怪異収集譚〜呪いの男①


――――ねぇ、知ってる?なんか昨日、急に抱きついてくる変態が出たらしいよ。

 はじまりはそんな噂話からだった。
女子生徒が下校中に、中年男性に抱きつかれるという事件。
つまるところ変質者情報だった。

ホームルームでも担任教師から事件の話が行われた。
「変質者に注意し、できる限り集団で下校するように」
そんな定型文めいたアナウンスが行われる。

事件も数日経てば皆の記憶から消えていくはずだった。
しかし事件はそれだけでは済まなかったのだ。


翌日。

「ねぇねぇ香奈、昨日の朝の話あるじゃん」

 昼休み、友人は向かい合わせた机の向こうから
身を乗り出すように私の名を呼び、切り出した。
噂好きの彼女のことだ。その高揚した表情から察するに、何か面白い噂を聞きつけたのだろう。

「朝の話ってなんの?変質者の?」

「そうそう、その抱きつかれた人って隣のクラスの星野らしいよ」

事件の被害者は隣のクラスの生徒なのだとそういうのだ。
といっても特別関わり合いがあるわけではない。
名前は聞いたことがあるし、体育の時なんかは一緒になったこともある。
でもそれ以上でも以下でもない関係だった。

この大きくはない街で事件があれば、
それなりに事情が分かるものが近くにいることも珍しい事ではない。ということだろう。

「星野さんは?何か言ってるの?」

「それがさ、休んでるんだってさ、相当ショックだったんじゃないかな」

街中を歩いていて突然抱き着かれてしまったのだから
誰かれが自身に危害を加える人物に見えても仕方ない。
そうなってしまっては外を歩くのは恐怖でしかなく困難だろう。

「そっか、はやく立ち直れると良いよね」


翌日。

その立ち直りの時期は思ったよりも早く訪れる事となったのか
星野は既に登校していた。
この退屈な街で過ごす女子高生たちは、刺激的な事件の臭いに寄せられて
星野の心配を装いながら、彼女の机の周りに群がってるのを横目に見かける事があった。

そしてお昼時。
朝に見かけた群衆の中に友人もいたのだろう嬉々として
事件の詳細を話し始める。

「なんかさぁ、抱き着いてきた男の人『ごめんね・・・ごめんね・・・』って言いながら
抱き着いてきたんだってさ。なんか気持ち悪いよね。しかも泣きながら
謝るくらいならやらなければいいのにさ」

まぁでも思ったよりも元気そうだったよ。星野。と友人は続けた。
犯人の真似と言いながら、彼女自身の友人に笑いながら抱き着くようなことも
していたそうだ。
であれば彼女が事件を笑い飛ばして日常に戻る日も
そう遠くないだろうと思いながら
何か心に引っかかるものを感じていた。


翌日。
朝の教室はやけに騒がしかった。
それは数日前の事件があった人は比べ物にならないほどに。
その原因はすぐに判明する。
担任の教師から説明があった。


「隣のクラスの星野さんが、亡くなりました」

自殺。
そのニュースで教室は静まり返るのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?