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狭い世界は自分を限定する

今日は、狭い世界は自分を限定する、という話をしたいと思います。
私が中学校に入学した頃は、地元の中学校はいわゆる「荒れた学校」の部類に入っていました。
上級生と下級生の扱いが激しく違っていて、先生よりも3年生の方が幅をきかせているという状態でした。
私はバトミントン部に入ったんですけども、部活中に先輩が後輩に厳しいっていうのは分かるんですけども、普段の学校生活でもその関係というのは続いていました。

例えば、廊下で先輩に出会ったら、必ず端っこに避けて視線を下ろして「こんにちは、こんにちは」と2回言う。というような感じです。
いつ誰がそんなルールを決めたのかわからないんですけども、目をつけられるのが怖いので、自然と従っていました。
1年生の態度がそうですから、2年生3年生になったら、じゃあこういう態度が取れるなっていうのも分かります。
そんな環境ですから、本来の自分というのがよく分からなくなっていましたね。
ただ無難に学校生活を送るためには、先輩には従い、後輩を従わせるっていう不動のルールの中で生きるほうが安全だと思ってました。

私達が2年生になったら「学校改革」っていうのが起こりまして、先生方が昔からの慣習を1年生にはさせない、ということをしたんですね。
徐々に穏やかになって行ったんですけども、少しだけ、やっと2年生になって少し威張れるなと思ったんですけど、出来なくなっちゃったっていう。
残念な気持ちもありましたけども、いや、今までのやり方が間違っていたんだなと考え直しました。

もしこのまま2年生3年生と学年が上がっていけば、後輩に対して威張ることができたかもしれませんけど、あまり良い関係にはなれないし、本当の自分ていうのは出せなかったのかなと思うと、良かったと思います。

今でも会社やコミュニティーの中で自然とこういう関係になっているっていうところもあると思います。
不利な立場にいることだけが苦しいのではなくて、優位な立場になって人を従わせるっていうのも気持ちの良いものではありません。
もしそういうところに自分がいるなと思ったら、できるだけ早く立ち去る方法も考えたらいいと思います。
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(音声配信アプリstand.fm「朗読&トーク たまdiary」)https://stand.fm/channels/5f85c72237dc4cc7e19bf21b

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