山本真央樹1stアルバム『In My World』 全曲レビュー
この記事は、2021年8月25日に発売された『In My World / 山本真央樹』の全曲レビュー記事です。
0. はじめに
まずは筆者(namaozi)について。私は山本さんが所属するバンドDEZOLVEのファンであり、山本さんのファンだ。詳細は以下の記事に譲る。
次に、『In My World』というアルバムについて。このアルバムの制作はクラウドファンディングの支援に基づいて行われた。これについては音楽の本質とは関係ないので、リンクを貼るに留める。
そして、山本さんと作曲の関連性、そして本アルバムの立ち位置について。氏はプロドラマーであり、同時に作(編)曲家でもある。強調すべきは、氏のなかで両者にあまり関連がないという点だ。
山本真央樹という音楽家を見る時には、ドラマーとしての側面と作曲家としての側面を別々に見る必要があり、作曲家としての側面を見る時にドラマーとしての側面をあまり持ち出すべきではない。平たく言えば、超絶ドラムがうまいプロドラマーと作曲が大好きで曲作りを仕事にもしている作曲家がたまたま同じ人物だった、というのが実情に近い解釈なのではないかと私は考えている。一介のファンである私が表明すべきことではないのだが、しばしば誤解されているように感じるので付言した。
以下の文章はクラウドファンディングの募集ページ内に記載されている氏の文章を引用したものだ(2021年8月29日閲覧)。氏における作曲と演奏の関係性、そしてこのアルバムの立ち位置が書かれている。
山本真央樹、という人間を知ってもらう為に一番わかりやすいアルバムを今後作っていきたいと思っております。
それが皆さんのイメージする山本真央樹像とあっているかは定かではないのですが、、、。
僕自身、音楽において一番好きな事が曲を書いていく事です。
その一つのツールとして、ドラムを叩いて、ピアノを弾いて、という所があります。
なので、聴く方からすると思ったよりも生楽器がフィーチャーされてないなぁ、とか
思ったよりドラム叩いてない曲だこれ!ってなっちゃう曲も出てくる可能性も無きにしも非ずです。(なるべく弾きますし叩きます(笑))
ただ、今回のアルバムは"僕の演奏をしたいアルバム"ではなく、"音楽を聴かせたいアルバム"なんだ、という所でご理解頂けますと幸いです。
つづいて、曲を引用して紹介していることについて。私は新しい楽曲を聴くとき、私自身の記憶に紐付いた楽曲がどうしても頭に浮かんできてしまう性質だ。それをそのまま開示しているだけであり、ネガティブな指摘を行いたい意図などは微塵もない。また、引用紹介しているDEZOLVE楽曲は断りのない限りすべて山本さん作曲のものである。
前置きの最後に、この記事について。この記事はレビューを謳っているが、本アルバムを聴いて私が何をどう感じたのかを書き連ねることを目的としている。そのため、作品の「評価」は全く行っていないし、「紹介」も主眼とはしていない。先述の通り私は氏のファンである。私にとっては、氏の音楽活動が喜びであり、この作品の存在が幸せである。客観的な「評価」をすることなどもはやできない。
それでも、どんな形であれ作品に対する思いを形にすることが、作品の受け手にできる感謝の示し方であると信じているし、この作品がより多くの人に届くことを願ってこの記事を書いている。
以上が前置きになる。文体だけは第三者でも読めるように整えているが、ごく私的な感情や体験を書いているに過ぎない。しかし未聴の方でも私の聴取体験が想像できるように筆を尽くしたつもりである。寛大な心で読んでいただければ幸いだ。
1. Prototype
Maoki Yamamoto (Drums, Synth Programming)
Shoya Kitagawa (Electric Guitar)
Jun Tomoda (Electric Piano)
Ryosuke Nikamoto (Electric Bass)
1曲目は山本さんの所属バンド・DEZOLVEの音楽イメージに最も近い、テクニカルでエレクトリカルでメロディアスなフュージョン楽曲。ギターとピアノもそれぞれDEZOLVEの北川さん、友田さんの演奏だ。私にとっては非常に耳馴染みのよい楽曲であった。
タイトルの「Prototype」は、原型・見本・試作品などを表す語だ。楽曲を聴いていると、2021年の山本さんが最も身軽に作ることができる(もしくは、できた)フュージョントラックであるように感じた。
楽曲の中身はDEZOLVEの楽曲の引用にも感じる部分がいくつかある。Aメロ(Verse)の16分音符で食ったシンコペーションやサビ(Chorus)の雰囲気は3rdアルバムの楽曲「Shaping the Future」を感じるし、ピアノソロの音色は2ndの「Distance to the Light」のピアノの音色と共通している。4:30~のサビ(Chorus)は5thの「Frontiers」を彷彿とする。
注目したいのが5:06から始まるドラムソロ。手数が非常に多いテクニカルなドラムソロだが、実は山本さん作曲のDEZOLVE曲にはドラムソロが入っている割合があまり高くない。この曲は個人プロジェクトの楽曲なので、自己紹介の意味もふくめて取り入れたのだろうと感じた。
特に5:20頃からバスドラムを織り交ぜた高速3連譜の特徴的なフレーズが続く。ここは片手で自撮り棒を持ちながら(あるいはドリンクを飲みながら)ドラムソロを演奏する氏のライブパフォーマンスを想起した。なお、このフレーズがDEZOLVEの楽曲で取り入れられることは非常に稀である。
そうした要素から『ほんの名刺代わりの楽曲』という感想に至った。
発売直前の2021年8月23日に氏がリモート出演されたラジオ番組「アフター6ジャンクション」にて本楽曲のライブ録音が放送された。正確な発言は覚えていないが、本楽曲について『自己紹介のような曲』と本人が述べていたので、あながち間違った認識ではないかもしれない。
2. Dawn ~ Sunrise Avenue
Maoki Yamamoto (Drums, Flute, Synth Programming)
Hidetoshi Suzuki (Electric Guitar)
Tomoyuki Mori (Electric Piano, Synth)
Kaoru Yamauchi (Electric Bass)
タイトルのとおり、1日の始まりを感じさせるような夜明けの爽やかさと快適な空間を思わせるようなピースフルなラウンジ感にあふれたお洒落な楽曲。
ベルを交えた力強くも懐かしいピアノサウンドから、ストリングスにフルートのハーモニーのイントロ。ややスローなテンポにシンプルなギターカッティングが乗り、朗々とメロディを歌い上げ、景色が一面オレンジに染まってゆく。サビ(Chorus)ではギターとシンセがユニゾンで仲良くメロディを奏でるのがピースフルで気持ちいい。
この楽曲のサビ(Chorus)では16小節の短い区間でキーが「in A→F#→Eb」と切り替わってゆき、繰り返されるセクションでは「in A→F#→Eb→A→F#→Eb→…」と循環してゆく。この展開で真っ先に思い浮かぶのが、4thアルバムの楽曲「Clover」だ。5→6Mという進行に合わせ6で転調する通称「ポンポン転調」はDEZOLVEブログにて山本さんが紹介していた「好きな転調」の代表格であり、本アルバムでもふんだんに取り入れられている。なお「Clover」は「Dawn〜」よりも細かく転調が繰り返される楽曲で、山本さんがDEZOLVEのライブMCにて『DEZOLVEで書いた曲の中で一番気に入っている楽曲』と何度か述べている楽曲でもある。
私はこの展開のサビ(Chorus)を繰り返して楽曲を終える雰囲気から、『ああ、Cloverが好きだと言っていたのは本当だったんだな』という感想に至った。好きなアーティストの好きなものを知れることは大きな喜びである。
3. Curse of the Pharaohs
Maoki Yamamoto (Drums, Organ, Synth Programming)
Haruka Sakamoto (Electric Guitar)
Igo (Electric Bass)
往年のロックを感じさせる力強いビートの楽曲。シタールやタブラのような音が異国情緒を漂わせている。変拍子的に拍が消失している箇所が多々あるがエイトビートを基本としており、全体としてはかなりシンプルめの構成になっていて、ギター・ベース・ドラムの演奏を純粋に楽しむことができる楽曲だ。ギター→ベース→ドラムの順にソロをとっており、ギターソロもベースソロもDEZOLVE楽曲に比べるとだいぶ「やんちゃ」な雰囲気で、プレイヤーの違いを感じるプレーであった。ドラムソロはかなり激しめで、氏の楽曲のなかではこれも珍しく感じた。
さて、この楽曲に感じたことは2つある。1つめは「泉さんっぽさ」だ。「泉さん」とは長年コナミにてゲーム音楽の作曲を手掛けていた泉陸奥彦氏のことを指している。泉氏はプログレやハードロックが主な作風で、民族的なテイストの楽曲も多く制作していた。この楽曲の雰囲気から泉さんっぽさを感じるに至った。
なお、山本さんは泉さんとBEMANI ROCK FES'16 というライブで2016年7月10日に共演している。特に後半戦の「Mighty Wind」という楽曲にて激しいソロバトルを繰り広げていた。執筆時(2021年8月末)から約5年前に行われたこのライブが、私にとって山本さんの生演奏を初めて見たライブであった。私が山本さんを知ったきっかけがBEMANI(コナミの音ゲーブランド)だったのも相まってこうした感想を抱いたのだった。
2つめ。この楽曲は『わかりやすい』。異国がテーマで、サウンド面でも構成面でもかなりわかりやすく作られており、アルバムの中でも(M-10 Dewdropを除いて)一番短い曲になっている。近いテーマでは5thアルバムの インドがテーマの「Hidden Sanctuary」が筆頭に来るが、楽曲の作られ方としては同じく5thの「Solitary Ghost」のほうが近いと思う。「Solitary〜」はほぼ1日でデモが完成したと言われており、本楽曲「Curse〜」もかなりのスピード感で制作されたのではないかと感じた。
4. Precious Days
Maoki Yamamoto (Drums, Synth Programming)
Masato Honda (Soprano Sax)
Shoya Kitagawa (Electric Guitar)
Akinori Honda (Acoustic Piano)
Takuma Kaneko (Electric Bass)
サックス・EWI奏者の大家・本田雅人氏をフィーチャーした、優しくポップであたたかな楽曲。
主旋律を担うのは柔らかなソプラノサックス。ピアノの温かいリフは存在感がありつつもバンドを見守っている。ギターはセミアコのような優しいサウンドでリードする。ドラムが生み出すミドルテンポのエイトビートは華美な修飾を避け、裏方に徹している。オケは穏やかなストリングスに、かわいいグロッケンの音とピチカートが重なる。どこか気の抜けたシンセの電子音は聴くものの気分を和らげてくれる。
私は本アルバムの中でも特にこの楽曲が好きだ。この楽曲は私に豊かな感情をもたらしてくれた。
1つめ。この楽曲に対し、私は『歌心』において非常に共感を覚えた。
私はメロディーへの感性や意識だったり、メロディーに対する根源的な嗜好のようなものを「歌心」と呼んでいる。この楽曲のサビは私の歌心にぴったりはまる形をしている。
「歌心」のような抽象的なものに共感した理由を述べるには、私自身がどのように音楽を聴いているかを表明する必要がある。私は楽曲を聴く時、脳内でギターのフレットを押さえることでメロディーとハーモニーを捉えており、ハーモニーとメロディーの運指の気持ちよさ(=手触りの良さ)をメロディーとハーモニーの良さに変換して認識している。
この楽曲のサビを聴いたとき、私の脳内ギターはハーモニーとメロディーを完全に捉えた。つまり、手のひらにしっくりくる形をしている、気持ちの良いハーモニーとメロディーなのだ。
「1→7→3→6→5→1→4→3→2→5」というコード進行はポップスの文脈で、アニソンでも頻出する進行だ。裏拍のキメを多用するのもポップスらしさを感じる。以下の演奏動画を見ていただき、なんとなく私が言っていることの雰囲気が伝われば幸いだ。(後日演奏動画をここに貼る)
2つめ。『素直な心』。すごく大人びたイメージを感じる。
素直なメロディだったりコードだったりというのは、普段のDEZOLVEの楽曲ではなかなか見られないものだったりする。こうして直球で歌心に訴えてくるような楽曲が生み出されたことが無性に嬉しく感じてしまう。
3つめ。私のこの楽曲のイメージは『放課後』である。
A、Bメロのほんわかした感覚や、全体を通底する優しさから「放課後」というワードが脳に浮かんできたのだった。
これは私自身の学生時代の経験に基づくというよりも、ゲームやアニメ作品などの放課後シーンの記憶に基づいているかもしれない。パッと思い浮かんだ脳内の放課後シーンに流れていたのが、『大図書館の羊飼い』という美少女ゲームの「Comical Oasis」という楽曲だった。放課後の部室でわいわいじゃれ合っている光景が目に浮かぶような楽曲で、私のお気に入りだ。
4つめ。『リスペクト』。私はあまり本田雅人氏に詳しくないのだが、おそらく本田雅人氏をリスペクトした楽曲なのだろうと思っている。
2021年8月17日、DEZOLVEは本田雅人氏をゲストに迎え、ブルーノート東京にて公演を行った。 実は本公演にて『In My World』から本楽曲「Precious Days」とM-8の「Little Universe」が初演されたのだ。私が観覧した第2部のMCにて、本田雅人氏が山本さんのソロアルバムの楽曲について「どこか自分の楽曲の作風っぽいけど、愛を感じるのがいい」と言及している。一方の山本さんは「本田さんのメロディーを輝かせるように意識して作った」という内容の発言をしていた。本公演で演奏された本田雅人氏の楽曲ともテイストが近かったことも鑑みるに、本楽曲は本田雅人氏への相当のリスペクトが込められているのだろうと感じた。こうした作風も山本さんの音楽ルーツのひとつなのだろう、と知れたことを私は嬉しく思った。
5. Symbiosis
Maoki Yamamoto (Drums, Synth Programming)
Shoya Kitagawa (Electric Guitar)
Jun Tomoda (Electric Piano)
Ryosuke Nikamoto (Electric Bass)
クールでテクニカルな近未来型フュージョン楽曲。演奏陣もM-1の「Prototype」に引き続きメンバーで固めており、DEZOLVEの音楽イメージに非常に近い。
この楽曲もM-1で紹介した3rdアルバムの楽曲「Shaping the Future」と5thアルバムの楽曲「Frontiers」を強く思わせる楽曲だ。特に、Aメロ(Verse)の16分シンコペーションのキメは「Shaping〜」、サビ(Chorus)は「Frontiers」がほぼ直接使われている。さらには後半の4:55からは「Shaping〜」のギターソロのヤマ場の超速アルペジオとほぼ同系のギミックが使われている。このあたりから、もしや意図的に引用した楽曲なのではないかという考えに私は至った。
楽曲タイトルのSymbiosisとは共生を意味する語、であることは今調べて初めて知った。この共生というタイトルが楽曲のつくりとテーマに関係しているのかもしれない。
曲調はマイナー調でテンポも速く、全体的に音数も多く、難易度も相当高い楽曲だと感じる。その分ほかの楽曲にはないクールなイメージが強い。
AメロBメロ(Verse)から示し合わせたかのようにサビ(Chorus)になだれ込む形式。なので「Shaping〜」と「Frontiers」をひっくり返して戦わせた楽曲だと私は認識している。
感想としては、パッと聴いてとにかくノりやすくてカッコいいので、人気を集めそうな楽曲に感じた、というのが1つ。
もう1つ、『Symbiosis』の意味を知る前は文字面から「シノビ」という文字を脳が読み取ってしまっていたので、この曲は忍者のイメージがついてしまっている。侵入者の行く手を阻むカラクリが大量に仕掛けられたステージを、忍者が華麗に駆け抜けるように攻略していく景色を思い浮かべていた。各所に手裏剣が飛び交う音や長い廊下をひた走る音などを入れたい衝動に駆られてしまう。
6. Evergreen
Maoki Yamamoto (Drums, Synth Programming)
Shoya Kitagawa (Acoustic Guitar)
Jun Tomoda (Acoustic Piano)
Takuma Kaneko (Electric Bass)
聴く森林浴。スローでオーガニックなサウンドに、鳥の鳴き声がフィーチャーされている。やさしいコントラバスのピチカートに、まるっとした質感と響きが豊かなマリンバの音色が木漏れ日のように転がっていく。あたたかいピアノは水が湧く泉。アコースティックギターの鉄弦を撫ぜる音は川のせせらぎのようだ。ドラムはイントロでは金物のみを使って世界に彩りを与え、思わず鳥たちと会話している光景を思い浮かべる。
この楽曲、私はなによりマリンバの音が好きだ。森といったらマリンバである。山本さんのルーツの1つが吹奏楽だからか、マレット楽器を楽曲に使っていることがままある。マレット楽器は音圧が強い楽曲だと埋もれがちだが、この楽曲はドラムがビート刻むセクションも少なく穏やかなので、全体的に効果的にマレット楽器の音が響いている。
私は2つの楽曲を思い浮かべた。
1つはこの楽曲の瑞々しさから。やはりDEZOLVEの楽曲「After the Rainy Season」(作曲:小栢伸五、編曲:小栢伸五・山本真央樹)に思いを馳せずにはいられない。こちらは物語を含むような作りで、時間変化を伴う叙情的な美しさと力強い感情も感じるような不思議な楽曲で、私が指折り好きな楽曲だ。
もう1つはこちら。美少女ゲームで有名なゲームブランド・Keyが製作した『Rewrite』というゲームの「深層森林」という曲。このゲームがリリースされたのは2011年で、今からちょうど10年前。私も当時プレーしていた。本作は森林や自然・大地などが1つのテーマになっており、この曲がちょうど深い森に入り込んだ時のBGMとして採用されている。この楽曲にマリンバがかなり印象的に使われているのでこの楽曲を思い浮かべた。
なお私はこの楽曲に限らず本作のサウンドトラックが大好きで、10年間愛聴している。
7. Bioluminescense
Maoki Yamamoto (Drums, Electric Piano, Synth Programming)
Shoya Kitagawa (Acoustic Guitar)
Sota Morimitsu (Electric Bass)
毒々しい沼地。M-6「Evergreen」の美しい森の先へ進むと、なにやら異様な雰囲気に様変わりしてしまう。不安に思いながらも歩みを進めると開けた空間に出る。辺りの木々は背が高く、ジャングルでしか見かけないようなシダやツルのような植物が群生し、鬱蒼とした森の中には陽の光は注がれない。そんな迷いの森のなかをあてもなく進んでいくような楽曲に感じた。
Bioluminescenseとは生物発光を指す。であれば深海でクラゲなどがプカプカと泳いでいるシーンを思い浮かべるのが自然であろうが、私は何らかの化学物質が湧き出ていそうな毒の沼地を思い浮かべた。M-6「Evergreen」でRewriteというゲーム作品のことを思い出してしまったからだろうか。この作品でも森林の美しさと恐ろしさ・不気味さのようなものが対比して描写される。
この曲を聴いて真っ先に思い浮かんだのは、『スーパードンキーコング2』の溶岩ステージのテーマ(ようがんクロコジャンプ)だった。この曲はタイトルのとおり溶岩が湧き出る音が延々と鳴っている楽曲であり、「Bioluminescense」でも左右からねばり気のある水泡が立ち上る時のような音が延々と鳴っていたのでふと思い浮かべてしまった。
なお、既存DEZOLVE楽曲だと3rdアルバムより「Insomnia」が近い作りをしている。Insomniaは不眠症という意味で、山本さんが不眠症で悩んでいた時に作られた楽曲だと語られている。「Bioluminescense」と共通しているのは、楽曲を通してどことなく不穏な雰囲気が漂っていてどちらに進むのか分からないダンジョン性のようなものを感じる点である。なお私個人には「Bioluminescense」のほうが毒性強めの風景に感じている。
8. Little Universe
Maoki Yamamoto (Drums, Synth Programming)
Hiroyuki Noritake (Drums)
Masato Honda (EWI)
Shoya Kitagawa (Electric Guitar)
Jun Tomoda (Electric Piano, Acoustic Piano)
Sota Morimitsu (Electric Bass)
楽しさ全開、幸せ爆発。誰もが笑顔になる、そんな音楽。
迷うことなくこの音楽に身を委ねる。プレイヤーたちが、そして金管楽器をフィーチャーしたオケが奏でる音楽は、空間を楽しさと幸せで満たしてくれる。小さな世界がそこにはできている。こんな時間がずっと続けばいいのに、と思わずにはいられない。
M-4で述べたように、ブルーノート東京のDEZOLVE feat. 本田雅人氏の公演で本楽曲も披露された。私はこの公演で本楽曲を初めて聴いたのだったが、本当に幸せな時間・空間であったことを覚えている。
なお、公演では本楽曲の直前に本田雅人氏の楽曲「Eye Power = 10.00」が演奏された。おかげで「Little Universe」には「Eye〜」に通ずるリスペクトが(特にサビChorusのキメの部分に)あることに気付くに至った。
楽曲でまず言及したいのが、イントロのテーマが入る前などで左側で鳴っているフワフワした宇宙っぽい音。これから4thアルバム『AREA』より「Last Colony」を思い浮かべた。私がDEZOLVEのファン度合いが激烈に高まった瞬間が、AREAの壮大なスケールの物語の最後に配置された「Last Colony」をライブで聴いた時だったので、あの瞬間を思い出した。私にとって一生忘れられない瞬間なので、当時のツイートも貼っておく。
そして最も言及したいのが、私が思う本楽曲の最大の特徴である、どこまでもハッピーなメロディーだ。
M-4でも述べたが、メロディーを「良い」と思った理由を言語化することは一般に困難を極める。幸い、私は和音楽器はギター、旋律楽器はクラリネットなどの木管楽器をある程度扱えるので、メロディーやハーモニーを自身の中でトレースすることで「手触り」として捉えることができる。
本楽曲「Little Universe」の特にサビ(Chorus)のメロディーは、クラリネット・サックスといった木管楽器で演奏すると、最も気持ちの良い音域で鳴ってくれるうえ、運指としても無理が少なく難易度も低めなので、たいへん気持ち良く演奏することができるのだ。
本アルバムにクレジットされているように、山本さん自身もフルートやEWIといった木管系楽器を演奏される。これらのことから、おそらくメロディー奏者が演奏する楽しさを優先的に考慮して作られた楽曲ではないかと思っている。演奏者の楽しさがリスナーの私にも伝わってきているのかもしれない。
この記事を書くまでに10回ほど本楽曲を聴いているが、そのうち3回くらい涙をこらえきれずに泣いた。純粋なメロディーは私の心を大きく揺さぶった。私はこの「Little Universe」がいつの日か「宝島」のような曲になる未来を夢見ている。
本当は宇宙テーマの山本さんの既存作品(「CAPTURING XANADU」など)との照らし合わせや、則竹裕之氏とのツインドラムの素晴らしさも1つ1つ語りたかったのだが、長くなったのでここで区切ることにする。とにかく幸せな音空間が作り出されていることに私は感謝するばかりである。
9. In My World
Maoki Yamamoto (Drums, Acoustic Piano, Flute, EWI, Orchestral Percussion, Synth, Orchestral Programming)
Shoya Kitagawa (Electric Guitar, Acoustic Guitar, Orchestral Programming)
Kyoji Yamamoto (Electric Guitar)
22分55秒間の抽象世界。
この曲にジャンルはつける必要はない。
そして、(作者の希望があれば別だが)何らかの解説が付される必要もない。
料理に例えると少しだけわかりやすい。通常の楽曲は「味噌ラーメン」「しょうが焼き定食」のように、料理そのものやいくつかの料理をまとめて提供する形態(定食など)に名前を付与されているが、この楽曲を料理で言えば、料理のお皿や品目という単位や前菜・メインディッシュのような料理の分類が存在しない、一連の食事体験に該当する。
食事の最中、どこかにステーキ肉は存在していたかもしれないが、この食事全体を「ステーキ」と名付けることはできない。まして、この食事に対して「牛肉の味がした」というような事実を断片化しただけの感想はあまり意味を成さないだろう。
私はこの曲に対して何をどう書いたものかしばらく考えた末、In My WorldにはIn My Worldで返すしかない、という発想に至った。
以下の物語は、私が「In My World」をくりかえし聴くなかで、私の中に出来上がった物語である。
暖かな日差しのなかで始まる物語。
ベッドから目覚めるのは主人公。
豊かな自然の故郷。木々や鳥たち。清らかな川の流れ。
旅立ちの日が来た。
ここでタイトルが画面に現れる(1:08)。主人公は何を目的に、どんな旅を巡るのか。
里から一歩外に出れば、広大な世界。草原、砂漠。未知の生き物たち。まだ見ぬ仲間たちの予感。
スネアとともに(1:40)、世界に一歩踏み出していく主人公。
世界に踏み出すため、重い扉を少しずつ開けていく(1:58)。
シタールの音色(2:11)は主人公を助けてくれる使い魔のような存在。気心の知れた相棒。彼はドラゴンを自称している。
二人きりの冒険が始まる。暗い夜でも相棒がいれば孤独なんか感じない。
やがて景色が開ける(3:15)。未知の遺跡。文明と機械の街。見上げるほどの大きな城。
そして近づく魔物の気配。戦闘がはじまる(3:35)。
はじめての戦闘。命のやり取り。速まる鼓動。
現れる突然の強敵。ダンジョン(4:02)。
早いマレットは激しい敵との戦い。そしてダンジョンのギミック(4:20)。
剣戟を超え、大地を超え、新たな場所を目指す(4:26)。
物語の本編が始まる(4:35)。雄大なストリングスとリードギターが、主人公たちが越えてきた冒険の過酷さを思わせる。頼れる仲間も次第に増えていった。彼らは強くなっていった。
空にかかる橋。意気揚々と進む(4:55)。太古に滅びた未知の文明。
見たこともない美しい空の上の景色。遺跡の探索。やがては伝説に残る宝を見つける。しかし、古代都市が宝を守っていた。
招かれざる客は古代の神々の怒りを買ってしまった(5:55)。
怒れる神々、荒ぶる古代の文明の遺構。
崩れ落ちる遺跡から脱出しながら、繰り広げられる激しい戦い。死闘。
絶体絶命の危機(6:52)。
死を覚悟したその瞬間。奇跡が起きた。
目の前には光輝くドラゴンが立っていた。
相棒のドラゴンという自称は嘘ではなかったのだ。
相棒の背に乗って空を飛ぶ(7:15)。
最大のピンチを乗り越えた一行。しかし、相棒の容態は深刻だった。
相棒との別れ(7:34)。フルートの悲しさを秘めた音色。
新たな決意を胸に、悲しみを乗り越えてゆく。
アコギの音色(8:33)は優しさを教えてくれる人。志を共にする仲間の存在。主人公は一人ではない。
それでも彼らには目指すべきところがある。そこに向かって進まねばならない。
新たな冒険(9:26)。相棒の仲間のドラゴンが新世界に連れ立ってくれる。
竜の背に乗る。目を見張る美しい夕空。
まわりにはたくさんの竜たちが鳴いている(9:50)。空は燃えるように赤い夕焼けに支配されてゆく。絶景だ。
ごつごつした岩が続く荒野を飛んでゆく。
世界にはたくさんの仲間達がいる。荒野や砂漠が延々と続く、こんな大地にも。悲しくてやりきれなくても世界は美しい。
海際(10:55)。星の輝く夜。穏やかな汀。
不穏な空気。忍び寄る危機を知らせようとする相棒の天の声(11:35)。
突然、異界からの敵意(11:48)。
平穏を軽々と壊し、瞬く間に辺りを変貌させてしまうほどの大きな力。
怒れる存在(12:20)、破壊者。絶望をもたらす者。大いなる戦いの予感。
火山(12:50)。激しい戦い。
成長を遂げた主人公たちと、桁違いの力を持つ存在とのスペクタクル。
圧倒的な力に挑み続ける一行。しつこく食い下がる彼らに、大いなる存在もしびれを切らす(14:00)。
場面を変え続け、それでも諦めずに戦いは続く。
相棒の声(14:30)。古代遺跡で手に入れた宝が、主人公たちに味方する。
形勢が変わる(14:58)。彼らのすべてをかけた渾身の一撃を叩き込む(15:09)。
(15:26)
ーーーあれからどうなったのだろう。目覚めると、あの日と同じ朝。
どうやら決着はついたようだ。世界の脅威は彼らの手によって取り除かれた。彼らの旅は終わったのだろう。
彼らが求めたものは手に入ったのだろうか。大きく成長した主人公。世界を救った英雄。
仲間との再会(17:00)、愛しい人からの抱擁(17:28)。世界のすべてが主人公を祝福する。
さあ、故郷に帰ろう。凱旋だ。
(18:00)
エンディング。クレジットが流れてゆく。
戦いのシーンのハイライト。激しい戦い。
故郷の凱旋パレード。
旅には楽しい思い出があったことも忘れてはいけない(18:37, 18:53)。
そして大切な相棒の存在(18:46)。
シンコペーションがエンディングの終わりを思わせる(19:18)。
再び美しい世界にカメラが切り替わる(19:27)。この世界で彼らの人生は続いていく。
最初の目的を思い出す。成し遂げたことの喜びが今一度最大化する(20:29)。
こうして主人公たちの旅は語り継がれてゆくことになっていった。
旅で出会ってきた人たち全員がハイライトする(21:18)。
長かった物語も本当に終わりを迎える。終わるのが名残惜しいかのようにテーマが繰り返されてゆく(21:20~)。
光に包まれていき、物語は終わる。
10. Dewdrop
Maoki Yamamoto (Acoustic Piano, Orchestral Percussion, Synth, Orchestral Programming)
「In My World」の後日譚。
前作のあらすじ。今となっては忘れ去られて久しいが、かの英雄の冒険はそう、確かにこの場所で始まったのだった。
砂の中に埋もれた歴史。それを掘り起こすのは、新たな主人公。
彼もまた、新たな運命の物語に巻き込まれてゆくのだろうか。
ここで本が閉じられる。
おわりに
本作『In My World』は、たくさんの景色を見ることができるとても幸せなアルバムだった。また新しい景色が見られることを心待ちにしている。
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