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スズメからの転居通知(72候/雀始巣)
「引っ越しました。お近くにお立ち寄りの際は、遊びに来てください」と余白に手書きされたハガキを持って、見知らぬ駅で降り立ってしまった。
Googleマップによれば、その住所はこの駅から徒歩五分くらいのところ。
けれど、このあたりは古い住宅が密集していて、目的の家に近づこうとしても同じブロックの周りをくるくる回るばかりで、いっこうにたどり着けない。
道を歩く人も少なく、たまにいたとしても、物凄く腰が曲
菜虫のままで(72候/菜虫化蝶)
菜虫はやがて蝶になります。
蛹になって、蛹の中でいったんぜんぶ溶けて、それから蝶に生まれ変わります。空を飛べるようになるのです。
何だか、気が進まないな、と、思っています。いったん蛹の中で溶けたら、以前の菜虫と新しい蝶は同じなのでしょうか?
そこに鳥がやってきました。
おれがお前をくちばしで摘まんで、いっしょに空を飛んでやろうか?
どうせそのあと食べる気なのだろうと思ったので、菜虫は遠
ももはもも(72侯/桃始笑)
もも
もも、もも
もももも
ももは呼ばれるとうれしくて、もっとももって呼んでほしくて、もももっとやってきます
ももは、花の名前
ももは、木の名前
ももは、木の実の名前
でも、ももは、もも
ももいろは、花の色
ももいろは、実の色
ももは、ももいろじゃない
ままは、まま
みみは、ねこ
むむは、ぱぱ
めめは、とり
ももは、もも
ももの木に、ももの花が咲いた日に来たから
夜の続き(72侯/蟄虫啓戸)
目覚まし時計が鳴る前に目が覚めるのは、嬉しいけど、嬉しくない。
もっと眠りたかったとか、良い夢だったから目が覚めたくなかったとか。
お布団にくるまって、もう一度眠ることもできず、ひんやりとした床にそっと立ち上がります。
薄暗い部屋で、しゅんしゅんお湯を沸かして。
ガスの火の先の赤い部分が膨らんだり小さくなったりするのを見ます。
お湯が沸いたら、お好きな飲み物を。
コーヒーでも、紅茶でも
地中で新芽は考える(72候/草木萌動)
冷えて湿った土の中、草木の新芽は薄っすらと目覚めて、寝たふりをしながら周りの様子をうかがっているのです。
あっちは、もうすぐ芽吹くみたい。
こっちは、まだ先になりそう。
さて、自分はいったい、いつ芽を出したら良いものなのか、土の中で薄目を開けたり閉じたりしていました。
土がまだ固いから、春ではまだないでしょう。
水もまだまだ冷たいから、春はまだ先でしょう。
昨日までそんな風に思っていた
霞の生じる山(72候/霞始靆)
霞が生じるのは何故なのか。
その秘密を探るために、山へ向かった。
山の端を登って行くと、山頂の手前にぽっかりと木々の途切れている箇所があった。
柔らかそうな下草が生え、薄紫色の控えめな蕾を付けている。
少し座って休もうと、草をかき分けて腰を下ろした。
東南向きで日当たりも良く、雲が晴れて太陽が出てきたら暖かくて、つい目を閉じてしまった。
よいしょ、よいしょ
騒がしい声がするな、と
カワウソとかみさま(72候/獺祭魚)
春が近くなると、お祭りの準備です。
ニンゲンたちは踊りの練習を始めますし、鳥たちは歌いはじめます。
カワウソたちは魚をたくさん獲って、お供えに並べておくのです。
どうしてすぐ食べないの?
まだ小さいカワウソが聞きました。
今年も春が来てありがとうって、神様にお供えするんだよ。
大人のカワウソが答えます。
神様が春にするの?
たぶん。
神様は、お魚、全部食べちゃうの?
全部は食べな
春待ちの魚(72候/魚上氷)
湖の氷にひびが入るようになると、ネコたちもニンゲンも岸辺に集まってきます。
魚たちが光る日差しめがけて飛び跳ねるので、そこを狙って捕まえてやるのです。
ニンゲンたちは、網や銛で魚を捕まえます。家に持って帰ったり、焚き火をしてその場で焼いたりして食べるのです。
ネコたちは、魚が飛び出たところを狙って勢い良く飛びかかります。
地面に落ちた魚は、ネコたちと同じくらい大きいこともあります。
よほどお腹が空
ホーホケキョと鳴けなくて(72候/黄鶯睍睆)
次の方、どうぞ、と言われて入ってきたのは、ウグイスです。
みどりいろの羽、小ぶりな体。つぶらな目。
「上手く鳴けないんです」
ホーホケキョ、とウグイスが鳴くのは周知の事実で、ニンゲンたちもそれを有り難がっているし、ウグイスだってその特有の鳴き声で春を知らせることに誇らしさを感じているのです。
梅の木なんて見つけたら、花がほころび始めるや枝に止まってホーホケキョと鳴いてみて、ひとびとが注目して
春が来た朝(72候/東風解凍)
春が来た、というのは、誰にもしられないくらいそっと、だけれど、誰にでも分かるようにやって来るものです。
それは、空気の中にひそんで、ある朝現れます。
空気の中の、小さな水分の粒のなかに、もっと小さな春の粒が含まれていて、それが体のなかに入ると、誰に言われなくても、誰でも、春が来たことが分かる仕組みになっているのです。
だから、春が来た朝は、まだ寒くても、すぐにそれと分かります。
春の粒子の含
卵(72候/鶏始乳)
卵とは、可能性である。
この卵を茹でたら、ゆで卵になる。
半熟にも、固ゆでにもなる。
殻を剥いて漬けたら、味玉にもなる。
フライパンに落としたら、目玉焼きになる。
これも、黄身がゆるめ、固め、サニーサイドアップ、などの可能性がある。
ソースをかけるか醤油をかけるか、それとも王道の塩か。
ケチャップも捨てがたい。
沸いたお湯の中に落として、ポーチドエッグ。
溶き卵にしたら、卵焼きに
凍河を猫と(72侯/水沢腹堅)
河がすっかり凍ったら、やってみたいことがあったのです。
用意するものは、そり。
一人乗りです。
滑りが良くなるように、底に毛皮を貼り付けておきました。
そりの中には毛布を敷いて、なるべくお尻が痛くならないように。
そして、猫。
いちばん大きくて、もふもふの猫を選びました。
そりをつるつるに凍った河のほとりに持って行ったら、外套の中に猫を入れて、そりの中に座って、えい、と勢いをつけて、河の真ん
ふきのとうと私(72候/款冬華)
ふきのとうは、食べたことがある。
天ぷらと、ふきのとう味噌。
苦くて、香りが独特で、おいしいはずがないのに、何故かおいしい。
始めて食べた時にはそんなにおいしいとも思わなかったけれど、おいしい振りをした。
それから年々おいしさが増しているのは、品種改良のせいではなくて、自分が年を取ったからだろう。
もしくは、自分が品種改良されているのかもしれない。
そんなふきのとうが生えているところは、見た
キジの就活(72候/雉始雊)
お祈り、お祈り、また、お祈り。
鬼ヶ島から帰ってきて以来、キジは就職活動をしているのですが、なかなかうまくいきません。
履歴書も、職務経歴書も、大したこと書いてないからかな。
鬼ヶ島での鬼退治って、思ったほど企業に受けない職歴みたいだし。
まあ、短期雇用だったしね、鬼退治。
ちなみに、鬼ヶ島から帰ってきて、桃太郎は「鬼退治コンサルタント」「きび団子研究家」を名乗って自営独立。ブログとかメルマ