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経験から語ってみる5(環境感受性から

HSPという言葉から、単純なブームの話ではなく、恐らくそういうタイプなんじゃないかな?というか。

感受性が高いと言われてきた自身の経験から、色々と話してますが、今回はこう更に斜め上というか。

下手するとお叱りを受けるかもしれない……。

という懸念はあるものの、少なからず心理学としてはどういう言葉なのか?を自身でできる範囲で調べて、知って、考えてみて。

これこそ、感受性がなせる技かも?と言うんですかね。

言葉に対しては元々色々受け取りやすいので、結構意味合いを超えての応用というものをします。先日も話しましたが、日本の場合はかけことばや語呂合わせというのがありますし、単純に噛み砕いてみたら、これ?現状にもあてはまるんじゃないかな?と思ったので、その話をしてみようと思います。


まずは大切なこととして

環境という人が置かれる場所に置いては様々な要因があるというか、非常に大きな括りでもあり、環境問題というように自然の話としての環境もあれば、作業環境というように仕事の中でも個人ないし所属人が仕事として行う作業がある場所も、環境と表されたりしますよね。

それを、個人で調べた範囲での、心理学の扱いである環境感受性に当てはめるという話が主になります。

なので、すごく大切な事があるんですよ。

あくまで、個人が感じた事、想像したこと、その上で気づいたことなので、心理学上の概念として、実質的にそのような表現がされてるかが不明という触れ方にもなってしまいます。

これが、懸念事項。

良くも悪くもこういう話をするというのは、単純な個人意見の主張とはいえ受け取る側に寄っては、情報になり得る可能性がありますし、それ故に切り取られたり、一人歩きをしたりという、ネットが持つ怖さという部分が出てしまう可能性があります

なので、お決まりの言い草にもなりますが、

あくまで個人の意見、個人の考えの範疇の話なので、心理学ではこうなってるというのは、論文なりを調べて、裏付けや根拠、エビデンスをもって扱ってください。

あくまで、個人が感じたこと、でしかない、と言うことをご了承くださいませ

まぁ、そんな事書くなよって言われたりもしそうなんですが、ちょっとやっぱり今の世の中そうあるよね、心理学って面白くね?という事が伝わらないかなぁという、狙いも少しあったりするので、お許しくださいませ。


環境感受性という、”言葉”から読み解いてみる

さて、どちらかというとHSPというより、人の感受性として、置かれた環境からポジティブな影響を受ければポジティブなものを受け取りやすくなる、ネガティブもまた然り。

そんな話だったりするのですが、個人の経験として幼少期から思い当たる節があったので、なるほど、これは納得だと言うことで、HSP=感覚処理感受性と合わせて、知ろう触れてみようと言うことは言ってます。

まぁ、拡大解釈すれば、少なからず人間誰しも感受性を持ってるので、置かれた環境からいろんな影響を受けるということにもなろうかと思います。と、ここまで来ると個人としての勝手な解釈にもなってしまおうかな。

うん。

と、そういう色々はいいとして、環境から影響を受ける=環境から様々なものを受け取るということなのではなかろうか?と個人として気づいたというか、考えたというか。

割と日常的にも、そちらを向いてないとか、作業に集中してて視界にも入ってない、という位置に居るのに、視線に気づいて、

「悪いけど、何かようでもあるの?」

と、そちらを向かずに言い出して、人を驚かせるということがあったりします。

現状、家庭=今では3級とはいえ精神障害者ということでなく、割とままならない生活を送ってるので、就労支援という形での簡単な仕事というか作業しか出来ない身であります。なので、母が亡くなったので父とふたりくらしなのですが、料理中にこれがよく発生するんですよ。

家の中なのでそんなに距離はないのですが、それでも1mは離れてると思います。でも、包丁で食材切りながら、父の方を向かずに上のように言う。

それだけでなく、

「何で、見てることに気づいたんだ?」

父の反応は必ずこれ。お前はエスパーか何かか?なんでこっちを一切見てないのに分かるんだ?と不思議がるのですが、私からすれば、バッチバチに何かしらの感情や思いを含んだ視線が背中にあたって、神経がゾゾゾとかピリピリとか反応してるんですね。

と、少し長くなりましたが、家庭という中でもこんな感じで、無駄に向けられる他者の視線に気づいてしまうということが結構あります。

それだけでなく、テレビを見ながら探しものならそこにあるじゃないってそちらを見ずに教えて、実際にあるもんだから、なんでなんで?ってなるんですよね。

また、学生時代であればテストがある場合なんかも同じくでした。

見回りしてる監督=教師が足を止めて私の方を見てると不思議と集中がきれるというか、手を上げて「先生、何かようでもあるんですか?」と言い出して驚かれてました。

別に不正なんぞしやしませんって。最初から諦めて勉強してないですから。

と、話が長くなってしまいましたが。

家庭なり、学校なりという環境、また料理中やテスト中という状況についても、その環境における現在の状態という事にもなろうかと思います。

私の場合、感受性が高いと言われるのですが、何でそんなに気づくの?という感じで学生時代にしろ、社会人になってからにしろ、人を不思議がらせるとか、驚かせる行動ってとってたんですよね。

私からすれば、それを感じ取って把握してるので、対処してるだけなのですが。

背後で作業してる人に、必要な道具が近くにあったからと使う直前に「はい、これ使いますよね」って手渡して、何で気づくんだお前は、とかもありました。

そういう身でもあるので、環境とひとえに言えど色んな要素が飛び交ってるというのも日常だったんですね。

なので、環境感受性という言葉を噛み砕くと、影響を受けやすくなるという育ちや経験に限らず、日常的にも何かしらの環境に置かれるのが人間なので、その環境から発せられる様々なものを受け取って、影響されてるのでは?

と、考えたんですよ。

そして、行き着いた先は…。

現状です。現状。


現状を思い返してみる

良くも悪くも色々感じ取りやすいので、正しいだ、間違いだ、おかしいだという感情の飛び交いは結構なダメージになります。

なので、テレビとか避けてるわけですが、通院をしてますし、父との同居なので嫌でも目にする耳にする、ということがあるんですね。

また、かと言ってネットやSNSを見てても、余計なもの流してくるなぁと言わんばかりに、何かしらの現状に対する物言いって流れてきます。

感染症が、ね。

おさまらないじゃないですか。

それで、イライラしたり、不満を吐き出したりしてるじゃないですか。

それを見て、意見や考え方が違えば、そのイライラにイライラする…。


ん?

これって、日常の中にある、生活環境やネット環境に、情報といいつつ感情的な言葉が飛び交ってるから、その感情の影響を受けて、悪い意味でループしてるんじゃない?

環境感受性って、何がどうあれ人間誰しも感受性が持ってますし、環境から受け取ったものに影響されるというような話なんですよね。簡単に言うと。

いやー、正に現状をうまく説明できるじゃないですか!

心理学って面白いね!まぁ、知ったのが遅すぎただけでなく、メンタル病んでるので一念発起が難しくもあり、突っ込んで学べないのが残念でもありますが。

正直、HSPだなんだ、ブームだなんだ、興味だ何だ関係なく、環境感受性って言葉も知れ渡れば、現状のような感情的な物言いや、何かしらの偏った意図での情報発信って、自由という側面も大事かもしれないけど、人に与える悪影響と考えると、看過できないのでは?

そういう話になりません?

という感じ取りをしたんですよ。

なんかこう、せっかく知った言葉を、今までうまく扱えなかった自分が歯がゆくなるくらいに、なんかこう不思議としっくりきてしまって。

これは、記事にしてみようかなぁ?と思ったんですね。

ただ、注意をしたように、あくまで心理学上の概念であるHSPという言葉から、深く触れたことで知った環境感受性と言う概念。

その概念自体の名前である、環境感受性という字面から、個人が感じとった話なので、これが心理学としての正しいものとかそういう話ではないので、真に受けすぎず自身で必ず考えて欲しい、と思います。


突然降って湧いたように

言葉も知ってました。

現状も、可能な限り感情が飛び交うモノは避けるようにして、最悪受けたとしても自分で制御して、感情的にならないようにとしてた感じですが。

なんでか、この記事を書いてる日に、ふと湧き出すかのように頭の中で、あれ?ってなったんですよね。

こういう部分は日常で出すと、結構おかしいというか、オタクがすぎる、いわゆる厨二病が過ぎるという感じなので、表に出さないことってすごく多いです。

ただ、出さないだけで、感じ取ったものから勝手に頭が想起するんですよ。

そして、今回はちょっと調子に乗ってみました。

普通に考えたとして、たしかに日本は島国です。

ですが、人の動きだけでなく、物の動きってありますしそこには少なからず人が居たりするんですよね。

なので、現代ではそれこそ海外でやるような、ロックダウンのような事をしなければ、島国であっても落ち着かないというか、どこからどう入ってきて、どう渡っていくかが掴みきれないので、収束までにはまだまだ時間がかかると思います。

まぁ、個人的にはそういうウィルスと肺炎が見つかったって時点で、不思議と「今回はアカン」が頭に浮かんだので想定内とは先日言いましたが。

そういうロックダウンとまで行かなくとも、やはり制限は付きますし、その中では様々な負の側面があろうかと思います。

ただ。

ただね?

何がどうあれ、ちょっと感情的な話が出回り過ぎではないかな?と、個人的には思いますし、少なからず別記事で触れてますが、過去の事例でこういう事を想定してみようって声をかけても、相手にされてなかったんですよね。

なので、辛い辛い言ったところで、準備も出来てないし、ただでさえ日本の憲法って戦後からほぼほぼかわってないだけでなく、今まで大き目なパンデミックって経験してないので、寧ろ病院の統廃合とかで地方なんかは病院を減らされたりもしています。

それだけでなく、日本の現状として、民間=国や自治体が経営してるわけじゃない病院も多いんですよ。そこに、国が病床かくほじゃー!なんて言おうものなら、民間の病院とはいえ他の患者が居ますし、急ごしらえだとやはり怖いものなので、国家権力の横暴だ!ってなるんですよねぇ。

なので、国として出来るのは予算つけて、お金が準備できました!でしかないですし、政府主導で配ると政府がポカしたわけじゃなく、その先がなんやかんややらかすのに、政府のせいにされて、政治とカネの話にすり替えられる。

憲法も整ってない。

情報も操作される。

そりゃ、国もお役人も動けないよね。

しかも、そうあるのは、感情的な言説が多く情報として飛び回ってるという原因もあろうかと思います。

正直、誰がどう感じたとか、どう思ってるとか、どう考えてるなんてのは、現状であれば誰しもそうあるでしょうし、経験や性格だけでなく、理想みたいなのも変われば考え方ってすごく変わるんですよ。

ワクチンにしても、はよ!はよ!言われてたのに、準備できたら都市伝説とか陰謀論みたいな、ワクチン接種の悪影響とそれに感化された人の感情が飛び交うという。

とんでもない国になったよねぇ…うん。

歴史上の疫病の蔓延に比べると、医者にかかるなんてお金持ちとか国の根幹に関わる人しかかかれなくて、年貢を納めてる農民なんかは野垂れ死にだったんですよね。下手すれば町人でも、お金がないからとそうあったかもしれません。

全然、マシになってるじゃんね?

病床が足りないだー、医療圧迫だー。

いやー、昔に比べると全然マシでしょうよ。

そこまで掘り下げなくても、公害レベルでもそれなりに命が奪われてましたし、それも一地域みたいな感じで特定範囲だけだったんですよね。

確かに至らないところはあります。

ただ、それは今まで対岸の火事として考えてこなかった、準備してこなかった、平時だと税金の無駄だ何だで統廃合した事も原因として関わってると思います。

過去の3.11で痛い目を見て、しばらくは避難訓練だ、ハザードマップだ、防災グッズだと、毎日のように”予めの対策や準備”が叫ばれてたじゃないですかっていうね?

ほんとこう、現状は不満があるのは分かるけど、感情的な言説や情報に流されて、感情逆立ててる場合じゃないんですよ。

まぁ、おおよその人は色々感じつつも、下手に荒ぶらずず、日常を送ってると思いますけどね。


再度、環境と感受性に戻る

そういう意味では、なるほど環境感受性、なんですよ。

情報といえば聞こえは良いですが、誰しもが欲してる情報というわけでもなく、嫌悪感や疑問を抱いてるので敢えて見ないという事をしてると思います。

こうなると、情報=影響とも言えるよね?

感情がこもってるモノ多いし、何がどうあれ受けたくないものは受けないようにしてますし、という話にもなってしまうんですよ。

まぁ、HSPなんかでも、感覚処理感受性とか、環境感受性とか、そういう言葉が出てこないってのも、なんていうかなぁ。ほんとこう、ね?

繊細、敏感、生きづらい。

敏感って言う割に、日常生活の中で自身が置かれてる環境から、何を受け取って、感じ取っているんでしょうかね?

って、言いたくなりますわな。

個人的には、人間として生きてく自信ってのは深く見つめないようにしてますが、失って久しいくらいなんですよ。

感受性としての感じ取りが過ぎてる部分って。

先日も通院がありましたが、主治医から難しいですよねって言われましたし。

人それぞれ差があるし、その言葉のニュアンスや伝わり方ってあるし、人が関わる以上、誰が悪いとか誰が正しい間違いとか、それだけじゃ済まされない部分、突っ込みすぎた感じ取りや気付きって山程あるんですよ。

今回の話もまぁ、そんな感じの一例というか。

現状、影響を受けやすくなる以上に、テレビにネットにSNSと、もう影響与えるような感情がビシバシ飛び交ってますからね。

そこに向き合わないと、普通レベルの感受性でもネガティブな感情に影響されすぎて、ネガティブなものを受け取りやすくなる=反応しやすくなると思います。

よーくかんがえよー、心はだいじだよー。

感受性って、感情とかメンタルにも影響しますし、守るにも矢や銃弾が飛び交いすぎてたら、嫌でも負傷しますよねっていう。


あとがき

ううううん。

珍しく、良いこと気づいたんじゃね?(調子に乗らないでください、バカチン

というとこで。

何で、今まで全然気づかないというか、散々言葉を使ってたのに、現実にリンクさせられなかったんだろう?という不思議さもあれど。

やはり、心理学上の概念の言葉でもあるという難しさもあろうかな、と思います。

概念の名前が、環境感受性。そしてそれは、ポジティブ、ネガティブなモノの影響と、影響を受けることでのしやすくなるという感じなんですよね。

そこで、なるほど納得してたのですが。

環境?感受性?切り分けるとこう、なんていうか、今の現実が…

ああああ!!

そんな感じです。はい。

なので、どちらかというと、個人が感じ取ったことだったり、その元が心理学で扱われる環境感受性という言葉だったので、改めて心理学って触れてみると面白い発見があるよねというような話です。

その中身がどう、学術的な話がどう、というのは、専門の方や専攻して学んでる方におまかせするとして。

ほんとこう、HSPだなんだより、感受性って普段気にしないけど、思いの外作用してるよなぁ、って感じで、なんともまぁ奇妙というか、不思議といううか、面白いというか。

平時だとね。

ほんとこう、違うことで色々言われますが、有事になると状況が変わるからか、変動するのかなぁ?とも思います。

ということで。

今回はこのような感じで終わりたいと思います。

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