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名称未設定ファイル

品田遊著「名称未設定ファイル」を読了したので、その感想を綴ろうと思う。

この作品は、全17篇の短編作品が収録されており、日常でよく見かけたネット社会の意地悪さや、デジタル技術がもたらす奇妙な未来について、作者が思うユーモアを加えながら描かれている。

どの作品も傑作で、故に全ての作品の感想を書いていきたいのだけど、それだと文字数が膨大になってしまい、この記事を出すのがいつになるのか分からなくなってしまいそうだ。

苦渋の決断として、今回は特に印象深かった三つの作品について話していこうと思う。

以下ネタバレあり感想


01 猫を持ち上げるな

これは昨今、どうでも良いことで大炎上しているネット社会を象徴するような作品だ。

「猫めっちゃ伸びるんだけど」
「名称未設定ファイル」作中より引用

という、何気ないツイート。
これが炎上?嘘でしょって思えるような日常の中の一コマ。
それをある漫画家が引用リツイートで批判したことによって、猫を持ち上げることを虐待とする派閥と、猫は喜んでいると主張する派閥が真っ向からぶつかり合い、お互いがお互いに容赦ない悪意をぶつける。
それは個人情報の過剰な開示であったり、猫の死骸を送りつけたりと、過激な犯罪行為にまで及ぶ。
些細な言動が社会全体を巻き込む大炎上にまで発展し、正義感という隠れ蓑から容易に他者を痛めつける描写が本当にリアルで、この部分を読んでいる時は、ジトジトした不快感が拭えなかった。

さて、この物語の主人公は“バステ“という猫を飼っていて、今回の猫の炎上に対して、自分の立場を明かさず、傍観者として一貫した態度をとっている。
ただ、その愛猫が自分の不注意によって脱走してしまったことによって、自分でも気づかないうちに、この炎上からかなりの精神的動揺を受けていたことが発覚する。
バステを探している中、言われもしてない批判の言葉が、主人公のまともな思考をどんどん蝕んでいく。
その様子を「」を用いて表現してるところは本当に巧みで、読めば読むほどこちらの焦燥感を掻き立て、匿名の怖さを味わうことが出来る。

ネットが発達して、誰もが自分の意見を主張し易くなったことで、「自分の考えてることがいかに正しいか」を過度に主張する人の声が、よく通るようになったと思う。
放っておけばいい事柄にまで首を突っ込んで正義のヒーロー面してる偽善者。
ネット社会が生み出した可哀想なモンスターは、言論の自由が認められた日本でどこまで生き続けるのだろう?

最後主人公がバステを持ち上げた時、バステが大きなゲップをする場面。
人間が如何に過干渉で馬鹿馬鹿しいかを感じて、乾いた笑いが出た。

03 この商品を買っている人が買ってある商品を買っている人は

この物語が、私の1番のお気に入り。
たった23pしかないのに、読み終わった後の満足感が高く、個人的にはこの物語が筆者の強みを1番強く感じることができる作品だと思っている。

最初の数行は、ただジョギングを楽しんでいる主人公の様子がシャープに描写されてる。
しかし、よく読んでみると「おやおや?」と違和感が生じてくる。
その違和感を生み出すキーワードが“レコメンド便“という言葉。

ここで、いきなりレコメンド便といわれてもピンと来ない読者様の為に、このレコメンド便がどういうものなのか軽く説明しておく。
この物語には、モスマン社という架空の企業が出てくるのだけど、このモスマン社が運営する、モスマン通販が行なっているサービスの一つ、それがレコメンド便である。
利用者のかつての購入履歴や、実際に入力された個人情報などをもとに、これは気に入りそうだと判断した商品を、利用者が注文するより先に送りつけるというサービス。
もし商品が気に入らなければ、すぐに返品ができるということだけど、主人公は大抵の商品を気に入って、そのまま利用している。
自分の意思で購入した、と思いながら。

そして、そんな主人公のもとにかつての恋人から連絡がきたとこで、小さな違和感はうっすら不穏な空気へと姿を変え、あたりを包み込み始める。
終盤、読み進めるほどに電話越しの彼女の状況と、主人公の状況がピッタリ重なっていくあたりでは、ゾワゾワっと背筋に寒気が走り、最後の「そうでしょう?」と名もなき者の言葉で〆られる曖昧な終わり方が、こちらの想像力を大いに掻き立ててくれて、読了後の余韻がずっと続いていた。

私自身よく通販を利用しているのだけど、関連商品やら、あなたにおすすめな商品とサイト側が提示して来たものに、心惹かれたことは少なくない。
寧ろ、「あ、これもいいな」とすぐにポチった。
そんな経験があるからこそ、この作品には大きく心を揺さぶれ、同時に恐怖感を感じた。

「いろんな人形を配置して好みのジオラマを作るような支配もある」
「名称未設定ファイル」作中より引用


私は今、自分の意思をきちんと持っているのだろうか?
ただの操り人形に成り下がってはいないだろうか?

09 過程の医学

私はこの「名称未設定ファイル」という作品を読む前に、同じ品田遊作品である「正しい人類滅亡計画」を読んでいた。
(もしよろしければ過去の私のレビューも見て貰えると、泣いて喜ぶ↓)

この過程の医学は、その正しい人類滅亡計画にでてくる“半出生主義“のエッセンスが効いている。

主人公の友人である天才科学者が開発したのは、AIによって人の幸福度を色で可視化できる不思議な眼鏡。
その眼鏡は、幸福度だけでなく自分がどのような行動を取れば、今感じてる不幸が取り除けるかまで教えてくる魔法のような眼鏡だ。
しかしそんな魔法の眼鏡は、なぜか赤ん坊だけは真っ黒に映し、決まって塩化カリウム3mgの投与を指示する。

つまり死を選ばせるわけだ。
それが一番の最適解であり、唯一の幸福への道として。

人間に限らず、赤ちゃんという存在はその可愛らしさと愛らしさから幸せの象徴とされ、見るものに癒しを与えてくれる。
でも、その赤ん坊自身はこの世に絶望し、生まれて来たくなかったんだと訴えているとしたら……。

人間はどうして命を紡いでいくのか。
子供を産み、新しい家族を作る。
それは本当に正しいことなのか。

この作品は、生に対して首根っこ掴まれて向き合わせてくるような哲学的な物語であった。

もしここで、半出生主義に興味を持たれた方は、是非「ただしい人類滅亡計画」も読んでいただきたい。
難しいテーマながらも、登場人物が話しながら物語が進んでいくので、非常に読みやすい作品である。



以上3つが私が特におすすめする作品。
先にも言ったけれど、もちろん他の作品も面白く、また一つ一つがとても短いので、すぐに読めてしまうところがありがたい。

便利と言われてる現代社会で、人に言うほどでもない生活の窮屈さを感じてるあなたへ。
AIの登場で、人類の存在意義を見失いそうになってる君へ。
この本をおすすめしたい。

名称未設定ファイル↓

番外編 

ここで、カステラという作品に少しだけ触れておきたい。
この話は、何気なく出たカステラという話題に対して、登場人物2人が徐々に詳しい知識を披露していくという他愛もない話。 

先の三つに比べて特別印象深かったわけではなかったのだけど、私の心にボディブローのようにジワジワと効いてくる。

チャットで話していた2人は、カステラについてこっそりwikiで調べ、その内容を堂々と会話の中に混ぜ込んでいる。
その行為によって、「お前より情報知ってるぞ」というマウントを取り合っているわけだ。

かつて、ここまでネットが発達しておらず、書物も限られた人しか読むことができなかった時代において、“情報を知っている“ということ自体が特権階級の証であった。

その為か、スマホで検索すればある程度の情報がすぐに出てくる現代でも、悲しいかな、その名残が残っているようだ。
だから、こっそりズルをしてでも、情報を入手し、自分が相手より上の存在であることを誇示したがる。

今は知ったかぶりをやり易くなった。
でも、それがバレた時の虚無感と恥ずかしさはもはや耐え難いものであり、かなりの精神的苦痛を生じさせる。

そう、そんな苦痛を私も味わった。

かつて自分が推していたアーティストの新規のファンに対して、少しでも古参アピールしたく、必死に過去情報を探っては、得意にひけらかしていた。

この物語は、そんな過去の黒歴史を脳の奥底の引き出しから無慈悲にも取り出してくる。

誰もいないことをいいことに「あーーーー!!」と思わず叫んで、本を閉じた。

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