自分は気分屋と思うことほど危険なことはない。

本を読みたいので本を読む。
何の本を読むか、それはあまり問題ではない。
東浩紀のエッセイを買った。忘却にあらがう、という本で、時事問題を扱っている。見開き1ページに1つの内容を扱っていて、読みやすい…はずなのだがあまり読む手が進まない。なぜだろう。
インプットが少ない状態で、曲がりなりにも千字のノートを更新するのもなかなかに骨なので、何かしらいれようと思う。
最近その数少ないインプットで行っているのが、コロケーションの勉強である。一日十個の熟語を単語カードにまとめて、土日にざっくり復習している。
結構おもしろい表現が多い。語源から学べるスタイル。
知っている表現もあれば、全く知らない表現もあって、ネイティブの友達に使うかどうか聞いてみたら普通に使うらしい。少し感動した。
ツイッターでは楽しいことをつぶやいている。
歯磨き・洗顔・シャンプーを時間をかけておこなうとか、楽しい。
電動歯ブラシを昔コンビニバイトしていた時に、同僚のおばさんがおすすめしてきたけれど、あまりしっくりこなかった。
はみがきこは特にこだわらずに安いやつを使っている。何かそれも変えてみてもいいかもしれない。
髭剃りも結構楽しい。髭剃りは、大学の時はずっと電動を使っていたが故障してしまった。その辺で売っている五枚刃を使っていたけれど、何かの動画でみた、一枚刃のひげそりが気になって買ってみた。これがなかなか楽しい。
けっこうそり負けをするので、修業が必要な気がする。あとはなんだろう。革靴を磨いたりすることと、皿を洗うことも楽しい。
皿を洗う時一度に全部洗うのではなく、まずコップからあらったり包丁からあらったり、そういう仕分けのような作業が楽しい。
整理整頓がそんなに得意な方ではないのだけれど、食器は家の中で場所や処理の仕方が明確になっているので、僕でも行うことができるのかもしれない。
大学の時、下宿をしていたけれど、自分の部屋はカオスな状態だった。
片づけられない。片づけようとする気が起こらないという方が正しいのかもしれない。その都度行動することが大事なんだけれど、それが全くできず、たまってしまって、嫌になってまとめてやろうとして、結局一つの場所を綺麗にするために二つの場所が汚くなるような悪循環をしていた気がする。
ミニマリスのみたいな考え方というのは重要なのかもしれない、と思いつつまた読みもしない本をぽちってしまっている。

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