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指とりんごと震災

夫が指を包丁で切ってから1週間が経とうとしている。最初の数日は「家のことは全部私がやるから、絶対その指よごさないで。」と張り切っていたのだが、2日でしんどくなった。仕事も家のことも、2人でこなしていくようにいつの間にか仕組み化されていたらしい。1人で全てやっているとなんだかずっとせかせかしてしまい、寝て起きても疲れが抜けない感じが続いていた。でも、そんな生活も明日で終わる。かもしれない。夫の指の包帯が取れることを心から祈っている。

八戸に行った時に見つけた海グッズ

先日、青森県知事とYoutubeチャンネル「青森県知事のA-tube」の撮影をした。青森県庁の敷地内にある5本のりんごの木を再生させるプロジェクトが始まった。プロ枠で呼んでいただいたけれども、全然そんなんじゃないので、「駆け出しなので一緒に勉強させてください。」というスタンスを貫く。

りんご協会の剪定士の方の説明は本当にわかりやすかった。剪定をするときのりんご農家は医者であり、先生であり、芸術家。納得である。剪定も5年目になり、そろそろ次の段階に行けそうだと感じた。あまりたくさんの情報を入れると訳がわからなくなりそうで、「基本のきのき」を集中してやっていたけれど、駆け出しなりに成長しているらしい。次に行こうと思う。

船の形ってかっこいい

3月9日にWORKSHOP VO!が主催する「悼む日」に参加してきた。3.11に関する取り組みを継続されていること、本当に心強く感じる。映画『なみのおと』の上映があり、2時間ほど映像と音を浴びた。

前情報を全く入れずに視聴したのだが、振り返ってみると全体のテーマである「故郷」をあまり感じることができなかった。不思議だ。なんでだろう。後日実施した意見交換会も経て感じたことを、パッと思いつく範囲で記載してみる。

①演出の違和感
自然な?対話を写しつつも、正面からの人物のカットを急に差し込む演出が随所に見られた。どういう意図なのか、なかなか掴むことができず、ある種の気持ち悪さも感じるくらいだった。この演出によって、誰のための映画なのかが曖昧になっていたように思える。被災した人たちのためなのか、被災した人たちのことを知りたい人たちのためなのか、ただ、事実を伝えたいのか。わかりにくさにモヤモヤはしたけれども、この曖昧さによって、被災者と取材者という二項対立的な写し方ではなくなっていたようにも感じる。そこについては、報道等では表現できない点なのではないかと思った。

②故郷の捉え方
被災した自治体の市議会議員と監督との対話。ここがテーマである「故郷って何なんでしょうね。」に直接つながるパートになっている。最後のほうに市議会議員の方が「次に同じようなことが起こった時には、国の方でなんとかしてもらわないと。」と言っていた。意見交換会では、故郷への愛着や度合い、捉え方の違いは、”世代”をキーにすれば説明できるかも?という話も出てきた。シンプルに世代でくくるのは危険かもしれない、という前置きもありつつ、その方向で少し考えてみた。結論は出ていないけれども、公助、共助、自助のどれを重視するか、みたいなところは世代によって差がありそうだと感じた。故郷の捉え方にも影響を与えているかもしれない。考えがいがあるテーマだ。

ここまで書いて、また頭がこんがらがってきたので、映画の話は一旦おしまい。

津軽の鬼、優しくて好きです

意見交換会をしていて、WORKSHOP VO!のお三方の関係性が素敵だなと思ったのと同時に、うちの会社も似ているなと思った。私と夫が迷路に迷い込んでウンウン唸っていると、よっしー兄貴が「それってこうなんじゃないですか?」とバシッとボールを投げてくれる。どんどん深く潜っていく私たちに、息継ぎを促してくれる。3人でバランスを取っていることを日々実感する。

そういえば、おすすめに上がってきた「ゆる言語学ラジオ」が面白かった。

動画内で「日本住血吸虫」のWikipediaが読み物として面白いと紹介されていたので読んでみた。止まらなくて最後まで一気に読んでしまった。Wikipediaもすごいなあ。寄付したことはないけれど、お金に余裕が出たらいつかしたい。

今日はこのくらいにしたいと思います。

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