怪物
是枝裕和監督作品、安藤サクラ氏主演映画「怪物」を見てきた。
「万引き家族」でカンヌ国際映画祭で最高賞となるパルム・ドール賞を受賞し、今や世界的映画監督となった是枝監督。
今の日本の現状や、目を背けてはいけない課題を容赦なく描く社会派映画が割と好きな私は、是枝作品とは相性がいいみたいで、先にあげた「万引き家族」や、「そして父になる」、「海町diary」は歪だけど愛のある家族の形と絆に感動した記憶はまだ新しい。
それに加えて今回は脚本が坂本裕二氏、音楽坂本龍一氏と、とんでもない豪華メンバー。
めちゃくちゃ楽しみにしていたので、あえてなんの予備情報も入れず、真っさらな状態で見に行った。
あらすじ
以下ネタバレあり感想
圧倒的説得力
この映画を見て真っ先に思ったのは、「あ、これが映画だ!」ということだ。
田舎の長閑な光景、雑居ビルの火災、学校に通う生徒と先生、暗闇の中の廃線、台風の時の秘密基地──。
動画でもなく、ドラマでもなく、大スクリーンだからこそ伝わる映像の壮大さ、言葉では伝えきれない感情と心境を伝える登場人物の表情と、それを煽る綺麗な音楽、それらが全て相まった上でこちらへガツンと訴えかけてくる映画全体のメッセージ性の強さ。
そうそう、私が見たかったのはこれなんだよ!
世界的監督の圧倒的説得力をもって作られたこの作品は、見ていてどこか安心してしまうくらい映画だった。
視点が違えば、ストーリーも違う
今作は映画の序盤、中盤、終盤で、それぞれ早織、保利、湊と主軸となる人物が変わっていく。
そうなると当然だが、見えてくるストーリーがグラデーションのように変わっていき、映画が終わる頃には当初とは180度違う物語が広がっていたことに気付かされる。
ただこれは、誰の視点が正しいということではなく、どの視点の物語も、その人物にとっては紛れもない事実であるということを忘れてはいけない。
例えば、スニーカーが片方だけなくなっていたり、泥水が水筒の中に入っていれば、息子がいじめられていると思う早織の気持ちは痛いほどわかるし、自分が同じ立場でもそう思うはず。
息子に暴力を振るっていたと思われる保利を疑い、憎む気持ちも当然だ。
でも保利の視点で見てみると、保利はきちんと事実を伝えようとしているし、むしろ事勿れ主義で事実を碌に調べようともせず、ただ穏便に済ませることしか考えてないあの異様な学校の職員の中で最後まで事実を主張し、生徒のことを考えていた良い先生であったことが分かる。
そして最後、湊時点ではまた違う事実がまっている。
湊が度々不可解な行動をとっていたのは、虐められていたクラスメイトの星川を想っていて、そのいじめが許せなくて感情が爆発したが故の暴走だった。
こうして見てみるとそれぞれの中に正義があり、皆これが最善と思って行動していただけだった。
誰が悪いわけではない。
それ故に、なぜここまですれ違ってしまうのかと思うほど、すれ違ってしまう悲しさに胸が締め付けられる。
そして、やっぱり一つの視点からしか見えない情報は、物事の本質を全く捉えきれてないことを思い知らされる。
性の気づきと卑怯者
この映画では少年の性の目覚めを描いている。
湊はクラスで虐められている星川のことを気がけていて、休日こっそり秘密基地で遊ぶようになることで、次第に星川との距離が縮まっていき、いつの間にか好きになってしまう。
星川が女の子であったら湊は悩まずに住んだのかもしれないけど、星川は顔こそ可愛らしくはあるものの男の子。
男が男を好きになる、決しては変ではないけど知られてはいけないと悟っている湊は、その気持ちを隠すために保利先生を嵌めるような嘘をついてしまうし、暴走もしてしまう。
ここがまだ成熟してない、思春期にも入ってない小さな子供である故の悲しさと卑怯さである。
学校の音楽室で校長先生と一緒にトロンボーンに一生懸命に息を吹き込む湊。
力一杯息を吹き入れてやっと出てくる音は、なんとも不恰好な音。
湊が自分自身卑怯者であることを自覚してる心情と、このトロンボーンのブサイクな音が絶妙にマッチしていて、すごく感動したシーンであった。
大人が知らないうちに子供は大人になる
湊が星川と遊んでいるうちに、「あ、俺こいつのこと好きかも……」ってなる過程の中で、私がめっっっつつつつちゃ好きなシーンがある。
それは廃線の先のもう使われてない電車の中で、いつも通り遊んでいた時、ふとお互いの目線がお互いをジッと捉える。
ふと、星川が湊の首に手を回しそっと囁く。
そう言われた瞬間、我に返った湊が星川を突き飛ばす。
このシーン、凄くいいッッ!!!
自分の恋心に確実に気づき始めてる、だけどその気持ちが受け入れ難い湊と、周りの子達より少し大人びていて、全てを受け入れようとする星川。
この2人の子供たちの青い実が赤く染まっていくような淡いシーンが、こうやって子供は大人になるんだと言われているような気がした。
でも、台風の後2人で草原を駆けるシーンでは、早織や保利が必死こいて2人を探して見つけられずにいる中、2人は仲良く手を繋いで草原を駆け巡っている。
ここはやっぱりこの子たちは子供なんだな、とその無邪気さにある意味安堵する私がいた。
最後に
流石と言わんばかりの圧倒的説得力を持ったこの大作。
本当は公開すぐに見にいきたかったけど、なかなか予定が合わず、でもどうしても劇場で見たくて、頑張って早起きして映画館に足を運んだ。
その頑張りが無駄ではなく、むしろお釣りが返ってくるくらいの気づきと感動がそこにはあった。
そして、坂本龍一氏の存在感がありつつも繊細な旋律の音楽。
この音楽あって、この映画はさらに飛躍したと思っている。
(坂本龍一氏が、3月に亡くなったことを知って、自分でも驚くほどショックだった。
お悔やみ申し上げます)
もう2度と揃うことが出来ない巨匠たちの最高傑作。
他方向視点の物語を楽しみたい貴方に、是非。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?