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蜜蜂と遠雷と才能と

何度も書いては消しを繰り返していた。

構成を変え、表現をいじり、でも「私は何が言いたかったんだっけ?これじゃ当たり前のことしか言ってなくない?」と自問自答する。

一度感想文を書いてみたあと、もう一度本を読み返し、湧き出た感情と目の前にある下書きとを見比べる。そこに横たわる差に気付き、言語化し、改めて組み込もうとする。そしてまた構成を変える。


私はいま、note主催の「読書の秋2020」コンテストに応募している。『蜜蜂と遠雷』で覚えたばかりの言葉を使うなら、「コンテスタント」だ。


もちろんこれは、世界中からよりすぐりの才能が集まる場でもなければ、とっておきのドレスで観客の前に立つ晴れ舞台でもない。誰でもハッシュタグひとつで気軽に参加できる企画を、権威ある国際ピアノコンクールに例えるのはちょっと申し訳ない気もするけど、私も一応「コンテスト」に応募して誰かの審査を待つ身だ。


これまで私は4冊分の読書感想文をnoteで書いてきたけれど、どれも難産だった。自分の下書きと本とを見比べながら、「うーんまだなんか違う気がする」と唸ってきた。

だからこそ、『蜜蜂と遠雷』に登場する天才ピアニストたちを見て、私は少し絶望した。


泥だらけの手とTシャツでやってきて、ステージ慣れしていないそぶりで物珍しそうに客席を見ていたくせに、いざピアノに手を置くと凄まじい音色で審査員の度肝を抜いてしまう天才少年。

直前の出番だったコンテスタントの演奏に感化されたからといって、練習してきたのとは全く違うフレーズを即興で弾き上げてしまう天才少女。

普通は舞台に立つときにプレッシャーやら恐怖感やらを感じると知っても、今一つその感覚を理解できない天才少年。


なんというか、これは全部御伽話であってほしい、と思った。

すごい人でも、大きなコンクールを前にすれば緊張するんだって。地道な練習や最高の教育を重ねて初めてそこに立ててるんだって。間近に見たプロの技術に打ちのめさたりスランプで苦しんだりもしつつ、頑張ってそれを超えてきたんだって。そう思いたいから。

そうじゃなければ、自分に何かしらの才能があるとか、何かに秀でている可能性すらも、信じられなくなってしまう。凡人と天才の間にそんなにくっきりと境界線をひかないでほしい、そう思ってしまう。


才能ってなんだろう。私はこの本を読みながら、そんなことを考えていた。


だけど。


物語が後半に向かい、一人一人のストーリーが深まっていくにつれて、読んでる私もだんだん自由になっているのに気がついた。


この小説の一番の魅力は、登場人物たちが背負っている物語の厚みにあると思う。天才と呼ばれる人も、凡人を自覚する人も、それぞれに想いを抱えていて、それがコンテストをきっかけに色々と変化する。

純粋にピアノと戯れる少年が、一度はステージから去った少女に演奏の喜びを思い出させ、そして今度はその少女に触発された青年が、少女の変化を目の当たりにした審査員が、それぞれに答えを見つけていく。

コンテストで出会った才能たちが、お互いに刺激し合って覚醒していく。そこでの主役は音楽であって、順位とか合否とかそういうものはあくまでも脇役だ。

実際、結果を残した演奏家ほど、「コンテストの結果」を超越した何か、自分の音楽人生におけるテーマみたいなものを見据えていた。

狭いところに閉じ込められている音楽を外に連れ出すこと。幼い頃の宿題をはたすこと。コンポーザー・ピアニストになり、何世紀も前の人たちが味わっていたような「クラシックの新曲を聞く喜び」を現代に復活させること。普通の「生活者」として舞台に立ち、音楽は音楽エリートだけのものじゃないと証明すること。

音楽との向き合い方もコンクールへの想いもみんなバラバラで、でもそれぞれの物語に重みがあって。

自由でいい。誰かが引いた境界線も関係ない。評価とか点数じゃなくて、「音楽する」こと。ただそれを純粋に追求するコンテスタントたちをみて、彼らに動かされる登場人物たちに触れて、私も何か表現してみたくなった。



たとえばこの「読書の秋2020」コンテスト。どこかの誰かが課題図書を分析して、「比較的知られていない本の方が有利だ」などと言っていた。

そりゃそうだ、と思う。バッハやモーツァルトの超有名曲を避けるコンテスタントが多いのと同じくらい真っ当だ。

『蜜蜂と遠雷』の予想は「激戦」。それもわかる。なにしろ、直木賞と本屋大賞をダブル受賞したベストセラーだ。

でも、そんなことは関係ない。そう思った。

私はただ、自分の中で生まれた感情や感覚をどうにかして言語化してみたくて、その機会としてnoteの企画にのっかっているだけなのだから。

だから私は、この作品を選んで感想をぶつける。私も表現してみたい、書いてみたい、そんな想いをかき立ててくれたピアニストたちへの感謝を込めて。

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