「すべての罪は血を流す」S・A・コスビー
◆個人的には世評高き前二作よりもこの新作を推したい気分……
◆主人公を犯罪を犯す側から犯罪を取り締まる側にしたことが一番の原因かと……
《「ああいう連中がよく乗ってるトラックさ。空まで車高を上げて、荷台には泥ひとつついてない。魚なんか一匹も釣らないのに、でかい豪華船で湾に来るやつらのトラック版だ。働く人間の道具をおもちゃにしてやがる」》(14頁)
《クーターの哲学をもっともわかりやすく言うと、“黒と褐色の肌の人間と、民主党に投票した者全員に嫌がらせをする”だ。》(43頁)
《スコットのような男たちは、自分たちだけに見えるヒエラルキーの最上段で人々を支配したいというエゴと欲望に取り憑かれている。人の死に直面しても、くだらない野心を脇にやる器量がないのだ。
彼らはありったけの権力と支配力が欲しくてたまらない。》(45頁)
《最初から秩序に取り憑かれていたわけではなく、十三歳で母親を亡くしたあと、人生に構造を与えたいという欲求に支配されたのだ。理由のひとつは、父親がJTSブラウンのボトルに逃げこみ、そのあと二年間出てこなかったから。もうひとつの理由は、新しい種類の宗教がどうしても必要だったから。タイタスに言わせれば、聖なる血と葡萄酒の儀式にもとづく宗教は魔法の力を発揮しなかった。”構造“が彼の宗教になった。規律という十字架で混沌に抗ったのだ。》(53頁)
《タイタスは非難めいた口調にならないように最大限努力し、事実だけを話した。事実は感情のことなどおかまいなしだと言う人もいるが、そういう人は、あなたの息子が死んだ、死ぬまえに人を殺した、と父親に告げなければならない立場になったことがないのだ。》(63頁)
《日曜朝の教会のほかに完璧な人種隔離があるのは葬儀場だけだ、とタイタスは思った。どちらも古き南部の社会慣習を守る最後の砦だ。》(83頁)
《スコットは特権階級のくせにひ弱だという皮肉を認めず、近ごろ世間は敏感すぎると文句を垂れるタイプ だ。ほかの人にとっての平等も、自分の男らしさやアイデンティティを危うくする陰謀ととらえる。誰であれ耳を貸す相手には、自分が郡でいちばん大きな家とジャガーとハマーを所有しているのは、真剣に働いているからだとうそぶく。白人だからとか、郡でいちばん裕福な家族の息子だからとは決して言わない。どうやら自分のことを、現在進行中の文化戦争で勇敢に戦う新兵だと思っている。》(106頁)
《デイヴィがうつむいた。ことばが口からもれたが、小さすぎて聞こえない。
「なんだ?」タイタスは訊いた。
「なぜ誰も彼らを捜していなかったんでしょうね。もう何年もここに埋まってたような遺体もあるのに……どうして誰も捜索しなかった? まだ子供なのに!」
タイタスは帽子を取り、短く刈った髪をなでた。「黒人の子供だからさ、デイヴィ。きっと誰かが捜しているんだろうが、金髪と青い目のほうがニュースになる」》(148頁)
《リッキーに怒りの理由を尋ねれば、ウォークネス(社会正義に高い意識を持っている状態)に自分の歴史を消されそうだからだと答えるだろう。先祖の物語を守ろうとしているだけだと。だが、リッキーのような男たちは、自分に言い聞かせるその物語を本当に信じているのだろうかと夕イタスは思う。南部の子供たちはみな、何世代にもわたって南北戦争前の名誉や騎士道といった嘘を押しつけられてきた。リッキーたちが本当に腹を立てているのは、そんな嘘に人々、なかんずく有色人種が厚かましくも異を唱えることなのだ。
リッキーのような連中が心のもっとも暗い部分に抱えている嘘に。》(165頁)
《タイタスはFBIでエゼキエルに言われたことがあった。「敬意を要求することはできるし、敬意を持って相手に接することもできる。彼らの子供を救うことも、徘徊する祖父母を見つけることもできるし、くだらないパイ作りコンテストの審判だってできる。それでも、なめたらタダじゃすまないと思い知らせるべきときがある。そうしなきゃわからな い相手もいるんだ」
タイタスはそのことを考えながらマーキスを後部座席に乗せた。
考えるとどうしようもなく悲しくなった。》(211頁)
《チャロン郡には人口より多くの銃がある。ほとんどの住民が必要以上に銃を所有しているからだ。タイタスにもっとも必要ないのは、すぐに撃ちたがるドク・ホリデイ(西部開拓時代のガンマン)気取りの大衆が弾を買いだめし、武装した善人を演じることだった。》(268頁)
《「作家のフラナリー・オコナーは、南部はキリストに取り憑かれていると言った。たしかに取り憑かれてるよ、キリスト教の偽善に。教会も聖書も立派なことを言ってるが、チャロンみたいな土地じゃ貧民がのけ者にされる。レイプされたと訴えた娘が娼婦呼ばわりされる。〈ウォータリング・ホール〉に行くときには、バーテンダーが飲み物に唾を吐いていないか心配しなきゃならない。そういうことはチャロンみたいな土地では起きないと人は言う。ダーリーン、でもな、そういうことでチャロンみたいな土地は成り立ってるんだ。そんな岩盤の上にこの神殿は建てられてる」》(269頁)
《ピップはタイタスの向かいの椅子に腰かけた。帽子を脱ぎ、手の甲で額をぬぐった。「祖母がよく話してくれましたが、初期のメノー派の人たちは奴隷制度に反対だった。ほかの人間を所有するという考えが神の計画であるはずがなかったから。奴隷を所有することは赦されざる罪であり、呪われて地獄に堕ちると考えていたようです。子や孫の代まで消えない汚点になると」ピップはそこで息を吸った。》(460頁)
《一作ごとに進化してきた四つの長篇(なかでも『すべての罪は血を流す』がベスト)から判断すると、アメリカの犯罪小説は未来を手にしたと言っていい。その名はS・A・コスビー。》(デニス・ルヘイン)
《これまでコスビーは“悪”寄りの人物を主人公にすることが多かったのだが、今回は“善”の側の物語にした。先のインタビューでは、悪人より善人を主人公にするほうがむずかしい、悪人はルールに縛られないが、善人はルールにしたがって生きなければならないから、ということを言っていた。今回はあえて困難な設定に挑戦したということだ。》(訳者あとがき)
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