横山やすし・西川きよし「人の姿が変わる時」

きよし：私、正月が来るたびに「あー人間に生まれてよかったなァ」とつくづく思うね

やすし：どうして？

きよし：人間に生まれたからこそ、正月にはええ着物が切れ、きれいな格好が出来るねや

やすし：正月だけええ着物着れてもしょうがないがな、ミンクいう動物みてみいや

きよし：ミンクがどうしてんや

やすし：あのミンクは、一年中、ミンクの毛皮着れるねんで

きよし：・・・そらそうやけどな

やすし：ワニにしたかて、一年中、ワニのコート着れるねや

きよし：あれコートかい！

やすし：孔雀なんか一年中着飾ってるがな

きよし：なんぼ着飾れても、人間は着物さえ変えたらあんな姿になれるけど、動物は一生同じ姿でいないかんねん

やすし：そんなことあるかいな、セミなんかみてみい

きよし：セミ

やすし：タマゴ、幼虫、成虫と姿は変わっていくねや・・・これを変態という

きよし：（やすしを指さし）これも変態という

やすし：アホな！・・・セミが殻を脱いで出てくるとこ見たことあるけど、なかなか色気があるね

きよし：色気！？

やすし：♪タラッタラーララー♪ （体をくねらせながら、上着を脱ぐ格好、そして、ズボンを脱ぐ格好をしてやめ）セミがここまで殻を脱いだ形、これをセミヌードという

きよし：ウソつけ！

やすし：♪タラッタラーララー♪ （ズボンをおろしかける格好）

きよし：もうええちゅうねん！

やすし：私は君みたいに、人間に生まれてよかったとは、全然思わんわ

きよし：それはどうしてや

やすし：人間には、わずらわしい人付き合いというのがあるやろ、あれが嫌でねぇ

きよし：そら人付き合いは必要やからね

やすし：その点、動物に生まれてたら、人付き合いのわずらわしさがいらんで

きよし：その代わり動物でも、例えば、セミにはセミのセミづき合い、トカゲにはトカゲのトカゲづき合いがあるの違うか

やすし：あっても、人付き合い程わずらわしないで

きよし：この男、本当、人付き合いの嫌いな男でしてね、そのくせ、どつき合いは好きでっせ

やすし：いらんこというな！

きよし：人間一人だけで生きていけへんのやから「人付き合いが嫌いや」言うてたんではいかんね

やすし：別に一人でも私は生きていけるがな

きよし：ええ格好言うてからに。もし、君から私を切り離してみ、君、どないして漫才するねん

やすし：漫才はやめなしょうがないわいな

きよし：君から、嫁はんを切り離してみ、君これから誰にシモの世話してもらうの？

やすし：わたしゃ、たれ流しか！

きよし：それに、君から、保護観察官を切り離してみ、世の中暗闇やで

やすし：・・・なんで私に保護観察官がつかないかんねん！私はちゃんと、おつとめを終えた体や

きよし：おつとめて・・・しかし、これからは君も、人付き合いが上手にならないかん

やすし：人付き合いの上手くなるコツ、なんかないか？

きよし：全般に言えることは、人付き合いの上手い人は、二つの顔を持ってるね

やすし：二つの顔！？

きよし：そう

やすし：やっぱり、こっちと（顔を示し）こっちに（後頭部を示す）

きよし：バケモンや！二つの顔をいうのは、つまり、顔の表情の使い分けがうまいということや

やすし：なるほど、使い分けねェ。そう言えば、うちの嫁はんなんか、二つの顔の使い分けうまいねェ

きよし：いや、君とこの嫁はんのうまいのは、二つの乳房の使い分けや

やすし：二つの乳房！？

きよし：（右胸を示し）こっちで君の機嫌をとっといて（左胸を示し）こっちは酒屋の御用ききさんどうぞ・・・使い分けがうまいわァ

やすし：アホなこというな！うちの嫁はんのうまいのは、二つの手の使い分けや

きよし：二つの手の使い分け！？

やすし：スーパー行くやろ、こっち（右手）で、正規の買い物をして、品物をカゴの中へ入れる。その間にこっち（左手）で、違う品物をスカートのゴムに挟む・・・うまいこと使い分けてるがな

きよし：えらいことする嫁はんやなァ！

やすし：うちの嫁はんは、人付き合いもうまければ、品物づき合いもうまいねや

きよし：品物づき合いて！しかし、売れてる芸人さんなんか、殆ど二つの顔を持ってはるからね

やすし：それは言えるかわからんね

きよし：あの喜劇王チャップリンなんか、舞台では三枚目に徹してたけど、一歩仕事を離れたら、真面目な紳士だったらしい

やすし：チャップリンがねェ

きよし：反対に、スクリーンでは二枚目中の二枚目のアラン・ドロンなんか、一歩仕事を離れたら、ハナたらすわ、ヨダレだすわ、ゴハンこぼすわ

やすし：見たんかい！

きよし：そんなもんですよ。日本の芸能人にも、みんな二つの顔があります

やすし：石野真子ちゃんなんかでも、かわい子ちゃんで通ってるけど、一歩楽屋に入ったら「さあ坊や、オッパイの時間ですよ」（オッパイを飲ます格好）

きよし：怒られるで！天知茂さんなんか、ブラウン管ではいつも難しそうな顔してるけど、一歩楽屋へ入ったら、パンツ頭からかぶって走り回ってますわ

やすし：この男（きよしを指差し）舞台では私をさも悪人のように、いつもいじめてますけど、一歩楽屋に入った途端（女ぽく）やすしぃ〜、がまんしてね、怒っちゃいや、ねーやすし〜、ウーン。これですからね

きよし：ええ加減にせい！そんな顔はありませんが、たしかに私には、二つどころか、三つの顔があります

やすし：三つの顔

きよし：まず、一つの顔は、今の舞台にあがってる時の顔

やすし：なるほど

きよし：二つ目は、子供に対する顔

やすし：子供に対する顔

きよし：「お父さんは君たちに、偉い人になってくれとは言わないけど、真実一路、人に迷惑をかけない人間に育ってほしいと思っただけだよ」

やすし：なかなか立派な父親の顔や

きよし：三つ目は嫁はんに対する顔

やすし：嫁はんに対する顔

きよし：（土下座をし）「ヘレン許してくれ！もう浮気せえへん、もう迷惑かけへん、ごめん、すまん、かんにんや！」

やすし：情けない顔やな！しかし、そういう顔やったら、私も三つある

きよし：一つは、今の顔やろ

やすし：二つ目は、私を慕う女の子に対する顔

きよし：そんなんいるんかいな

やすし：（きざっぽく）「君、瞳が濡れているじゃないか、このハンカチでお拭きよ。もう泣くなってば。さァ、俺ら静かに霧の中へ消えていくからさァ」（口笛）

きよし：格好ええ顔やなあ！

やすし：三つ目の顔が

きよし：「すんまへん！そこまで調べられた上は、横山やすし、みんな白状します！」この顔やろ

やすし：もうええちゅうねん！

きよし：しかし、人の変わっていく姿を観察するのも、楽しいもんでしてね

やすし：変わっていく姿というと？

きよし：例えば、近所の奥さん同志でも、道端で会った時と、バーゲンセールの場で会った時と、全然態度が違うでしょう

やすし：（奥さんになって）「マー、山田さんの奥さんじゃありませんか」

きよし：（奥さんになって）「これはメガネ村さんの奥さん」

やすし：・・・メガネ村さんて・・・普通の名前でいけ

きよし：「田中さんの奥さんじゃございませんか」

やすし：「どこへお出かけですの？」

きよし：「ええちょっと、ショッピングに、パリの有名ブランド専門店がオープンしたと耳にしましたので」

やすし：「私もショッピングですのよ、ローマの有名ブランド専門店がオープンしますの」

きよし：有名ブランドて・・・

やすし：「広々としたお店ですのよ」

きよし：「私、ミンクのコートを買おうかなと思ってますのよ」

やすし：「マー、ミンクのコートなんてちんまい、私、マツタケのネグリジェほしいと思ってますの」

きよし：「ダイヤの指輪も欲しいなァ、と思ってるんですのよ」

やすし：「お古い方、私、数の子のネックレスをどうしても手に入れたいの」

きよし：あるんかいそんなん！

やすし：そういう二人が、バッタリとデパートのバーゲン売り場で、顔を合わせるがな

きよし：「ちょっとちょっと、あんた、私が先に手にしたんやないの！」

やすし：「何言うのよ！私のほうが先につかんだんや！」

きよし：「やかましいわ！ひっぱりなちゅうねん！」

やすし：「あんた、山田の奥さんやないの」

きよし：「田中のおばはん！」

やすし：おばはんて！

きよし：「ひっぱりなちゅうねん！」

やすし：「あんた、ミンクのコート買いに行ったんと違ごたの！」

きよし：「いやそれは、つまり、ミンクのコートはですね・・・引っ張りなちゅうねん！」

やすし：「なんにも引っ張ってまへんがな」

きよし：「あんた、マツタケのネグリジェどうしたの？」

やすし：「いえ、あれはですね・・・引っ張りなちゅうねん！」

きよし：「ごまかしなちゅうねん！」

やすし：「こんな安い品物、死んでも私は離さへんからね」

きよし：「私かて同じよ」

やすし：「あんたね、言うとくけど、この品物に先に目をつけたの私よ」

きよし：「目をつけたのは、あんたか知らんけど、この品物の値札付け替えたの私よ！」

やすし：・・・恐いことするなァ

きよし：「引っ張りなちゅうねん！……見てみい破れてしもたやないの」

やすし：「やぶれたァ」

きよし：（上品に）「マー奥様、私、ご近所のよしみで、この品物、奥様にお譲りしますわ」

やすし：もうええわ！

きよし：こういうバーゲンセールのお店とか、先着何名様まで粗品進呈の店へ走る女性の姿にしても、普段走ってる姿と全然違うしね

やすし：普段、女性が走る姿ちゅうのは、男の走り方と違う、なにか優しくと言うか、可愛さがある

きよし：うちの嫁はんの走り方こうやねん（可愛く、そして面白い走り方）

やすし：うちの嫁はんはこうだ（可愛く、そして面白い走り方）

きよし：（やすしの走り方に対してつっこみ）

やすし：その走り方が、夢中になると（やすし面白く、豪快な走り方）

きよし：君はゴキブリか！

やすし：変わるもんでっせ

きよし：それから、他人の姿が変わる時というと、地震とか火事とか、急な異変が起きた時やね

やすし：変わるやろね

きよし：（客に）お嬢さんなんか、晴れ着着て、上品にわろてますけど、今ここで地震でも起きてみなさい。晴れ着まくり上げて（晴着を上げて逃げる格好）逃げまどいまっせ

やすし：これはしょうがない

きよし：しかし、そういう人が騒いでるときにおちついた行動がとれる人こそ、素晴らしい人と言えるね

やすし：その人間が私ですわ

きよし：またええ格好する

やすし：現実に私、人が騒いでるときに冷静な行動をとったことあるがな

きよし：ホー

やすし：あれは何年か前、静岡県の競艇場でのことや

きよし：競艇場

やすし：丁度、五レースの始まる頃やった、かなりの強い地震が起こったがな

きよし：伊豆地震やろ

やすし：場内は、我先に逃げようとする者、泣き叫ぶ者、混乱に乗じて舟券を盗もうとする者、大混乱や

きよし：君は船券を盗もうとした一人やろ

やすし：私は現金の方を・・・アホなこと言わすな！とにかく、場内はパニックになりかけた

きよし：パニック

やすし：パニックいうのは恐ろしいもんでっせ、馬肉は結構うまかったけど

きよし：いらんこと言うな！

やすし：私は大騒ぎする人々に向かって叫んだ

きよし：何を叫んだの？

やすし：「皆さん落ち着きましょう！皆さん冷静になりましょう！この程度の地震なら大丈夫です。身に危険はありません。落ち着きましょう、皆さん、冷静になりましょう…」（急にガラ悪く）「冷静になろ言ってるのがわからんのか、わからんのかワリャーー！」

きよし：いよいよ本性が出てきたで

やすし：私の必死の説得で、場内の混乱は納まったがな

きよし：君を見直しました

やすし：始まった後、私に対して、場内から割れんばかりの拍手や、私は拍手に答えて（両手を上げ）ヤァーヤァーヤァー

きよし：君にそんなことがねェ

やすし：それ以来や、人が私のことを、競艇界の快男児と呼ぶようになったんわ

きよし：競艇界の快男児・・・見直しましたやすし君の事を

やすし：君にはこういう快挙あるか？

きよし：あれは私が瀬戸内海を船渡ししてた頃や

やすし：あるんかい

きよし：船の汽笛が、ボーボーボーと激しく鳴った途端、ガーンという物凄いショックや

やすし：何が起こったんや？

きよし：船が氷山と衝突しとんねや

やすし：待て待て、瀬戸内海に氷山なんかあるんかい

きよし：氷山丸という、他の船やがな

やすし：船の名前かいな

きよし：私らの船には、大きな穴があいたがな

やすし：トトトッーツーツーツー、トトトッーツーツーツー（信号を打つ格好）

きよし：何しとんねや？

やすし：船からモールス信号打ってんのや、OSKの

きよし：・・・SOSやろ！

やすし：穴があったら、船は沈むやろ

きよし：そうや、場内はそら大パニックや、私は叫んだね「皆さん落ち着きましょう！冷静になりましょう！落ち着きましょう。みなさん落ち着いて・・・」

やすし：落ち着け言うてるのがわからんのかオンドリャー！

きよし：君が私の船にまで、出てこんでええねや

やすし：その後どうなったんや？

きよし：やっと場内を落ち着かせて、私の誘導で客を救命ボートに順に載せていったがな

やすし：なかなかやるやないか

きよし：全員をボートに乗せたところで、乗客から、私に割れんばかりの拍手や

やすし：（両手を上げ）ヤァーヤァーヤァー

きよし：それは私がやるねや！しかし、それ以来や、人が私のことを、ポセイドン・アドベンチャーと呼ぶのは

やすし：・・・そんなん大したことないがな

きよし：他に君まだあるの？

やすし：あれは大阪の競艇場でのことやった

きよし：・・・何があったんや？

やすし：それ迄は順当な配当やったんやけど、第８レースで超大穴があいてなァ

きよし：超大穴が

やすし：そこへ誰かが「八百長や八百長や！」と騒ぎ出しよったから、たまらんがな、場内は大混乱や

きよし：いかんなァ

やすし：物を壊す為、建物に火つける者、売り上げ金を盗もうとする者

きよし：そう言えば、そんな事件あったなァ

やすし：私は叫んだね「皆さん落ち着こう、皆さん冷静になろう、暴力はいかん！」

きよし：・・・君の口から、ほんまにそんな言葉出たんかいな

やすし：私の説得でやっと騒ぎはおさまった

きよし：立派やなァ

やすし：「皆さん落ち着いてくれてありがとう、このレースで皆さんが負けた分は、私が負担しよう」こういうて私は、場内の一人一人に、三千円ずつプレゼントして歩いた・・・しかし、あの時使った三千万、今から考えると痛かったなァ

きよし：ほんまの話かいな！

やすし：私に対して、場内から割れんばかりの拍手や

きよし：それがほんまやったら拍手するやろ

やすし：私は拍手に答えて叫んだね・・・「エイエイオー！！」

きよし：出陣式か！

やすし：それ以来や、人が私のことを、競艇界の帝王と呼ぶようになったんは

きよし：今度は帝王かい！私も負けてられへんなァ。あれは私が東京タワーに登った時や

やすし：どや言うねん

きよし：タワーがひっくり返りかけて、大パニックが起こった時や

やすし：アホなアホな、東京タワーがひっくり返りかけたなんてニュース、今までに聞いたことないわ

きよし：新聞やテレビに出なんだけや

やすし：ほんでどやいうねん

きよし：私はこれは危ないと思た瞬間、上着を脱ぎ捨て、胸のS字のマークを誇りに、マントをひる返して、飛び立ち、タワーぐっと持ち上げて元に戻したがな

やすし：スーパーマンやないか！

きよし：あれ以来や、人が私のことを、タワーリング・インフェルノと呼ぶのは

やすし：・・・もっと現実の話をせい、現実の

きよし：君も現実の話せいよ

やすし：あれは、九州の競艇場へ行った時のことやった

きよし：競艇場はもうええねん、違う場所での話ないんか

やすし：あれは、うちの近所の風呂屋での話や

きよし：何が起こったんや

やすし：「火事や！」いう声とともにサイレンの音は鳴るわ、鐘の音はなるわや

きよし：風呂屋でねェ

やすし：女湯からも、生まれたままの姿の女性がどんどん飛び出してくるわの大混乱や

きよし：そら恥ずかしさよりも、命のほうが大切やもんなァ

やすし：私は、皆さん冷静になりましょう、落ち着きましょうと、裸の女性を元の女湯に戻した

きよし：待てや、風呂屋は火事やろ

やすし：それが「火事や」と叫んだり、サイレン鳴らしたり、鐘鳴らしたりしたんは誰かのいたずらや

きよし：君がやったんやろ

やすし：馬鹿なことを言うな、私がやってない証拠に、私は、叫んでサイレンと鐘鳴らしてくれた男に、礼金渡したがな

きよし：君が頼んでんのやないか！

やすし：それ以来や、私が、女湯のぞきの帝王と人からバカにされるようになったんわ

きよし：あかんわ