「彼女が死のうと思ったのは」第4話 #創作大賞2023

職員室に向かったけど、部室の鍵は先にとられていた。踵を返して部室に向かうと、日傘が待っていた。どうやらHRが終わってすぐにここに来たらしい。

「早いね」
「早いっしょ」
「こんなことでどや顔すんな」
「あたり強くない?」

言って日傘はへにゃりと笑う。

「これ恒例にする気?私ちょっとへこむからやりたくないんだけど」
「次からは止めとこう」
「そうして」

様子はいつも通りだったけど、目の下に隈ができていた。おそらく昨日は遅くまで、色々考えていたのだろう。

「で、あの小説についてだけど、何か進展あった?」
「いや全然」
「だよねー、私も」

小説の中身については、何度も頭で反芻したけれど、手がかりは見つけられなかった。何かありそうとは思うんだけど、今一つ、しっくりこない。

「小雨先輩の言動から考えるってのはどうだろう。何かおかしなところとかなかったかな」
「お姉ちゃんの?まあ言われてみれば5月くらいから、様子は変だった気もするけど」
「5月?僕が思ってたのは、夏休み直前だけど。なんか元気ない時期あったじゃん」
「うん、夏休み前もそうだけど、思い返したら気になることがあってさ。5月くらいの時、お姉ちゃん、受験だからって言って部活切り上げること多かったじゃん」
「うん、たしかに」
「1回さ、私、体調悪くなってそのあとすぐ帰ったことあったじゃん?」
「あったなそういえば」
「その時、家に着いてもお姉ちゃんいなかったんだよね」
「別の場所で勉強してたとかじゃないの?」
「私の家の近くにそんなところないでしょ。それに、勉強ならここでやればいい。前にテスト勉強ここでしてたことあったじゃん」
「確かにな。じゃあこっそり出かけてたとかそういうことか?」
「だと思うんだ。私の見立てだと彼氏でもできたんじゃないかって思ってるけど」
「あー……マジ?」
「いやまあ推測だけどね。他にそんなことする理由も思いつかないし」
「その日は帰るの遅かったのか?」
「夕ご飯までには戻ってきてた」
「そうなんだ。そういえば日傘んちってメシ誰が作ってんの?」
「ああ、いつも私が作ってる。ほら、お母さん仕事で遅いし、お姉ちゃんはお金の管理とか任されてたから。他の家事は分担だけど」
「小雨先輩、お金の管理まで任されてたんだ」
「だね。お母さん、学校で徹夜とか普通にあるし、私たちが色々やらないとどうにもならないんだ」
「ホント大変なんだな、頭下がるわ」
「えらいっしょ」
「うん。えらい」
「やらないんだいつもの」
「やめとこって言っただろ」
「そう言いつつ……のやつかと」
「期待してたの?こわ」
「違うって。それで、話は戻るけど、お姉ちゃんにその時彼氏がいたんだとすれば、そのあとの話の辻褄が合ってくる気がするんだよね」
「どういうことだ?」

日傘はホワイトボードの前に移動して、直線を引いた。そのあと、直線上に点を打ち、5月、6月、7月、8月、9月と書き、5月の下に「お姉ちゃん彼氏できる」と書いた。

「樹が言ってた元気ない時期って、7月上旬のことだよね?」

ホワイトボードをペン先で叩きながら、こちらを流し見る。

「そう、元気がないというか、時々思いつめるようにしてて、どうしたのかなって思ってたんだ」
「その時期に彼氏と別れたのだと、私は予想します」
「うーん。言われてみれば筋は通ってるような……。だけど、8月くらいって元気だったよな?執筆も調子いいみたいだったし」
「そうだね。まあたんに吹っ切れたってことなんじゃない?それか新しい恋を見付けたとか」
「なるほど……なくもないな」
 言われてみれば、かなり自然な話に聞こえる。
「でしょう。でもそのあと学校が始まって、そこで色々あったんじゃないかな」

小雨先輩が亡くなったのは、9月の中旬だ。日傘の推測通りなら、時期についてはほとんど綺麗に説明できる。しかし、僕にはまだ納得できていないことがあった。

「日傘の推測通り小雨先輩に彼氏ができていたとして、その相手は誰なんだ。小雨先輩って結構男子から人気あったし、何かしら噂になりそうなもんだけど」

言われて、日傘は首を捻る。

「うーん、確かにそうかも。そもそもこの学校の恋愛模様で私が把握していないことは皆無に等しいからね」
「完全な過言だろ。自分の姉のことすら把握してないくせに」
「だから相手は学外の人って可能性があるね」
「近くの学校って言ったら、日傘のお母さんが働いてるとこくらいか。だけど、その仮説通りだったとして、USBはどうなるんだ?」
「その人の名前とか入れれば開くんじゃない?」
「ミステリ小説の方は?」
「それは、わからないけど」

学外で先輩が会いそうな相手。しばらく考えて、1人思い当たる。
同時に頭の中に1つの仮説が組みあがった。この仮説が正しければ、あのミステリ小説の意味も、先輩の言動も全部が説明できてしまう。
検証のため、古本屋に行きたかったけど、ここで帰ったら怪しまれてしまう可能性があった。この考えが間違いなら、それでいい。だけど、もしこれが本当だとしたら。僕はそのことを日傘に知らせるわけにはいかなかった。

しばらく当たり障りない議論を重ねて、その日は解散になった。いつもの駅で降りた後、自宅にあった自転車を取って、市内を回ってみたけれど、古本屋はもう閉まっていたので、目的のものは見つからなかった。それなら、明日やるしかない。

なるべく早く答えを知りたかった。大丈夫、こんな今思いついたような考えが正しいわけがない。間違っていることを手早く知って、推理に戻ろう。明日は用事で部活に行けないとの旨を日傘に連絡して、家に戻る。

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