付箋を貼ること
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付箋を貼ること

FLOW

たぶんAmazonで随分前に「あなたへのオススメ」に出てきた、清志郎の本が突然届いた。「あなたですよね、予約したの。約束通りきました」みたいな顔でポストに入っていた薄い茶色の見慣れた封筒から出てきたこの書籍は、なんとなく思いがけないプレゼントのように思えた(自分で買ったの忘れてただけ)。

「使ってはいけない言葉」(百万年書房→いい名前だね)という本。

生前の清志郎の言葉を、歌詞とかインタビューとか書籍とかから抜粋してある、まぁ名言集みたいなこと。半分くらいは読んだことある言葉だったけれど、残り半分くらいは初めて読んだ。抜粋してあるってこともあるし、亡くなっている(時間が止まっている)ってこともあるし、目の前に清志郎がいるような感じになって、素敵だった。最近斜め読みが過ぎる(たぶん10冊くらい同時に読んでる)ので、落ちついて、1時間くらいで全部読んだ。

読みながら、なんとなく思いついて付箋を貼ってみた。貼りながら思っていた。「付箋貼ってどうするのだ」と。

付箋を貼るっていう行為は、普段ほとんどしない。するとしたら①誰かに伝言するときに使う②雑誌とか資料の「ここを見てください」って印をつけるくらいなもので、あの、日々のTO DOを付箋にしてデスクに貼るみたいな使い方も僕はしない。

付箋の正しい使い方があるかどうか知らんし、正しくなくてもいいんだけど、本の気になったところに付箋をつけるのはごくごく一般的な使い方だろう。「あ、ここ面白い」とか「あ、忘れたくない」とかね。思った感想とか意味で分けて色違いの付箋を貼ったりね。

んで、僕の場合はその後、ほぼ100%の確率で読み返さない。付箋の無駄。時間の無駄。さらに言えば「付箋貼ったった」という無駄な自己満足というか、蛍光ペン引いたみたいな頭の悪い学生みたいな自分が取り残されて虚しくなる。「付箋貼ってどうするのだ」はそこから生まれる自分へのツッコミだ。

でもそれって。

でもそれってって思ってみる。今いつもより時間があるし。「でもそれって読み返さない前提だから付箋が打ち捨てられた感じしているだけだよね」「読み返したら付箋も報われるよね」と言っている。自分も言っているし、付箋も言っている。そのとおりです。

たくさんの本があって、人に薦められるとつい買ってしまって積読になって(それ自体はやめたくないし、やめられそうにない)、でもやっぱり本を斜め読みしたり、面白かったのに1度しか読まないのは、なんか違う気がする。

と思って、この本の付箋のある部分を開く。

「誰でも好きなことを歌っていいような世界がくるまで頑張りたいと思います。いちいち、反戦歌を歌ったから何だかんだと言われたりね、そういうことをしないで、反戦歌もラブソングもさ、全部同じレベルで、みんなが素直な気持ちで聴けるその日まで、頑張りつづけるつもりで頑張っているんですよ」(43p)

「日本全体 率直さが足りない」(54p)

「たった1曲だって、他人に最後まで聴かせるということは、けっこうすごいことなんだ。音楽に限らず、映画だってマンガだってお笑いだってね」(56p)

「俺は旅慣れてるから、あっというまに出発の準備は完了だ。本当に必要なものだけが荷物だ。そうさ。これは俺みたいな旅人にだけ言えることじゃない。すべてのやつらに言えることだ。もう一度言おう。本当に必要なものだけが荷物だ」(85p)

ひさしぶりに付箋を付箋らしく使ってみて読み返してみると、グッとくる言葉に付箋がしてある。やるな、昨日の俺。見所があるぜ。

でもまた明日もこれをやるかは俺にもわからないぜ。

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