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母と神さま

母は宗教に入って変わった。





何かがあったわけでは無く、生来の性質なのだろう。
母はしょっちゅうヒステリックになりそのたびに父に当たり、真面目な仕事人だった父はそれが原因で精神を病み、私が小学校に上がる歳に消えてしまった。

それから当たり前のように生活が苦しくなった。母は昼夜を問わず酒を飲むようになり、時々出かけてはどうにかして金を工面しているようだった。

そして母の標的は私となった。母のヒステリックは日に日にひどくなっていき小学校高学年の時には殴られも怒鳴られもしない日は無いほどになった。

テストで悪い点を取れば「私のせいで勉強ができないのかっ!?」
テストで良い点を取れば「私への当てつけかっ!?」
つまり理由は何でも良かったのだろう。小学校6年生のころにはテストで70点の半ばを取るというくそみたいな特技を身に着けていたし通知表はほとんどBを取れるようになっていた。

化粧中の母にその通知票を見せた時の「つまらない子ね」という言葉と死んだセミを見るときと同じ目で私をちらっと見た目つきは今でも私の脳裏に焼き付いている。そうして母の折檻を免れたが深夜泥酔しながら帰ってきた母に結局わけもなくベルトで叩かれた。


母は泥酔していてもヒステリックを起こしていても顔や手といった服で隠せないような場所に傷跡を作るようなことはなく、水泳の授業はあらかじめに「この子皮膚の病気でプールの授業欠席させてあげて下さい」と釘を刺していたようでつまり私が母から受けている仕打ちに気が付く人はいなかった。

そんな日々を送り中学生になった私は相変わらずな母と相変わらずな日々を送っていた。部活にはもちろん入っていなかったが家に帰っても仕方ないのでいつも深夜まで公園や河川敷などで過ごしていた。コインランドリーは漫画もあるし暖かいので重宝していたが、洗濯物を入れるときにも取りに来た時にもそこにいた私を不審に思った客に通報されて補導されるということがあった。
母は迎えに来てくれはしたがその日の折檻が一層苛烈だったのは言うまでもないだろう。そのため長居は出来なかった。ゲームセンターや24時間営業のリサイクルショップなども通報の危険性があるため長時間居ることは止めておいていた。


その日も河川敷で川面を意味もなく見つめたりあたりをうろついたりして時間を潰し、母が働いているかもしてない23時頃に家のアパートへ帰ったと思う。

玄関のドアを開けるとそこには母が正座して座っていた。母は私が帰って来るや否や頭を下げた。所謂土下座の体制である。

私は母がそこで吐いているのだと思った。泥酔し私を怒鳴るなりなんなりするために待っていて、私が来たタイミングで吐き始めたたのだと。なんだかおえおえ言っていたし。

けれども母は吐いていなかった。それどころか「今まで本当にごめんなさい!」と、号泣し嗚咽をもらしながら言った来た。


母が泣き止むのを待ち、話を聞いてみると(今思えばこの時以前に母とまともに話したのは父が出ていく前だったと思う。)なんでもこの前仕事先のスナックに来た男性が熱心な某宗教の信者で先日付き合いでその宗教の集会に行ったのだという。そして今日もその宗教の集まりがあったのだがそこで母は目覚めたのだという。

「許してもらえるとは思わないけどこれからは心を入れ替えて良いママになれるように頑張るから」

そう言いながら微笑む母に私は同じように微笑み返した。


それから生活は一変した。
彼女はスーパーのパートを始め、アルコール依存症のカウンセリングも受けるようになった。
家にはときどきが児童相談所の職員が来るようになった。再び道を誤らないようにするために相談したのだろう。彼女の生活態度の監視や私へのカウンセリングを行うようになった。

食事も毎日三食出るようになり今までのように学校の給食のパンを隠して持ち帰ったり必要もなくなった。

骨と皮ばかりだった私にも人並みに肉が付き始めてこの前なんと校舎裏で男子に告白されるというイベントまで起きてしまった。
そのことを夕食の時に話したら喜びと後悔が入り混じった顔をしながら「これからはもっといっぱいモテちゃうわよ」と言っていた。私は言ったことを少し後悔した。

そして彼女は家の壁に15センチほどの十字架を飾るようになった。
そして朝と夜にそれを拝むようになった。朝、仕事に行く前と夜寝る前だ。
そして日曜日の朝に集会へと行くようになった。

「あなたも一緒に行ってみない?もちろん無理にとは言わないけど…」
ある日そう誘われた私は初めて行ってみることにした。

そこは私が思っていたよりもとても立派な教会だった。
ドアの高さは4メートル以上あり幅も3メートル近くあったと思う。
そしてその建物の見た目はまるで幼いころに見たヨーロッパのお城のようだった。
母に連れられ中に入るとまるで学校の体育館のような広さにベンチが並んでおり正面には大きな十字架が掲げられていた。天井付近のステンドグラスには天使や果物などが模ってありそこから差す日の光が私たちを暖かく包んでいた。

私は母の後に続いて正面にあった十字架のふもとまで来ると母がそうしたように指を組み、祈りを捧げた。



神さま、もしも本当におわしますならどうか消え去ってください。
私のお母さんを返してください。



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