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『ファイナル・デスティネーション』のトニー・トッド

『ファイナル・デスティネーション』シリーズは『ソウ』シリーズ3作目以降に次ぐ惨殺ピタゴラスイッチが爆裂するお気に入りの作品だ。
(『ソウ』がピタゴラスイッチを始めるのは3作目からと断言する)

拷問ポルノブームが去った今でも、惨殺ピタゴラスイッチとかタイムリミット惨殺システムはホラー映画の一端を担う、重要なプロットになっている。
『ファイナル・デスティネーション』1作目の学校の先生がくたばる場面は名場面だろう。(一番は続編『デッドコースター』のオープニングなんだけど、あれはなんか賞を獲ってしまったので別格)

「無茶苦茶じゃねぇか!!!」

いくらシリアスな死にっぷりでも、もはやコント。何回観ても楽しい。そんな『ファイナル・デスティネーション』で一人だけ、気炎を吐いているのがトニー・トッドが扮する変な葬儀屋(?)だ。

What you have to realize is that we're just a mouse that a cat has by the tail, every single move we make from the mundane to the monumental, the red light that we stop at or run, the people we have sex with or won't with us, the airplanes that we ride or walk out of, it's all part of Death's sadistic design. Leading to the grave.

人間は尻尾を猫に噛みつかれて足掻くネズミのようなものだ。我々の日々は決断の連続だ。赤信号で止まるか、進むか。セックスするか、しないか。飛行機に乗るか、乗らないか。それは全て死のサディスティックな筋書きだ。墓場へと続く……。

『ファイナル・デスティネーション』(字幕が気に食わないのでオレ翻訳)

ああ、なるほどなと。まあ楽な死に方なんてないだろうから、そうなんだろうな。

しかし、サディスティックをちゃんと翻訳に入れると、シリーズ通しての人々の死に様が甘美なものに映るなあ。

2作目以降の彼は、登場の仕方があまりにも不自然でいけてないんだけど、この時のトニー・トッドはよかった。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/死霊創世紀』(1991)や『キャンディマン』(1994)に出てから、どーもホラー味が付きすぎて何か可哀想な役者になってしまったような……。似合っているからいいんだけれど。

ところで、字幕!ちゃんと訳せよ!セックスを「女と寝る」とか訳すな!男かもしれねぇだろ!

字幕で映画を観ていると、妙な意訳が気になって仕方がないもんです……。

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