犬と月桂樹

 ある日、雨の日の休憩だった。

 お姉さまたちが、ひょんなことからペットの死の話になった。死さえも、この魔女たちの円卓の上では珈琲の供でしかない。

 私は犬を飼っていたことがあった。まっ白なスピッツで、思慮深そうに不服を訴える顔とはしゃぎながら人の脇に黒い鼻を突っ込んでくるイケメンだった。そんな彼は三年前にお空の橋を渡り、今頃は同じところにいる祖父の脇に鼻を突っ込んでいることだろう。

「でも今はいいわねぇ!骨をダイヤにできるんですって」
「え。骨をダイヤに?そんなことできるんですか?組成はたしかに同じだけど」
「今はできるのよ~。すごいわよねえ!いい時代だわ」

 私にとってそれは衝撃的事実であった。スピッツは共同墓地に葬られている。骨も遺体もどこにあるかわからない。よそもそういうもんだと思っていた。

 最初に思ったのは、「死者であそぶな」という怒りだった。そのあとに、「そんなことされたくない」「お願いだからしないでほしい」と死者サイドの思いが来た。ここだけの話、はずかしながら、まだ死亡経験はないのだが……。

 

 ということがちょっとまえにあった。私は暫くそのおぞましさで、アイスクリームを貪るなど偏食に陥った。おぞましさは脂肪になった。かなしい。

 私はそのことを忘れてのんびりと仕事をしていた。めちゃめちゃ忙しかったけど、いまは落ち着いてきてイイカンジ

 だが、それを思い出す出来事があったのだ。
 それが非常にアハ体験的な体験だったので、体験記を記しておく。

 唐突だが、みなさんに、推し彫刻家は存在するだろうか?
 私にはいる。ベルニーニだ。

 ヤバい、あれは。液体。大理石という品種の生クリーム。ぜったいそう。ほんとにむちゃくちゃすごいから、みて、一回でいいから、めっちゃエッチだしめっちゃ美しいから、ほらはやく検索しなさいこんなもの見てないで ほら

 そんなベルニーニの彫刻のなかに、『アポロンとダプネ』という作品がある。

 ギリシア神話の太陽の神様アポロンと、それに恋された河の神様の娘ダプネの悲恋(アポロン側から見たら)をモチーフにした作品だ。

 知っている人は、以下を読み飛ばしてほしい。

 アポロンはある日、恋の神様エロースをからかった。

『君の弓矢はちいちゃいねえ、玩具じゃないか。あの野うさぎが打てるかね?ん?』
『おじちゃま、ぼくをからかっているね。今に見ていなよ』
 
 アポロンはそのことを忘れたが、エロースは忘れていなかった。彼は情欲を起こさせる金の矢をアポロンの胸へ、そして、金の矢を射られた人間を嫌いになる鉛の矢をダプネへ打ち込んだ。

『お父様、私は結婚などしたくありません。この身は清いまま、お父様に仕える所存です』
『ああ、ああ、あの乙女の名前はなんというんだ?……ほう、ダプネ。美しい娘だ。私のものにしたい』

 あっというまに恋に落ちたアポロンは、ダプネを追い掛けた。アポロンは美青年だというのに、ダプネは逃げて逃げて逃げ続ける。

『来ないで、けだもの!』
『どうして私から逃げるんだ』

 最終的に、ダプネは父へお願いして、月桂樹へ姿を変えた。アポロンは仕方なく、彼女の一部である月桂樹を切り、冠としているのだった。

 という話がある。
 幼少期にこれを読んだ私にとっては、これは「恋に狂った男にストーキングされた乙女の末路」であるように思えた。
 実におそろしい。おぞましくてたまらない。木になってまで逃げた女の一部を切りとって象徴にするの?やばすぎない?やっっっべ。

 そして遺体からダイヤを作る話は、これに通呈するものがあるのではないかと思ったのだった。恐ろしすぎるわと思ったし、これだわっという腑に落ちた感もあった。

 私は死んだらもう灰とかその辺に撒いてほしいから、ダイヤだけは勘弁してほしい。もう骨も持ってなくていい、お寺にいれておくれ……。

 遺言書にかいとこ。今日も元気に、終活終活!