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【lalanoiインタビュー】緻密なサウンド空間は「ループ」の中に――実力派プロデューサーが目指す未踏のベースミュージック

※この記事は2023年11月をもって閉鎖した音楽メディア・Soundmainからの再掲記事です。連載企画「エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて」では、2021年10月から2023年6月にわたり、DAWを主要機材として先鋭的な音楽制作に取り組む若手アーティスト全17名(番外編含め全18回)にインタビューを行いました。主に作り手に向けて、詳細なDTM Tipsを取り上げる企画ですが、音楽的な原体験や制作哲学なども含め、ほぼ毎回1時間強お話を伺っています。
今回は、DTM集団happagreenのメンバーであり、昨年11月にはtofubeats主催のDTMドキュメンタリー番組「TTHW」でも技術を披露し話題となったトラックメイカー・lalanoiさんの記事を再掲。

(初出:2022.3.11)

連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。

第7回のインタビューは2019年より現在の名義で活動を始めたlalanoi。〈AlphaVersion Records〉や〈windjammer〉、〈Halcyon〉、〈Secret Songs〉など国内外のレーベルやコレクティブからリリースを重ね、星宮とと+TEMPLIME『HYOJO』やMaria Domark『Flawless』のリミックスに参加するなど、ベースミュージックやエクスペリメンタル・エレクトロニック・ミュージックのシーンで注目を集めている。

粒立ったパーカッシブなサウンドがトラック空間を埋め尽くす、異質ながらも心地良いベースミュージックの新境地を見せるlalanoi。その巧みなDTMテクニックのルーツや手法、また現代のプロデューサーが集うコミュニティの話までたっぷり伺った。

ガジェットから始まった、ループありきの作曲方法

―はじめに音楽を作ろうと思ったきっかけは何でしたか?

いわゆる電子音楽にはずっと関心がなかったんですけど、中学生の時にニコニコ動画で見た「【ファミマ入店音】ファミマに入ったらテンションがあがった【Remix】」という動画から、電子楽器のガジェットに興味を持つようになりました。それからいろんなガジェットのレビューを見て、結局kaossilator 2Sという手のひらサイズのガジェットを買って。曲を作るというよりおもちゃ感覚で遊んでいましたが、それにAbleton Liveの体験版が付属していたのがDAWに触る最初のきっかけでしたね。

―最初はガジェットから入ったんですね。

ガジェットは好きだったんですけど、すぐに壊れてしまったので使わなくなりました。高校に入ってAbleton Liveで打ち込みを始めるようになってから思ったのは、kaossilator 2Sでできることは全てDAWでできるな、と(笑)。でも、しばらくはkaossilator 2S的な作曲方法から抜け出せなかったんですけどね。

―「kaossilator 2S的な作曲方法」とはなんでしょうか?

kaossilator 2Sって一定のループにひたすら音を重ねていくようなガジェットで、ループの中で完結させることしかできなくて。音を引いて展開を作ることもできないので、たとえば1万回ループさせて終わり、みたいな遊び方しかできないんです。その感覚でAbleton Live上でも部分的にループさせる機能を使って、数小節の範囲だけをひたすら作り込んでいく方法で作曲を始めました。

当時はただの趣味だったので曲を完成させる気もあまりなくて、ワンループだけTwitterにアップして満足していました。だから、数小節だけ作り込んだプロジェクトファイルが無数にあって、曲として成立しているものは一つもないという状況で(笑)。

―lalanoiさんの緻密な音の詰め方はkaossilator 2Sの仕様にルーツがあるのかもしれませんね。DTMを始める際に特に影響が大きかったアーティストはいますか?

KOAN Soundの『Polychrome』というアルバムは最初に聴いた時にグッと惹かれて、こういう音楽を作りたいと思った作品です。ニューロベースやグリッチのサウンドをすごく複雑に組み合わせていて、他にない作品だったと思います。

制作の面で特に参考にしたのはMr.Billです。「彼のチュートリアルがすごい」とTwitterのタイムラインに流れてきて初めて知ったのですが、使っているDAWが同じだったのですごく勉強になったし、曲も当時からずっと聴き続けています。

未踏の音楽は「how to ジャンル名」を経て

―初期の楽曲はインダストリアルなベースミュージックという印象で、だんだんベースミュージックの型から外れたような音楽に変容しているように思います。現在ではかなり柔らかな質感の楽曲も作られていますが、その変化についてご自身ではどのように捉えていますか?

YouTubeで「how to ジャンル名」で調べると、ジャンルごとの音楽の構造を解説している動画がありますよね。最初の頃はそれらをとにかく一つずつ模倣していったことで、フューチャーベースやトラップ、ダブステップなどのいろんなジャンルの作り方を学んでいったんです。そのおかげで基礎ができたように思いますが、どんなチュートリアルを見ても作り方が分からない音楽ってまだまだあって。やっぱり自分も、調べても分からない音楽を作りたいというか、特定のジャンルに縛られないものを作りたいな、というのでエクスペリメンタルな方向に進んでいったように思います。

それと好きな雰囲気の音楽というのは昔からあって、技術が上がってきたことでその雰囲気に近づくことができているようにも思います。〈windjammer〉の『Migratory Bird』に提供した「empty」という曲は、そういう意味で「やっと形にできた」という作品でもありました。もともとエモーショナルな質感のものが好きなんですよね。

―エモーショナルな質感というと、どのようなアーティストが挙がりますか?

Tennysonというデュオの「All Yours」という曲は自分の中で憧れとしている曲の一つです。ドロップの作り方もすごいんですけど、自分が大事にしたいサウンドの質感を持っているというか。作曲配信もやっているのでそれもよく見ていますね。

それと「empty」を作る際に参考にしたのはSebというアーティストでした。エレクトロニカの要素もあるけどベースミュージック的なグラニュラーシンセの使い方もしていて。その塩梅がすごく面白いんですよね。

こうした明確にジャンルが定義できない音楽を作るアーティストが増えているような実感もあって。自分が好きだったり方向性が似ていたりするアーティストって、最近はDiscordのコミュニティから出ている人が多いなと思っています。

―Discordですか。それは気になる話です。

例えば、海外のトラックメイカーで構成された〈Etherea〉というコレクティブが自分は好きなんですけど、これはSoundCloudで繋がった人たちがDiscordのサーバーで集まっていて、独特の共通した質感の音楽を作っているんです。

また、先ほどのSebが入っている〈UPSCALE〉というベースミュージック寄りのレーベルがあるんですけど、そこのDiscordサーバーだと、毎日一つずつ15秒のトラックをアップする「e-veryday」というプロジェクトがあって。コミュニティ内でトラックメイカーたちが切磋琢磨することが目的になっているようにも見えて、すごくいいなあと。

―Discordサーバーで新たな音楽が培養されているというのは、いかにも2020年代という感じがありますね……。lalanoiさん自身もそうしたコミュニティに入っているんですか?

参加しているサーバーもあるんですが、海外のサーバーだとどうしても言語の壁を感じるんですよね。日本にもトラックメイカーのコミュニティはあると思うのですが、まだ自分の居場所になるようなところは見つけられていなくて。交流したり合作したりする場所は欲しているんですけどね。

「ベースが無くても成立する」lalanoi式ベースミュージック

―先ほど「how to」に縛られたくないというお話があった直後で大変恐縮ですが、この企画の本旨でもある具体的なサウンドメイクについても伺ってよろしいでしょうか(笑)。lalanoiさんのサウンドでは粒だったパーカッシブなウワモノが非常に印象的ですが、その制作について教えていただけますか?

全然大丈夫ですよ(笑)。僕の曲は半分以上がカットアップという手法でやっていて。自分は鍵盤を弾けないので、まずはコードを自動演奏してくれるアルペジエイターを使って、ランダムにMIDIを吐き出してもらいます。それからオーディオに変換して、気持ちよく聞こえる箇所をカットアップして並び替えていくというのが基本的な作り方ですね。

音のバリエーションを出すために過去に作ったワンループの蓄積を掘り出すこともあって。フリーズ化したデータが何年分も残っているので、「こういう音がほしいな」と思ったら探しにいく、という感じです。

―なるほど。曲中の多様な音色も特徴的ですが、使っているシンセやエフェクトなども教えていただけますか?

シンセは基本的にSERUMだけですね。エフェクトはAbleton Liveに内蔵されているものだとグレインディレイやボコーダーあたりは重宝しています。前者は遅れて聞こえてくる音のピッチやフリクエンシーを、後者はフォルマントを調整できるんですけど、メロディを破綻させずにより複雑なサウンドを作ることができるんです。あとはプラグインだとValhalla Space Modulatorも使っています。

カットアップしたオーディオにこれらのエフェクトをかけて、またさらにオーディオ化してエフェクトをかけて……と何重にも処理しているので、正確には何を使っているか分からなくなっているんですけどね(笑)。マンネリ化しないためにも毎回新しい質感のサウンドを作ることは心がけています。

―ちなみにウワモノとベースはどちらから作り始めていますか?

大体の場合、ウワモノを最初に作ってからドラムを足して、最後にベースを加えるという手順ですね。とにかくベース以外を作り込んで、最悪ベースがなくても成立するような曲にしたいというのが自分の基準としてあって。

―それはワンループだけを作っていた時からそうだったんですか?

そうですね。最初にベースミュージックを好きになったのがニューロベースだったんですけど、ニューロベースって、ベースがいろんな音域を補完しているんですよね。ベースがキックの代わりになったり、パーカッションやウワモノの役割も担ったりするんです。そういった音楽から入ったので、ベースとその他の境目が分からなくなるように、いかに馴染ませるかということをよく考えています。

―lalanoiさんの楽曲ではウワモノがベースを牽引するような瞬間があると感じていたので非常に納得しました。他の楽器だとストリングスなども使うことがありますが、音源は何を使っていますか?

生楽器類はSonatina Symphonic Orchestraというオーケストラ音源かAbleton Liveの内蔵音源です。自分がストリングスを使おうと思ったのはIglooghostの『Lei Line Eon』だったと思います。作風と楽器のチョイスがマッチして独自のサウンドになっているのに影響を受けていますね。

メタルへの憧憬とこれからの活動

―「電子音楽にずっと関心がなかった」と仰っていましたが、DTMを始める以前はどのような音楽を聴いていたんですか?

中学生の頃はNine Inch NailsやSlipknot、Asking Alexandriaなどのインダストリアルロックやメタルコアばかり聴いていて。今の自分の音楽性に反映されているかは分からないですけど、メタルの細かく音を詰め込む感じとか、エクストリームな方向性というのは影響があるかもしれません。バンド・サウンドの要素を取り入れて作曲してみたいという気持ちはあって、何回か作ろうとして断念しているんですよね(笑)。

―ヘヴィなバンド・サウンドが好きだとは驚きです。

DTMを始めてからは、Nine Inch NailsのTrent Reznorのソロ作品もよく聴いています。彼は映画音楽の仕事もしていますが、『ソーシャル・ネットワーク』のサントラは、映画を見て「Trent Reznorっぽいな」と思ったら、本当にTrent Reznorだったんですよね。本人のアーティスト性がスコアに現れているのに、映画本編を邪魔していないのが本当にすごいなと。

あとは Strapping Young LadのDevin Townsendのソロ作品も何周もするくらい好きですね。エレクトロニックとかいろんなジャンルをかけ合わせて独自の雰囲気を作るのがすごくうまいんですよね。最近はこういう音楽を作りたいと考えることもあります。

―意外な方面からもインスピレーションを受けているのですね。最後に、今後の展望などあれば教えてください。

自分はずっと趣味でここまでやってきた感覚があって。専業でやっている方ほどシビアに将来を考えているわけではないですけど、これまでシングルしかリリースしていないので、EPを作りたいと思っています。10分近くのすごく長い曲で構成されたような、長く聞ける作品を作ってみたいですね。

あと、先ほども話に上がりましたが、Discordサーバーなどのオンライン・コミュニティを通して他のトラックメイカーたちと曲を作りたいですね。できれば国内の人たちと意見交換や合作ができるようなコミュニティに関わりたいなと。

―そこから新たなシーンが生まれてくることを期待しております。本日はありがとうございました!

lalanoi プロフィール

https://twitter.com/lala_noi

取材・文:namahoge(@namahoge_f

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