弱まると、負けたはずの南軍の英雄をまつる像や記念碑が次々と建てられたそうです。
その建立のピークは、「黒人の市民権」が形骸化され、「ジム・クロウ法」によって人種隔離がすすみ、白人至上主義のリンチ集団「クー・クラックス・クラン(KKK)」が勢力を強めていた時期と重なっていたとのこと。
そんな歴史的背景から、こうしたモニュメントを「人種差別の象徴」とみなして撤去を求める声はこれまでもあがっていました。それを後押ししたのが今回の抗議運動です。
バージニア州リッチモンドでは6月4日、南軍司令官だったロバート・E・リー(Robert E. Lee)将軍の像を撤去するよう、知事が命じます。
リッチモンドではほかにも、連合国のジェファーソン・デイヴィス(Jefferson Davis)大統領の像などが倒されました。
ケンタッキーでも、同じくジェファーソン・デイヴィスの像が降ろされます。
サウス・カロライナでも、奴隷制擁護で知られるジョン・カルフーン(John C. Calhoun)の像が撤去されました。
フロリダのジャクソンビルでも、南軍兵士の像が撤去されます。この決定をくだしたレニー・カレー(Lenny Curry)市長は共和党、つまり二大政党のうち保守側の人だというのも興味深いです。
こちらは、バージニアのアレクサンドリア市長のツイート。アレクサンドリア市でも、南軍兵士の像が撤去されたそうです。
このほか、アラバマやノース・カロライナなどでも同様の動きが続きます。
もちろん、すべてが平和裏に進んだわけではありません。銅像の前で衝突が起こったりもしたようです。
また、クリストファー・コロンブス像や、ネイティブ・アメリカンの虐殺に関わっていた兵士の像が倒されたりと、その矛先は「黒人差別」や「奴隷制」の文脈をこえて広がっています。
興味深いのは、そういった先住民虐殺のシンボルにも「Black Lives Matter」と落書きされていること。
「南北戦争では奴隷解放に貢献したけど、サンドクリークでは先住民を虐殺した人」の像を引きずりおろしている人が、これまた「Black Lives Matter」と叫んでいたりする。
「Black Lives Matter」 vs 「All Lives Matter」
ここで改めて指摘しておきたいのは、警官が白人活動家や白人ジャーナリストに危害を加えた時も、「Black Lives Matter」活動家から抗議の声が上がっていたことです。
直感的には、白人がケガをさせられた時に口にすべきは「All Lives Matter」とか「White Lives Matter」なんじゃないか、と思うかもしれません。
が、「白人活動家や白人ジャーナリストに対する警察の暴力」に怒り、拡散しているのは、むしろ「Black Lives Matter」勢の人たちだったりするのです。
All Lives Matter
「All Lives Matter」は、 「Black Lives Matter」に対抗する形で登場したスローガンです。
日本でニュースを見ている方の中には、「アジア人だって差別しないで」みたいな意味合いでこの言葉を使いたくなった方もいるかもしれません。あるいは「すべての命が大切」という字面から、「博愛主義」的なイメージを持った方もいるかもしれません。
ですがこのスローガン、Black Lives Matterの賛同者からは「人種差別の問題から目を逸らせようとするレトリック」として受け止められています。差別反対運動にケンカを売る気がないなら、口に出さない方がよいでしょう。
参考までに、「All Lives Matter」に対する彼らのイメージを象徴する風刺イラストをいくつか紹介します。
一つ目のイラストは、「Black Lives Matter運動家のところにわざわざAll Lives Matterと言いに行くのは、乳がん啓発活動家にわざわざ「他の癌だって重要だ」と言いに行くようなものだ」というもの。
それから、「火事で燃えている家を目の前にしながら、「全ての家が大事だから」って他の家に水をかけたりしないでしょう?」という例えもよく聞きました。
次の画像は、「All Lives Matter」のプラカードを掲げる白人を、1960年代に「帰れ黒んぼ」と言っていた白人に例え、「言葉は違えど同じ意味」と訴えるもの。
それから、Google アシスタントやSiriに「すべての命が大切?」と質問した時の回答も話題になりました。
【6/19】 奴隷解放のお祝い "Juneteenth"
さて、6月の半ばになると、「Juneteenth」という言葉を頻繁に目にするようになりました。
「Juneteenth」とは、「6月(June)」と「19日(Nineteenth)」を組み合わせた造語で、「真の奴隷解放日」を記念するものです。
1866年から150年以上続くお祝いだそうですが、私も今年初めて知りました。
Juneteenthの由来
また少し歴史のお話を。
1863年1月1日、リンカーンが奴隷解放宣言に署名し、奴隷たちは自由の身になります。
ただし、それは法律上の話。
その後も、南部の奴隷主の相当数が、そのニュースを奴隷たちに伝えずに農場で働かせ続けていました。また、リンカーンの影響力が弱いテキサスへと避難する奴隷主も多かったようです。
奴隷制を維持したい南軍は、リンカーン率いる北軍との内戦を続けますが、1865年4月に降伏。その後北軍のゴードン・グレンジャー(Gordon Granger)がテキサスのガルベストン(Galveston)にやってきて、奴隷解放のニュースを奴隷たちに告げました。
それが1865年の6月19日だったというわけです。奴隷解放宣言から、実に2年半の月日が流れていました。
翌年、この6月19日を祝う風習がテキサスで始まります。これが他の州にも広がり、いまでは46州とワシントンDCが、何らかの形でこの日を祝っているそうです。
Juneteenthを公式な祝日に!
Black Lives Matterの熱気のなかで迎えた今年の6月19日。
今年は特に「Juneteenth」に注目があつまり、ニューヨーク、バージニア、ミシガンといった州が6月19日を公式な祝日にすると発表します。
Nike、Uber、Twitterといった企業も、この日を休日にしました。
また、民主党・共和党両方の議員が、6月19日を国民の祝日にする法案を提出するとしています。
祝福の声
ビヨンセは、「Black Parade」という新曲を発表してこの日を祝福します。
また、奴隷の子孫として初のファーストレディになったミシェル・オバマ夫人は、「私たちの物語は進歩の物語だ」とツイート。Juneteenthは「例え時間はかかっても、その先にお祝いが待っているということ」の象徴だというメッセージを寄せました。
「このJuneteenthには、自分たちの声と票を使って、子孫へとこの物語をすすめていくことをみんなで誓いましょう」- そんなミシェル夫人のメッセージとともにこの記事も終わりにしたいと思います。
終わりに
この記事はなんと、1万5000字の大作になってしましました。ここまでお付き合いいただいた方、本当にありがとうございます。
過去1ヶ月強の出来事をまとめただけなのに、1万5000字。いかに密度の濃い1ヶ月だったのかがわかります。
断片的なニュースを見て、ざっくりとしたイメージを持っていた方にとって、デモ参加者は「好きに暴れて憂さ晴らしをしている自分勝手な人たち」にうつっていたかもしれません。
そんな人も中にはいたでしょう。でもそれは、一連の出来事の一部でしかない。
この記事で伝えたかったこと。それは、アメリカで今起きているのは大きな変革のうねりだということです。
暴れて終わり、「BlackLivesMatter」のハッシュタグをつけて終わり、1日だけプロフィール画像を黒くして終わりとかじゃない。
企業が「マイノリティのリーダーを増やす」ことを約束し、公式な祝日がうまれ、警察の改革がすすむ。
プラカードをかかげ、道を練り歩き、SNSで拡散することによって、実際に変化が生まれている。未来が変わろうとしている。
肌の色だけで「こわい」と思われ、普通に生活しているだけで職質され、奴隷制時代からの負の遺産をいまだに背負って生きている、そんな人たちが今より少しでも生きやすい世の中になるかもしれない。
そんな手応えや希望を感じているからこそ、大勢の人が「Black Lives Matter!」と唱えて公園や道に飛び出したのです。
連日の報道を見て、「なんか怖い」と思っていた人もいるでしょう。この記事が、「なんか怖い感じ」で覆われた膜のその先にある「希望」を知るきっかけになれば幸いです。
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