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反お笑いイズム

 お笑いのクロートと称する男が現れて、30分、お笑いをやると言い出した。ネタは外国人が作ったネタなので、たどたどしい印象だった。
 その場に居合わせた5人のうち、1人が異常なほどに手を叩いて、馬鹿笑いを続けていた。
 他の4人は、笑わなかった。
 しかし、空気を温めたい願望は4人ともに共通して持っていた。
「アハハ!!ハハハ!!ヒャッ、ヒャッ、グハハハ!!アハッ?!ハハハハハハ」
 馬鹿笑いを執拗に続ける1人が、喉から血を吐いて、尚も間を持たせる為に笑い転げ、腹を抱え始めた。
「ヒーーッ。ドハハッ、フッハッハ。フハハハハ!!ハハハハハハ!!フハッフハッ。あ〜面白い」
 義務だった。クロートに使われてる人間らしく、その人は残りの4人に対しても目配り気配りに抜かりなく、4人がなにを言おうが大爆笑する腹づもりだった。そうしなければならないのだ。
 お笑いのクロートは、この中で誰が1番ハゲているのかをトーナメント形式によって決めようとした。
 苦笑する者、話の展開を予想して顔をこわばらせる者、草花みたいな者、ハードな性癖の者、そして、ひたすらに笑い転げる義務を全うする『笑い屋』……。
 いつの間にか、お笑いのクロートにスポットライトが当てられて、
「オレ達お笑いは、いついかなる時だって面白い話を喋らなければならないんだ。
 例えば親兄弟が今日死んで、それでも面白い話で客をわかせて、カネをもらう。それが、お笑いの道だ。」
 講釈を垂れ始めた。
 お笑いのクロートは、30分ほどくっちゃべって、ハゲを決めるトーナメント戦を忘れてしまった。
 笑い屋担当の人が「アハハ。アハハ。それはスゴイ。あなたは面白い。最高ですよ、ガハッハッ」などと場を繋ぎ、結局ハゲトーナメントはやらずじまいとなった。



 後日、クロートの取巻きから5人に連絡があり、全員、説教された。
 あの時に、自分の歯を隠すような笑顔で、気の利いた合いの手ひとつ入れないAさんが、取巻きの男に電話で「あんた面白くないね。オレ達のお笑いについて来られないのか?うちの親分も怒ってたよ。謝れ」などとカマシを入れられて、暗い目をした。
 Aさんの隣に、たまたまBさんもいて、Aさんが忌々しげに電話を切った後、次にBさんに電話がかかって来た。
 Bさんはかしこまった口調で「ハイ。ハアー。そうですか、そうですよね、その通りでございます。エッ、エー………ハイ……」と適当に合わせていた。
 Bさんは、昨日の話については内容をすべて記憶していて、取り巻きのほうがやり込められてしまった。
 その後、取巻きはCさんにカマそうとしたが、Cさんはジョギング中だったので、電話には出なかった。仕方なくCさんの家まで押しかけて、取巻きが玄関先で問いつめると、Cさんは弱々しい声で「ごめんなさい」と謝った。
 Dさんは全国ツアーに出掛ける準備をしていた。何の為のツアーなのか、Dさんにしか分からないが、コソコソ荷物をまとめていると、お笑いのクロートと笑い屋が偉そうに現れた。
「ハハハハッ。ハーハッ。駄目だよキミは。Dさん、クロートに挨拶しないと。お笑いのクロートはテレビの世界では偉い人なんだ。全然面白くなくたって大爆笑しなくちゃね、オレみたいに…」
 笑い屋はそう言うと、クロートに対して某ヤクザ親分のものまねを始めた。
 笑い屋はみずからの大音声嘘笑いでいきなり両耳の鼓膜を破り、両耳から勢い良く血を噴いた。と同時にこいつは射精したので、とても臭かった。


 
 
 
 
   

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