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正義執行ドリルマン

 私は極めて善人だ。
ボランティア活動にもできる限り参加していたし困っている人がいたら出来る限り助けてきた。
普段歩いているときも落ちているゴミは拾うし不意に他人に迷惑をかけないよう酒もたばこもやらないし、車も買わなかった。
 そしていじめや万引きといった行動を取る人物はすべからく注意した。当然殴られたり、蹴られたりはいつもの事だ。それでも私は幼い頃の父母の教えの通り良い事だけをして来た。

 そんな生活を続けていると友人らしい友人は出来ず、接客業だとお客の迷惑行為にいちいち説教をしてしまうため自ずと他者との関わりの少ない工場勤務を一人で黙々とするだけの生活になった。
 工場へ通う途中の道も、なるべく人の少ない小路を俯いてそそくさと帰りまた朝になればそそくさと工場へ出勤する日々だ。許せないものを見ないためテレビもパソコンも、本や漫画さえ家にはなかった。

 空虚ながら波の無い日々は私の正義感を飼い殺す唯一の手段だった。

 ある日、私のもとに一本の電話が来た。それは私の父の訃報を知らせるものだった。ひどく動揺した。心の唯一の支えと言ってもいい正義の教えは父母によるものでその片方の柱が折れるというのは半身を割かれる思いだった。しかもまだ死ぬには早い歳だ。正しく生きる人が夭折するというのは心の深いところが黒いモノで満たされるような気持だった。


 しばらく放心したのち実家へと帰る準備を始めた。正直まだ動く気持にもなれなかったがそういうわけにもいかない。私は手早く荷物をまとめると家を出た。

 久しぶりに電車に乗った。

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 見渡す限りの悪がそこにあった。

 ドアの前に居座る女!足を大きく広げて乗る男!ヘッドホンから激しく音漏れする女!痴漢する男!なんか大きな声で喚く女!子供!大人!老人!人人人人!!!!!

 安寧な暮らしから急転直下、丁度ダメージを食らっていた私には電車は刺激的すぎた。脳からプチプチという小気味よい音がしたかと思うと私は閉まりかけていた電車のドアを無理やりこじ開けホームへと転がり出た。
不格好に立ち上がりそのままの勢いで駆け出し、改札を飛び越え、目の前にあった人体改造屋に飛び込んだ。

「何がお望みで?」血まみれの白衣を纏う禿頭の男が私に問う。

「この世の悪を駆逐する…この世の悪を駆逐する!」身体と精神の疲れから酸素を求めて喘ぎながらそう答えると白衣の男はニヤリと笑った。

「金ならすべてくれてやる!」そう言いながら男にキャッシュカードをくれてやる。何にも使わずに貯めていたので1億程は入っているだろう。
男はカードを受け取り何やら機械に差し込むと再びニヤリと笑い

「ついて来て来てくだせぇ」

そう言って店の奥へと進みだした。

店の奥は小さな病院のようになっており辺り一面にどす黒いシミが付着している。恐らく血だろう。普段なら恐怖のひとつも覚えただろうが今の私にはその感情は欠落していた。

 突き当りの部屋に男が入ったので私も続いて入った。
そこは武器屋と肉屋とロボット屋(そんなものがあればだが)をひとまとめにして混ぜたような場所だった。

「どうぞこちらへ」

男は真ん中にある歯医者の椅子のような場所へ私を座らせた。

「おい、麻酔たのむ」

いつも間にか居たナースへ指示を出すと私は鼻と口を覆うやたら管のついたマスクをつけられた。

 そうして私は気を失った。


目が覚めた時、私はベットに居た。
先ほどの地獄のような部屋とは違い至って清潔な部屋だった。病院の一部屋を間借りしているのだろうか。

「お、生きてましたか」

目が覚めたのに気が付いたのか私の点滴を弄っていたナースがそう言った。

私は返事をしようと思ったが、口がうまく動かず

「うう…」

と呻き声をあげるのが精いっぱいだった。
ナースは

「少し待っててください」

というと部屋を出て行った。ボーっと天井を見つめ待っていると例の白衣の男が現れた。

「気分はどうですか?」

麻酔のせいかぼやける思考の中何とかうなずくと男は手にした注射器をブスリと私の首に刺してきた。
その途端、私の思考はクリアになった。いや、クリアすぎる。恐らく覚せい剤的な何かだろう。

私は妙にハイテンションになり、そして私に興奮剤を注入する事が許せないという気持ちになった。正義の権化たる私に違法薬物(らしきもの)を勝手に入れるなんて…

私が怒りに震えているとどこからともなくキュイイイイインという何かが回転する音が聞こえた。その途端私の両手が吹き飛んだ。

いや、吹き飛んだのは手を覆っていた部分の布団でその実回転していたのは私の手だという事に気が付いた。

私の手はドリルになっていた。漫画でよく見るタイプの円錐形のタイプだ。それが恐らく私の激情に反応して回転を始めたのだ。

「おお…」

私にこの改造を施したであろう白衣の男もナースもその回転の激しさに些か驚いたのか口をアホの様にあんぐり上げて声にならない声を上げている。

「せいっ!!!」

私は気合いを入れてベットから跳ね上がるとその勢いのまま男を貫いた。

「あががっがががががががががが」

腹部を貫かれた男はバグったおもちゃの様にガクガクと震え、口とか目とかから血を噴射し

「せい…こう…だ…」

そう言って事切れた。

余った左手でナースも貫こうと思ったが気が付いた時には彼女は消えていた。まあいい、私はもっと巨悪を裁かねばならぬのだ。

ああ、なんという全能感、私は患者衣のまま外に飛び出すと笑みを浮かべながら道行く人々をじろりじろりと見定めていった。
大抵の人々はそんな私の溢れ出る正義に気圧されてか足早に去っていくのだが悪というのは得てして不遜なものでちょうど目の前に歩きスマホで肩を老人にぶつける若者が現れた。

「正義執行!!!!!!!」

こんな事言うまでもないことだが周りの民衆に我こそ正義なりと示すために私は声高にそう叫びライトハンドドリルを激回転させるとスマホごと彼を貫いた。
はじめにスマホ若者の持っていたスマホがドリルの回転によりはじけ飛びその一瞬後に若者の体もはじけ飛んだ。少々出力が強すぎたか。

スマホ若者を(今は金属片と肉塊だが)起点として扇状に血の雨でも降ったかのようなありさまだ。まあ仕方がない、見て見ぬふりをしていた群衆も同罪とは言わないが血まみれになるくらいの悪ではあるだろう。

私はまた一つ悪を成敗した満足感とこれからの正義の道への決意を胸にまた悪を探し進みだした。


 そうしてひと月ほどたった。
悪徳警官を、汚職議員を、いじめっ子を、DV夫を、万引き主婦を、薬物の売人を、ヤクザを、タバコをポイ捨てした高校生を私は順調に貫いていった。
時には苦戦し、傷つくこともあったものの恐らく私の体を改造した医者が仕組んだ何かが作用し私の体は傷の治りが途轍もなく早くなっていた。
 暴走族に正義執行した際は単車に轢かれ鉄パイプで殴られその後また単車で轢かれ両腕両足すべての肋骨、挙句に首が180回転したが物の数分で完治した。ただ痛みは普通に感じた。死ぬほど、いや、死ぬより痛かった。
 
 勿論その暴走族達は皆殺しにした。
幸い私につまずき転倒していた単車とその持ち主の悪人がいたので直ちに持ち主を貫き単車を拝借し彼らを追いかけた。手がドリルなので鉄雄スタイルだ。ほどなくしてコンビニでたむろしている彼らを見つけた。あとはいつものパターンだ。ライトハンドドリル、レフトハンドドリル、ギャラクシーキック、メガヘッドバット…

 こうして悪を10000は裁いて私はもはや正義の権化だった。最近では私の住む東福生は悪どころか人っ子ひとり見かけないので都心に向かって段々と活動範囲を広げている。警察は最初から敵だったのだが近頃は警告なしで発砲してくるようになった。謎回復で死なないものの明確な殺意がびんびん感じられる。まさかここまで警察官の中に悪が蔓延っているとは…
今でこそ慣れたものだが初めて撃たれた時は悪の巨大さに思わず震えた。

 無人の電車に揺られながら今までの戦いの事を思っていると

「次はー新宿ー新宿―。お乗り換えの際は…」

目的地である新宿に着いた。日本の中で一番人の欲が渦巻く街だ。俺は何度かドリルを回転させ気を引き締めると電車を降りた。


 「どうなってるんだ……?」

思わず俺は呟いた。駅前どころか見渡す限り誰もいない。いや、誰もいないというのは語弊がある。正確には生きてる人間がいない。いたるところに死体が積み重なっている。それも頭や四肢をまるでトラックにでも踏まれてかのように潰された惨殺死体だ。

まさか交通事故でこんな惨状は生まれまい、何が起こっているか検討もつかないが何か今までとは全く違う大いなる悪意に俺は身震いした。

死体の山のそばを進んでいくと歌舞伎町一番街の看板が目に入った。
テレビなどで見たことはあったが実際訪れるのは初めてだった。もし力の無かったころに来ていたら蔓延る悪にパニックになることは必然だったからだ。

そしてその看板の下に人影が見えた。
間違いないあいつがこの大量殺人の犯人だ。そう直感すると俺は駆け出した。

すると思いもよらないことに向こうもこちらへと駆けだした。
近づくにつれヤツの姿がはっきり見えるようになったがその姿は異様なものだった。
ぼさぼさの伸び放題の髪、ぼろ切れのような服、飢えたオオカミのようなギラギラとした瞳、そしてそのすべてが返り血のせいで真っ赤に染まっていた。明らかな異常者だ。

「正義執行!!!!!!!!」

俺はいつものようにドリルで悪のはらわたをぶち抜こうとした。が

「ジャスティスロード!!!!!!!!!!!!」

果たして俺のドリルは犯人を貫くことはなかった。いやそれは相手も同じようなことを思っているだろう。

ヤツの手は金属の塊、ハンマーだった。大きさからして 数十キロはあるだろう。

そう、ヤツは片手のハンマーで俺のドリルを受け、もう片手で俺の頭を狙ってきたのだ。俺は寸でのところで左手のドリルでそれを受けた。なんて筋力をしているんだ。

お互い並みならぬ相手だという事が分かり弾かれたように距離を取った。
俺以外にも改造人間が居たとは。
そこに一抹のシンパシーがないでもないが相手は明らかに大量殺人犯、貫くしかない。

俺は一息に距離を詰めレフトドリルで腹を狙った。ヤツはそこを狙って左手を振りかぶりハンマーで狙ってくる。俺はそれを見越して左手の脇の下からヤツの裏へと回り込んだ。そしてライトハンドドリルをわき腹にくれてやる。
臓物をぶちまける程深くはないが失血死は狙えるだろう。後は距離を取ってやつが死にゆくを見守るだけだ。
ところがヤツは死ななかった。それどころか血は止まり傷は徐々に塞がってしまった。馬鹿な、ヤツも謎回復を持っているのか?

そこからはもう泥仕合だった。俺がヤツの二の腕を抉り、ヤツは俺の顎を吹きとばした。そして距離を取って回復、すぐにまた殺し合い。もう1時間は繰り返している。ヤツは疲れを知らないのか?俺は正義のためなら疲れないが、ヤツも何かそういった信念があるのだろうか。きっと悪なる信念に違いない。許せぬ。

それからさらに1時間経った。お互い生きてはいるものの明らかに回復速度が遅くなってきている。さっき叩きつぶされた左手が全く動かない。けれどもヤツもさっき貫き吹き飛ばした左の膝小僧が治っていないようだ。

お互い次の一撃が最後だろう。言葉をかわさずとも2時間も殺しあえばそれくらいわかってくる。
お互い肩で息しながら目が合うと不思議と笑いあっていた。最後のカラ元気だ。

ヤツは腕を前につき出すとくるくると回り出した。恐らく、ハンマー投げの要領で投げてくるつもりだろう。取り外せるのか?ヤツのハンマーは。

ならば俺もやるしかない。俺はコブラのように右手を構えると回転数を上げていった。

普段なら500回転に止めている回転数を上げていく。これ以上だと俺の体が耐えきれないのだ。けれどもヤツの最後の抵抗にはこちらもをやれるだけやるしかない。
1000…2000…腕がちぎれそうだ。5000…7000…ぶちぶちと腕の肉がちぎれる音がする。

「ぐおおおおおおおおおぉおおお!!!!!!!!」

8000…もはや骨だけで支えている。あと少しだ…9000…

そして

100000!!!

「正義ぃ…執行ぅうううううう!!!!!!!」

バァン!

俺の腕は回転に耐え切れず吹き飛んだ。
そして支えを失った俺のライトハンドドリルはヤツめがけて真っすぐ飛んで行った。

「ジャスティスぅろおおおおおどおおおおおお!!!!!!」

ヤツも叫んだ。そして爆音を立て鉄塊が飛んでくる。


俺のドリル、ヤツのハンマーは空中で出会った。

それは爆発だった。俺は必至の思いで何とか踏ん張り立っていた。正義が膝をつく訳にはいかない。
目の前は爆発のせいで巻き上げられた俺達や周りの死体の血肉のせいで真っ赤だ。

やがて視界が晴れた。そしてヤツは立っていた。

最早ここまでかと思ったが、霧が晴れるにつれヤツの腹から一番街の入り口が見える事に気が付いた。

俺のドリルは貫いたのだ。

ヤツはずい分長い間立っていたように思う。けれどもヤツの傷は塞がることなくやがて後ろへばたりと倒れた。

俺はヤツに近づいて行った。普段なら悪の言葉に耳を傾けることなどしないが、ヤツの最後の言葉は聞きたくなった。

ヤツはまるで憑き物の落ちたような穏やかな瞳をしていた。

「ああ…俺はここまでか…」

俺はかける言葉も思いつかず黙って聞いていた。

「まあちょっと疲れてたからな…ここらへんで休ませてもらうとするか…」

殺しあってた時はあんなにデカく見えたコイツが今はとても小さく見えた。

「なぁ…頼むからこれからはお前がこの世の悪を…」

そう言うと彼はそれっきりだった。


俺は彼の左手に残っていたハンマーを俺の右手へと無理やりくっつけた。


彼が正義の心を持っていたとしても大量殺人は明らかな悪だ。自分のしたことに後悔はない。が、これからは彼の意思も背負って正義を成す。俺は新たな決意を胸に新宿を後にした。

まだまだ世には悪が蔓延っている。俺はまだ休むわけにはいかないのだ。

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